第30話 五人とひとりと甘い告白 2章

 とにかく幼い頃から、引っ込み思案な子供だったのだそうだ。

 事あるごとに活発な姉と引き比べられ、最後は必ず、ダメな子、という素っ気ない評価で切り捨てられる、それが当たり前だった。

 やがて、思春期に入り、歳の離れた姉が結婚して、やっと何かが変わるのかと思ったその期待は、あっさりと裏切られた。

 一ノ瀬のケイちゃんは理系クラスで、しかも生徒会長ですってよ。いいわね。

 あんたもケイちゃんほどでなくても、もう少し頭がよかったらね。

「それ以来、雪路は更に口数が減って、ほとんど笑わなくなったんだ」

 それでも最近、やっと表情が明るくなってきてたのに、と言って、一ノ瀬先輩は頭を抱えてがっくりと肩を落とした。

 

 どうも、いきなりシリアスな話で始まりましたが、大丈夫間違ってません、いつも通りの八木真、あなたのアイドルまこっちゃんですよ。

 俺達は上海亭で、前生徒会長・一ノ瀬先輩の、意想外なヘビー級の告白を聞かされております。

 先輩の話によると、比企に重量級のファンレターを送った一年生・金子雪路とはいとこ同士、家も近くて、子供の頃は互いの家を行き来していたらしい。親同士は取り立てて仲がいい、と言うほどではなかったが、さして不仲ということもなく、まあ親戚だし近所だし、というくらいの気軽な付き合いだったようだ。

 明るく社交的な雪路の姉は、母親のお気に入りだった。新しい服や靴を買うときも、姉のものは幾分かよいものが与えられた。雪路には、姉よりはやや、選ぶのにさして熱の入っていないであろうことが、観察すればわかる程度のものが、申し訳程度にあてがわれた。

 そういうことは、いくら子供同士ではあっても、小学校に上がる頃にはさすがに感じられるものだ。それでも、一ノ瀬先輩にとっては、明るく活発ではあっても、どこか他人の気持ちに鈍感で、人が傷つくようなことをケロリと口に出す姉よりも、繊細で覇気はないが、他人の気持ちを推し量れる雪路といる方が、ずっと穏やかで楽しい時間を過ごすことができた。

 子供の頃は今よりももっとよく笑う子だったんだ、と先輩は、顔を両手で覆って、テーブルに肘をついた。

 それなのに。

 母親に社交的な姉と比較され続け、雪路は成長とともにどんどん自信をなくして笑顔をなくして、口数を減らしていった。勉強を見てやるのだと口実を繕っては雪路の家へ足を運び、自分の家へ呼び、大丈夫だと励ましていた先輩は、去年のお正月、親戚の集まりで衝撃的な言葉を耳にした。

 一ノ瀬のケイちゃんは理系クラスで、しかも生徒会長ですってよ。いいわね。

 あんたもケイちゃんほどでなくても、もう少し頭がよかったらね。

「おばさんのその言葉を聞いてから、雪路はもうぼくの前で笑えなくなったんだ。いつも、ちょっと悲しそうに、ケイちゃんは頭がいいから、私は馬鹿だから、って」

 違うだろ、そうじゃない、本当に賢いのは雪路だ、先輩はうめきながら頭を掻きむしった。

「雪路は、学校の成績はそう飛び抜けていいわけじゃないけど、でもがっかりするほど悪いわけでもない。それに、すごく物知りなんだ。ぼくよりよほど賢い子だよ。子供の頃は妖精や天使のお話が大好きで、図書館ではよくそういう本を読んでたっけ」

 季節の花と妖精のイラストが入った、きれいな絵本だよ、と先輩は掌をさして、

「このくらいの大きさで、なんだか宝箱みたいな絵本だったな。あれを図書館の本棚で探して読んでるときは、そのときだけは幸せそうだった」

 なんか、もう俺達この話、どんな顔して聞けばいいのか。どんどん重たくなる一方なんですが。

 先輩はそこでググッと拳を握り締め、それなのに、と溜めに溜めてから、あんなに笑うとかわいい雪路が、もう心から笑えなくなったなんて、とテーブルを叩く。あ、なんかこの人やばい。どこかで見たような気がするヤバさ。

 あのう、と結城がそっと挙手した。

「先輩と金子さんはいとこ同士なんですよね」

 そうだよと応じると、一ノ瀬先輩は知ってるかい、とコップのお冷やを一息に飲み干した。

「日本ではいとこ同士の結婚は認められているんだ」

 確信犯だ! 俺の知ってるあの人とは、ビミョーに違うヤバさだった! だってあの人、俺達に指摘されるまで、自分の気持ちにまったく気づいてなかったもんね!

