第34話 五人とひとりとリゾートバカンス 1章

 どうも、相変わらずの八木真ですよ。

 あなたのまこっちゃんですよ。

 四月になりましたね。ということで新学期です。新学年です。俺は三年生になりました。

 忠広も、結城もまさやんも源も、美羽子も三年生になりました。そして比企も一緒です。そうそう、比企の弟弟子・財前も、無事に新一年生として入学してきたので、また賑やかになるな。

 気がつくと、俺達七人は同じクラスにぶち込まれていました。担任になった古文の細川によると「だって君達はとても仲がいいだろう」だそうで。担任が剣道部顧問の細川なのは、他の教師はどうも、比企が相手だとやりにくいと敬遠したようだった。無理もない。見るからにスラヴ系の美人顔、そのくせしゃべる口調は歴戦の軍人のようで、授業中に居眠りもしばしば、なのにテストは高得点ばかり。物腰は穏やかだし、特に何があったわけでもないが、何とはなしにやりづらいらしい。わかる。

 かくして俺達は、七人揃って三年一組に放り込まれた。

 幸いクラス委員は男女とも、他の同級生に決まった。どうも美羽子については、クラスの仕事をさせるより比企の対応を引き受けてもらう方が得策だ、と同級生達の意見が図らずも一致したと見える。委員を決めている間、比企は我関せずと眠たそうな顔で窓の外を見ていた。

 一年間の腐れ縁が決まった放課後、目敏く俺たちを見つけて合流した財前と一緒に上海亭に寄り道して、いつものように飯を食い、いつものようにワイワイだべる日常へ戻ったわけだが、目下の関心は、四月中旬の修学旅行だった。

「修学旅行? 」

 比企がキョトンとしている。え。いや、三年間の学校行事として、編入のときに説明されてたんじゃないの。

「説明か。されたような気もするが、何せ半分寝てたからな」

「またー。姉ちゃんは関心がない話だとすぐ聞いてるふりして寝てるんだからなー」

 はい人の話はきちんと聞きましょうね! 財前よく言った!

 それで、

「行き先はどこなんだ」

 うーん、去年二学期に入ってすぐ、クラスごとに集計とって決めたよね!

 どこに行くのかというと、

「沖縄だよ」

 忠広が答えると、図太い一年坊主はいいなあと羨ましがり、比企はちょっとだけ眉根が寄った。あれ。沖縄だよ? リゾートじゃん。

「夏でもないのに、何もわざわざ暑いところに行かなくてもよかろうに」

 ボソリと漏らす本音。ああ、単に暑いのが苦手ってことか。

 結城がちょっとニマニマして、比企さん暑いの苦手なの、とすっとぼけると、私は雪国の育ちだからな、と答えた。うーん、確かに雪国も雪国、ロシアなんて冬はバナナで釘打てるんでしょ。すごいよね。

「じゃあ姉ちゃんの代わりに俺行こうかなー」

小虎シャオフー、そんなに南国がいいなら、行き先を決められる立場に就くことだな」

「誰が決めるの」

「クラス委員の学年会」

 美羽子が答えると、うぇー、と舌を出した。

「めんどくさー。修行しながらクラス委員なんか無理ー」

 高校に上がればもう少し大人になったかと思ったら、こいつは相変わらずだ。が、なぜか財前はモテまくっている。悔しいことに、入学して早々、同学年の女子二人、二年生と三年生の女子が一人ずつ、交際を申し込んできたそうだ。が、あっさりお断り。理由がまた、どう捉えればいいのこれ。

「卒業まで真面目に修行したら、師父が剣聖の号を継いでいいっていうから」

 比企の話ではガチだそうで、奴が言うには、

「私ができることは大概小虎もできるが、あいつができることのいくつかは私には無理だ」

 ですってよ奥さん。

 その、大概のことができるという弟弟子は、俺の隣で叉焼麺啜っておりますが、こいつは普通の一人前を食ってるのでちょっと安心。もっとも、斜向かいでは比企がいつも通り、特盛の炒飯を貪り食っております。

 財前は、いざ入学してみれば美羽子が源と清い男女交際をしているのを知って、いささかショックだったようだが、上海亭に連れて行ってやるとケロリとご機嫌を取り戻した。あー、まあ、こういう能天気で単純なところは、かわいいと言えなくはないな。見た目もそう悪くはないし、なるほど、モテるのも案外、ない話じゃないのか。

 

 なーんて、のん気なことをやってた頃が、俺にもありました。

 みなさん。今、俺は沖縄にいます。

 四泊五日の修学旅行は、最初からクライマックスです。どうしてこうなった。

 