 美羽子が軽く身を引いて、源がそれとなく庇うように姿勢を変えた。いわく言い難い緊張感が走る、その中で。

 ずるずると麺を啜る音が響いた。

 レンゲでスープと雲呑を掬って、じゅるりと吸い込み咀嚼。麺を啜る。

 比企はこのクソシリアスな告白も意に介さず、やばい人のやばいカミングアウトも何のその、己の小腹を満たしていた。本人曰く、家に帰ったら保護者が夕飯を作っているので腹八分目のおやつとして食っているのだそうだけど。

 気が抜けたのをどうにか仕切り直すように、一ノ瀬先輩は咳払いを一つ、話を続けた。

「まあ、そりゃあ雪路は泣いてる顔もかわいいさ。困った顔だってやっぱりかわいい。でも、ぼくは笑ってる顔が一番見たいんだよ。笑って幸せにしていられるのが一番じゃないか」

 そうですね。と相槌を打ちつつも、すぐ脇で比企が丼抱えて雲呑麺のスープを飲み干しにかかってるのが、すっごい気になるんですが。

「確かにすごい美人ってわけじゃないけど、でもぼくにとっては、雪路が世界で一番かわいいんだよ。君らにわかるかな、こんな話」

 ああいいんだ、わからなくても、と言う先輩のすぐ横で、ぶはあ、と満足げなラーメン臭いため息をつき、丼を置く赤毛のロシア人。もうなんか、イロイロと台無し。さすがにやりにくくなってきたのか、君はさっきからなんなんだ、と苦々しそうに先輩は比企に向き直った。

「話を聞くと言いながら、苦しい胸の内を明かしている人の脇で大食い大会とは、無神経にも程があるだろう。デリカシーってものはないのか」

「ないっすね。今回完全にプライベートだし。仕事で聞く分には、ないものも料金分は捻り出しますけど」

 ひどい! ひどいよ比企さん!

「まあ、先輩のお話ならちゃんと聞いてましたから大丈夫っす。耳は閉じられないので聞こえてます」

「失礼にも程がっ」

「それで、」

 比企は箸の先を先輩の額にピタッとつけると、先輩は具体的に何をどうしたいんですか、と斬り込んだ。

「私はプロだ、本来なら一件いくらで受ける話ですがね、今回は完全に巻き込まれてるし、どうにかしておかないとまずそうな雰囲気だし、仕方ない。只働きは主義じゃないがやりますよ」

 私は落ち着いておやつを食べたいんだ、と言って、比企は餃子を追加注文した。

「さあ私の気が変わらないうちだ、あなたの望みはなんですか、一ノ瀬先輩」

 ぼくの、のぞみは…。

 正面から問われて、どう答えてよいのか戸惑う先輩はやがて、深呼吸を一つすると、きっと顔をあげた。

 

 一時間後。先輩の告白と、比企に唆されて漏らした真の願いを聞いてしまった俺達は、そのままウェーイお疲れーい、と解散する気にもなれず、帰宅する比企にくっついて、桜木さんのマンションに来ていた。

 ついてくるのはいいが、それならご両親にきちんと連絡しておきたまえ、と比企に促されたのはいつも通り。桜木さんは急に押しかけた俺達に、嫌な顔ひとつ見せず、どころかお茶とクレープみたいなお菓子をすすめてくれた。比企は焼き立てなのか、とキッチンに立つ桜木さんに確認してから、クリームと蜂蜜をたっぷりくるんで、冷めたブリヌイはおよそ食べ物と認められないからな、とお茶を啜り嘯いた。

 比企は注がれたお茶の香りを深く吸い込んでからカップを干すと、さてどうしたものか、と荒いため息をついた。

 俺はなんとなしに仲間達と目を見交わした。全員が困惑の色を浮かべている。俺の顔も同じような表情を纏っていることだろう。比企は困った、というよりも、面倒だと言いたげな顔で、眉間を不機嫌に寄せている。まあ、完全に今回は、美羽子すら軽く引いてるレベルで巻き込まれてますしね。何より下手したら、ただただ苦労だけして一銭の儲けにもならないという、トラブルを仲裁したり解決したりするのが本業なこいつにしてみれば、不本意そのものな結果になる可能性もある。

「面倒の極みだな! 」

 黙っていればフランス人形のような赤毛の女は、バトル漫画の剣豪キャラみたいにあぐらをかいて、前髪をぐしゃぐしゃかき回した。実にお行儀が悪いが、こいつは見た目がいいだけで中身は残念なので、スカートの下には相変わらず、学校指定の体操服のジャージをはいている。下着は見えないが、色気は鼻毛の先ほどもない。

 一ノ瀬先輩の真の望みは、聞く前から全員がもうわかり切っていた。

 ──雪路を守れる男になりたい。

 それまで胃もたれしそうな話を聞かされ、胸焼け必至のくどい味付けにうんざりしていたわけだけど、気持ちはわからないでもない。拗らせてないだけで似たようなベクトルの人が、すぐ目の前のアイランドキッチンでニコニコと俺達にお茶を淹れてくれている。応援するのもやぶさかではないんだけどね。

 比企は最初から一貫してやる気がないようだった。金子雪路の前では、さすがに女の子を傷つけるのは寝覚めが悪いのだろう、気持ちを気遣い優しく接していたが、一ノ瀬先輩が出てきた辺りからはもう、雑事に興味などないわい、と言わんばかりの素っ気なさだった。

 もうあれだな、と奴は、桜木さんがいそいそと運んできた次のブリヌイにクリームを乗せながら、明日の朝チケットを先輩に託しておしまいだな、といかに簡単に終わらせるかに思考を集中していた。

「それもどうなのかしら」

 美羽子の声は懸念と不安でできていた。

「ああいう子って難しいから、明日比企さんじゃなくて一ノ瀬先輩が来たら、それはそれでいらない刺激を与えちゃいそうよ」

「だけど私ははっきりと、彼女が望むような関係ではいられないと伝えている。少なくとも私はあらわれないであろうことは、金子嬢も察しているだろうさ」

「まあ、そりゃそうだろうけどさあ」

 結城がぼんやりと相槌を打つ。

 ところでさあ、と忠広が切り出した。

「なんかあの子の鞄についてたストラップがやばいとか言ってたけど、そんなやばいもんなの」

 美羽子がえっ、と顔を上げる。

「今すっごい流行ってるのよ。やだ知らない? 結構ネット広告も流れてるし、ファッション雑誌にも出てるわよ。ほら」

 鞄から女子向けのファッション雑誌と携帯端末を出して、美羽子は雑誌のページを繰りネットにアクセスして、お目当ての広告と店舗紹介の記事を出した。

「あなたの守護天使を鑑定、それに対応したパワーストーンをご提供します、って」

 うさんくさ。あと女子って、天使とかパワーストーンとか好きな! 

 ここのはすっごいよく効くって噂なの、と美羽子はぐっと身を乗り出した。

「ただし、自分に合わせたカスタムは、鑑定してからあつらえるから、結構いいお値段だけど。えーとね、まず守護天使の鑑定して、叶えたい願いとか目的に応じて、天使と自分との相性がいいパワーストーンを選んで、っていう流れで、最低価格が一万五〇〇〇円」

 え。やだ何それ。お値段がえぐい。

「あの子のつけてたチャーム、石に組み合わせてる金属が金色だったから、たぶんカスタムで作ったやつよ。そうじゃなくて、出来合いのチャームはシルバーの金具使ってるから、わかるのよ。見るだけで」

 …女子は普段何をどう観察してるの。そんな細かいものを、チラッと見るだけでわかるもんなんですか。俺、わからないという点でしか自信持てないよ?