 空港で学年の全生徒が集合、飛行機に乗って出発。

 ここまでは何事もなかったのだ。

 トラブルはいきなりやってきた。

 沖縄に近づいた辺りだった。いきなり飛行機が大揺れしたのだ。幸い、というのもおかしな言い方だけど、怪我人は出なくて、ただ同級生達がちょっとだけ騒いだだけだった。CAのおねえさん達が客席を回り、乗客に怪我がないか確認して回る。俺達七人は、三人掛けのシート二列に野郎五人と美羽子が、美羽子の後ろに比企と、間を一つ置いてなぜか細川が座っていたが、この配置は別に、俺達が飛び抜けて問題児と思われているわけでなく、クラスの連中はどうも比企に気後れしている節があり、まあ俺らも、仲間で気楽にしている方が気分的に違うしで、美羽子も近くの座席の女子としゃべりつつ隣の源とも何やら囁き合い、比企はあのいつもの軍用コートのポケットから万葉集の文庫本を出して開きながら、時折和歌の解釈について、細川に訊ねていた最中の大揺れだったので、そりゃもう驚いた。比企以外は。

 奴はスッと立ち上がって、前の方のカーテンをしれっと潜って、すぐに戻ってきた。そのばで立ち上がって生徒達の状況を確認している細川に、ただの乱気流だったようです、機器に問題はないので、無事着陸できると言っていました、と耳打ちする。

 あ、たぶんあの真っ赤なカード、マル勅探偵のID見せてキャビンに行ったんだな。すっかりその辺のカラクリを飲み込んでしまった俺達は、いつものことだとケロリとしているが、細川はそりゃあ驚いたことだろう。が、女子の数人がせんせええ、と不安そうにこちらを見ているのに気づいて、大丈夫だよ、と笑顔でうなずいて見せた。

 やれやれ、とシートに腰をおろすと、比企がため息をついた。

「桜木警視がいなくてよかったよ」

 確かに。少なくともあの人は、比企が絡むとポンコツになるケがあるからなあ。

 きれいな那覇空港は早速南国感たっぷりで、うっすらと蒸し暑さを感じた俺達は早々と制服のジャケットを脱いでシャツだけになったが、比企はあのコートを着たままで、いや脱げって。暑いだろうに。

 クラス毎に集合するまでの待機中、美羽子がそれとなく促したが、いや、と比企は曖昧な笑みで断った。

「いや、えーとその、」

 おかしい。もしかして。

「比企さんまさか、修学旅行に銃は持ってきてないよねー」

 できるだけのほほんと言ってみたのだが。途端に比企は、どこか斜め上を見ながら、いやまさか、と否定した。顔が引き攣っている。

「…持ってるの」

「まじでか」

 結城とまさやんがドン引きしている。だって、と比企が珍しく言い訳がましい口調で答えた。

「沖縄は地政学的に難しい土地の一つなんだ、武装せずに歩くなんて、全裸で財布なしに札束持って歩いてるようなものだぞ」

「だからってさあ」

「八木君だって、パンツをはかずに素っ裸でリッツのプールに入れるか? こういう微妙なパワーバランスの上にある土地を丸腰で歩くのは、そのぐらい落ち着かないことなんだぞ」

 笹岡さんが化粧ポーチを持たずに外出するくらい落ち着かないんだ、と挙動不審っぽくわさわさ動く。そこまでか。

 手荷物検査はどうしたんだろうと思ったら、例のID一つであっさり通過できたらしい。おそるべし国家権力。

 今何持ってるんだよ比企さん、とまさやんが確認すると、比企はチラッとコートとジャケットの前を開けて見せてくれたのだが、脇の下にいつもの革のホルスターと、背中にいつものナイフ、あとはコートの襟の折り返しにカランビットナイフとお札と、やめてもうやめて。

 とりあえず、でっかいトラブルに巻き込まれたとしても安全ではあるだろうけど、何も起こらなくてこの、武器というより装備と言った方がしっくりきそうなブツが、事情を知らない他人の目に触れたときのことを思うと、非常に胃と頭が痛かった。

 空港を出ると、そのまま待ち構えてた観光バスに詰め込まれて、お定まりの観光ルートを連れ回される、のだが。はい早速きたよ! 不穏な影が!