 比企は店舗のサイトを見ながら、自分の端末で何やら検索すると、なるほどな、とうなずいた。

「シェムハムフォラエと『アリストテレスの鉱物書』を組み合わせたか。ここのオーナーはそれなりに勉強はしているようだな」

 ハイ出た、比企の謎のオカルト豆知識。

「しかし、こうなるとちょっと気にはなるな」

 お、どうした比企。

「どったん比企さん」

「ついに人類としての感情が芽生えたか」

 忠広と俺が言うと、美羽子は順々に頭を全力で叩きやがった。痛いんですけどぉ!

 八木君岡田君とはあとで腰を据えて話したいところだが、とニタニタして見せてから、諸君は気にならないか、と俺達の顔を見回した比企は、

「子供の頃から抑圧的な環境で過ごし、生真面目だが夢見がちな一面も併せ持つ。妖精や天使の出る童話を好み、お守りにポンと一万円以上もの、学生にはちょっとした大金を出す。そんな女の子が、天使に縋ったお守りを持っても願いが叶わなかったら、さあその次はどうする」

 静かだけどなんだか、今まで俺達が一緒にトラブルに巻き込まれたり首を突っ込んだりして共に切り抜けた、数々の事件の最中にいたときと同じ、当たり前な口調の底に張り詰めた響きが隠れていた。

「その次? 」

「次って」

「と言ってもねえ」

 口々に何があるんだと言いかわす、俺を始めとした野郎五人。そこにロシアケーキの皿が出されて、それってこの前の手紙の子かな、と桜木さんが入ってきた。

「うっす」

「っすね」

 忠広とまさやんが返事する。桜木さんはどう思いますか、と源が訊ねた。

 そうだね、と桜木さんは俺達のお茶のおかわりを注いでくれながら、あくまでもあの手紙全体からの印象だけど、と断ってから、難しいねと答えた。

「思い込みの激しそうな女の子だからね。そういう子は、一つダメだったからって、はいそれじゃあ、なんて具合に次の目標を定めるような、器用な真似はできないだろうね」

「あたしも桜木さんの意見に同意」

 美羽子が挙手。

「しかも、思い込みが激しい分、自分で設定した目標なだけに、ホイホイ切り替えるなんてことは無理だろうし、かといって他人がお膳立てしたところで、ねえ」

 逆効果よ、といつの間にかパンケーキを平らげた美羽子は言って、ロシアケーキに手を伸ばした。比企は美羽子の言葉にうなずくと、ああまったく、とため息をつく。

「さっきまではもっと簡単に終わらせようと思っていたが、金子嬢の過去について聞かされ、あのチャームについて知ると、面倒ごとの予感しかしない。視野の狭い人間は、目標を見失うとあっさり壊れるぞ」

 まあ、わかるような気がする。鼻面の先にぶら下げたニンジンが、全力で走っている最中、急に消えたとしたら。馬はどうなるのだろう。

 何せ全力疾走している最中だ。止まろうにも、足は惰性で動き続ける。突発的な事態に脳はパニックを起こし、姿勢のバランスを崩し、呼吸は乱れる。そして派手に転倒し、周囲にあるものを薙ぎ倒し、壊し、やっと停止する。身体中を打ちつけ、転倒や衝突で骨を折ることもあるだろう。死ぬことだってあるかもしれない。首の骨を折れば、死ぬことはなくても、死ぬまで残る障碍を負うことだってあるだろう。むしろ、そっちの方が怖いかもしれない。死ぬまでの時間が引き伸ばされるだけで、そこから先はずっと、つらい苦しい、が途切れずに続くのだ。

 まったく難儀なもんだ、と比企は肩を揉んだ。

「夢でも見てなけりゃ呼吸もできない、ってのはわからなくはないけどね、それでも他のものだって見なけりゃ、生きていけないんだ」

 世界はこんなに広いのに、誰もそれを教えてあげなかったんだな、と、桜木さんがため息のようにこぼした。

「かわいそうに。だが、あの先輩がどこまでがんばれるのか。こうなるとそこに賭けるしかないな。あとは、」

 対局点へ突っ走ってしまわないことを願うよ。比企はそう言って、空になったお茶のカップをくるくると回した。

 結局、気は進まないが念のため、明日の朝にでも美術展の会場へ比企自身が行って、金子雪路がやって来るのか否か、確かめるしかあるまい、ということになった。当人の様子を遠目で見て、一ノ瀬先輩に取り次ぐか、対面せずに引き揚げるか、方針を決める。一度ははっきりと断っている話だ、それくらいしか思いつかなかった。