 首里城を見学して、みんなぞろぞろとミュージアムショップでお土産物を物色しているときだった。比企の携帯端末が、いかにもビジネスな感じのピキピキ音で鳴り出した。

 さりげなく周囲に視線を走らせてから、さりげなく出入り口ホールの片隅へ寄って通話スイッチを入れる。クラスの連中は、俺達を除いて誰も、剣道有段者なだけあって勘が鋭いはずの細川でさえ気づかなかった。俺らが気づいたのは、ただあいつとの付き合いの長さから来る経験則のおかげだろう。

 お土産漁りを放り出し、それとなーく近づくと、比企は実に険しい顔で電話の相手をなじっているようだった。ここまで感情をはっきり出す比企も珍しい。

「だからと言ってなぜ私なんだ! 福岡そちらの金光坊はどうした──は? 膝に水が溜まって手術だ? だから減量しろと常々言っていたのに、生臭坊主が」

 うわー。あからさまに機嫌が悪いなー。

「他に動ける人間はいないのか。九州でなくとも、関西圏にもいるのじゃないのか。何もマル勅に限定しなくとも、マルなしの特級でも、甲級だっていいだろう」

 眉間の皺がどんどん深くなっております。

「だから、なんでマル勅にこだわるんだ! …依頼人の要望? そこをうまく持ちかけるのがお前達事務屋の仕事だろうが! 自分達が手を抜いた尻拭いを、現場にさせる気か! お前達で何とかしろ! 」

 おお、すげえ。でも比企にここまで叱り飛ばされたら、電話越しでもおっかないよね。俺ならおしっこ漏らしちゃうかも。電話かけた人がんばれ。

 そこで比企の声が、はあ《シトー》ー? と殊更に響き渡った。

「何でそこで師父の名前が出る! こんな些事で師父のお手を煩わせるつもりか! は? もう師父に相談しただと? 身の程知らずも大概にしろ、俗物が! 」

 コワイ! 比企がお冠だ、コワイ!

 仕方ないと比企は苦々しげに舌打ちした。

「今回だけは受けてやる。二度はないぞ。またこんなふざけたことをしてみろ、九州支部は尻で椅子を磨くだけの無能の集まりと見なし粛清する。わかったな」

 本当にいやそうな口調で物騒な宣告をして、比企は電話を切った。畜生チョールト、と舌打ちして、ふと顔を上げたので、バッチリ目が合ってしまった。いやーん。

 そこでバツが悪くなったのか、比企は苦笑いして、みっともないところを見せてしまったな、と言った。

「八木君のことだ、大方は察しているだろうが、厄介な仕事が入ってしまった。まったく、私は学校行事で沖縄にいるだけだというのに、困ったものだ」

 いやいや気にするなよー、と笑顔で答えた俺ですが、一体この旅行、どうなるんだってばよ。

 

 それで、と比企は、高そうな革張りソファーにふんぞり返った。

「やくざも看板下ろすと、仁義も侠気おとこぎも一緒に捨てるのか」

 大したもんだなと愉快そうに比企は言って、なあ八木君、貴君もそう思うよなあ、と笑うが、正直、ウンソウダネー、なんて気楽に答えられるような状況じゃない。

 場所はそれはお高い調度品に囲まれた、おしゃれなオフィスで、俺達──俺に忠広、源と美羽子、結城にまさやんのいつものメンバーも、一緒にソファーに収まって、おしゃれなグラスでアイスティーなんてすすめられてますが、これもまたちょっと、わーい喉乾いてたんだよねー、なんていただく気にはなれない。

 何となれば、お高そうなおしゃれオフィスにいるのは、俺達の他はいかにもそれっぽい、ダークスーツの女の人に男性が五人と、かりゆしだけど仕立てがいいのが見てわかる爺さんが一人。

 俺達は、比企がいうところの「看板なしやくざ」、表向きは組を廃業して企業として営業している、沖縄を地盤とするやくざの事務所に、半ば拉致されるように招待されたのだった。

 那覇の一等地に建つピカピカのビルにあるだけに、見晴らしがよくてクーラーも程よく効いて快適だけど、空気はすごく気まずいよ!

「いや、それについては、誠に申し訳なく」

 かりゆしの爺さんが、暑くないのに汗をかきかき、手拭いで額を拭いて小さくなる。爺さんは、これもやっぱり高そうなマホガニーのデスクについていて、オフィスに通された俺達を自ら出迎え、組長だと名乗った。けど、明らかに最初から比企に呑まれていた。

 那覇市内での自由行動日、のはずだったのだ。ホテルを出て、国際通りに向かって歩いていたところで、黒塗りじゃないけどいかにも高そうなワンボックスカーが俺達のまん前に乗り付けて、比企もろとも丁寧だけど有無を言わせぬ強引さで詰め込まれるまでは。出発と帰りの日以外は私服だというのに俺達をしっかり見つけ、しかもご丁寧に、美羽子は女の人がこちらへ、と手を引いて押し込めたのだから、たぶん俺達のことも調べていたのだろう。

 源がグラスをとってお茶を一口、ちょっと待ってから美羽子に大丈夫みたい、と差し出す。毒見をしたのだろう。結城がまじか、とアイスティーに手を伸ばした。

 空気がほぐれたと見たのか、あのう、と爺さんが上目遣いで切り出す。

「博多の公社から、依頼の件でご連絡があったかと」

 比企は視線一つで爺さんを黙らせた。

「八木君、昨日私が仕事の電話を受けていたのを見ただろう。どうやらこのご老体が依頼主だ」

 え。あの、電話口ではちゃめちゃに激怒してたアレですか。

「探偵公社の九州支部に依頼があってね。最初は乙級の中堅を派遣したそうだが、仕事に取り掛かったところで行方不明になった。受けた以上は片付けねばならない、もう一度乙級の、今度はベテランを派遣したが以下同文。さすがにおかしいと甲級を送り込んで、やっぱり行方をくらました。で、埒が開かないというので、このご老体はよりにもよってマル勅を寄越せと言ってきた」

 やだもう何それ。あ、比企の顔がすげえスン顔になってる。美羽子がかすかに体をこわばらせて、源とまさやん、結城がポケットから静かにペンを抜いて握った。竹刀の代わりだ。

 それで、と比企が悪い笑みを浮かべる。

「マル勅探偵を名指しで呼びつけて、ご老体は何をさせるつもりなのかな」 

 部屋の向こうに控えていた黒服の男達が、ピクリと肩を強張らせた。それを見もせずに、ああ、と比企は愉快そうに、

「おかしな真似をして引き留めるつもりなら、お宅の従業員は全員入院、このビルもまあそれなりに破損するでしょうが、それでよろしいか」

 その獰猛な笑いはやめろって。

 爺さんは黒スーツ軍団に手を振って、ただでさえ失礼を働いているのだ、弁えろと叱りつけてから、何もかもお話しいたします、とやっと語り出した。

 

 まずはスネグラチカさん、お友達の生徒さん方も、このような強引な形でお会いすることとなって、本当に申し訳ない、と改めて、丁寧に頭を下げた爺さんが打ち明けたのは、おおむねこんな内容の話だった。

 中学三年になったばかりの孫の様子が、どうにもおかしい。年明けの頃、まだ二年生の三学期のうちだったが、その辺りから徐々におかしくなった。

 たまにポーッと宙の一点を見て、心ここに在らずという感じになる。考え事でもしているのだろう、と両親である娘夫婦は、さして深く考えず流していたのだが、春休みに入った頃には、前夜に早く就寝したにも関わらず、午後になってから起き出してくることもしばしばで、丸一日眠ったままということもあったのだそうだ。さすがに何か病気にでもなったのかと、医師を呼んだものの、問診ではこれといって問題は見当たらず、また当人が診察を頑なに嫌がったのもあって、精密検査には至らず、無難に経過観察で済んでしまった。だが。

 新学期が始まり、受験も控えている緊張感で以前の生活を取り戻すだろうと思われたのだが、状況はどんどん悪化していった。

 ぼーっとする時間が増えた。深夜に家を抜け出し、外、それも繁華街でなく、公園や林を歩いていた。夕飯を済ませるとすぐに眠いと言って床につき、丸一日こんこんと眠ることも増えた。起きているときには、庭の隅で何かに話しかけていることもあった。まるで会話でもしているように。

 眠っているうちに、と再度医師を呼んで検査してもらおうとすると、不思議とすぐに目を覚まし、断固として診察を拒否した。二度三度繰り返した末、医師に診てもらうことは諦めたが、それでも心配で気が休まらない娘夫婦を見かねて、せめて孫がさも楽しそうに語らっているのが何者なのか、それだけでも確かめようと、爺さんは探偵の派遣を公社に依頼したのだった。

 孫の体の異変と、誰にも姿の見えない友人の存在は関係あるのか。ないならないで、改めて健康診断でも精密検査でも受けさせればよいが、万が一、

「悪いものがついているのなら、大変なことになる。純にそんなおそろしい思いをさせたくないのです」

 爺さんの声は切羽詰まって震えていた。

 悪いものって何だ。戸惑う俺達に、比企はそっけなく、悪いものだよと言った。

「もし悪いものがついていたら、みんな大好きオカルト案件だ。なるほど、そちら向きの仕事なのかどうかも判定しろということか。博多め、丸投げもいいところじゃないか」

 やっぱり粛清だなと、不機嫌そうに比企はぼやいた。

 それにしても、悪いもの、ねえ。ピンとこないな。

 俺のぼんやりした表情を見て、爺さんがあるんですよ、とうなだれる。

「沖縄は、今でこそ観光と貿易ハブで成り立っている土地ですがね。なあに、一皮剥けば、琉球の歴史と古いまじない、土地に根ざしたちからが今もガッチリと残っている。何があっても不思議ではない場所なんですよ」

 そうだなと比企もうなずいた。

「沖縄は古くから交易が盛んだ。そういう土地では、人が動きものが動く。そのパワーは、目には見えないものも引き寄せるし、それが集まって同じように動く。そういう場所には、いろいろ不思議なことも起これば、不思議なものも湧き出すのさ。しかも、歴史をちょっと遡ってみたまえ。つい二十年三十年前まで、分断前のアメ帝が島の大半を接収して抑え込んでいたんだ。そのタガが外れた今、なにが起ころうとおかしくないよ」

 昔々のお話がリアルタイムで生きているんだと比企は言って、アイスティーを飲むと顔をしかめた。

「なぜダージリンを熱湯で淹れる。こういう繊細な茶葉は八十五度くらいの温度で淹れてこそだ。これでは葡萄香マスカテルフレーバーが台無しだ」

 なんかよくわからないダメ出しが出ました。

 わかった、と比企は立ち上がった。

「依頼は引き受けよう。というより、戦友諸君を人質に取られては、引き受けざるを得まいよ」

 え。俺ら人質だったの。強引ではあるけどすげえ丁寧にもてなされてますが。

 比企の言葉に、爺さんがそんなことは、と慌てて否定するけど、うーん、どうなんだろ。少なくとも比企はそう取っちゃってるよ。

「仕事の話がしたいなら、私一人に同行を求めればよかろうに、なぜ彼らまで強引に連れて来たのかな」

 そこで黒スーツの女の人が、それは、と視線を落としてぶーたれた。

「そちらのお嬢さんが、抵こ…抗議されたからで、」

 抵抗って言いかけて訂正。実際は、美羽子が目敏くこの人達が比企を取り囲もうとしてるのを見つけて、友達に何するんですかっ、と食ってかかったんだよねえ。人目を引きそうになったので、全員を拉致気味にご招待に切り替えたんだろうけど。なんかすんません。

 若いものが申し訳ありませんと爺さんは再び詫びて、ご友人の皆さんはホテルまでお送りいたしますのでと、コメツキバッタみたいになって頭を下げる。なんかこの人かわいそうだな。

 当たり前だと赤毛のロシア人は斬り捨てた。

「そういうことで戦友諸君、悪いが私は別行動を取らざるを得なくなってしまった」

 ああ、細川先生には適当に誤魔化しておいてくれ、とあっさり済ませる。

 俺は何だか心配になった。

 こいつのことだ、仕事はきっちり手を抜かずにやるのだろうが、ただでさえ九州支部とやらの手際の悪さから機嫌が悪いところへ、更に俺達をこうして人質のように扱われたことに激怒しているみたいなので、たぶんすっげえピリピリしたままやるんだろうなあ。なんか、黒スーツの屈強なおじさん連中が、比企のひと言でうろたえている様子が哀れを催す。

「あの、」

 言いかけた俺の声を封じるように、ポンと飛び出た美羽子の言葉は。

「何言ってるのよ比企さん! あたし達友達よ! 知らない土地で一人っきりで別行動なんて、そんな酷いことさせません! マコ、ヒロ、わかってるわね」

 比企さんを手伝うわよと、美羽子は声高らかに宣言した。そして隣に座る源に、ごめんね、とひと言、

「どうしても友達を独りになんてできなくて」

 源はいいって、と明るく笑った。

「俺は美羽ちゃんの剣で盾。美羽ちゃんは俺の頭脳で心なんだから」

 やだイケメン! 抱かれたい男今期ナンバーワン!

 不覚にも友人にときめいてしまったが、忠広と結城も乙女の顔になっていた。後ろに控えてた黒スーツのお姉さんとおっさん達も、乙女の顔になっていた。

 源のイケメンぶりにキュンキュンしながらも、俺達これからどうなっちゃうの?

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