 すっかり外が暗くなった夜七時過ぎ、桜木さんが車を出して、俺達を送り届けてくれた。

 

 家に帰って、飯を食って風呂に入って、なんとなーくベッドに寝転んでダラダラと漫画を読んでいた、夜十時半。

 電話の向こうの美羽子は、どうしようマコねえどうしよう、と半泣きで、待て落ち着け何があった。

「落ち着け。何があった」

「だって今、一ノ瀬先輩が」

「はあー? なんだ先輩にプロポーズでもされたか」

「何言ってるの、ふざけてる場合じゃないわよ! だから一ノ瀬先輩から電話が来て、」

「なんであの人がお前の番号知ってんの」

「今気にするところ? あたしクラス委員だし、文化祭とか行事のとき用に生徒会の役員とか、緊急連絡網があるのよ。それで、先輩あたしの番号は知ってたの。それでねマコ、先輩からかかってきたあと、先に源君にも電話したんだけど、金子さんが」

「あの子が? 」

「いつの間にかいなくなったって、どこに行ったか心当たりないかって」

「…はあー? 」

 ガバッと起き直り、慌ててセーターとジーンズ、コートとマフラーをベッドにポイポイ放り投げ、ボディバッグに財布と、端末の充電器と充電ケーブルも念のため放り込む。スピーカー機能で美羽子が半泣きで繰り返すのを宥めながら、部屋着のスエットを脱ぎ捨て身支度を始めた。

「とりあえず、源には知らせてるのはわかった。他は? 」

「ひ、ヒロとあんた」

「よし。じゃあ俺は忠広と合流して、比企さんに連絡するから、お前はとりあえず源に、まさやんと結城にも知らせてくれって頼んでくれ。それが済んだら家で待ってろ」

「あたしも行く」

 何言ってるんだこいつは。

「金子さんを捜しに行くんでしょ。だったら、恋をしてる女の子の思考回路がわかるメンバーだって必要よ。そうなると、今回の関係者の中ではあたしが一番条件を満たしてる」

「あ、あほかお前は! 夜中に女子が外をうろつくな! 」

 思わず声を張り上げると、隣の部屋から佑が兄ちゃんうるさい、と顔だけ出して文句を言った。手を振って取り込み中だと追い払う。声をひそめて、いいから家でおとなしくしてろ、と叱ると、あほはあんたでしょ、と美羽子は開き直った。

「年中食べて寝て遊べれば満足なお気楽な男子に、繊細な女の子の思考の何がわかるの。まあ、運よく見つけられたとして、説得して家に帰らせるなんて高度な交渉、源君ならともかく、あんた達にできるの」

「ぬぐう」

 先輩から相談された以上、あたしも一緒に捜すわよ、と美羽子は断固とした口調で言い切った。こうなるともう、こいつは隕石が降ろうと津波が来ようと断じて引かない。

 わかった、と俺は折れた。

「ただし、必ず源か比企さん、できれば二人と一緒に行動しろ。絶対離れるなよ」

「…わかった。マコ、」

「何だ」

「ありがとね」

 へへっ、とそこでやっと笑って、美羽子は通話を切った。

 

 こんな時間にどこへ行くんだ、とぶうぶう言うお袋に、比企のファンの一年坊主が家に帰っていないので、心当たりをみんなで捜しに行くとだけ言って、俺はチャリで飛び出した。

「まあ比企さんって、あの桜木さんの従妹の女の子でしょ? 美羽子ちゃんの友達の」

「そう。で、一年生は生徒会長の従妹で、美羽子はクラス委員で比企さんと仲がいいから、何か知らないかって、電話が来たって」

 イケメン中心に人間関係を把握する俺のお袋。正直か!

「あー、そんなことだと、美羽子ちゃん真面目な子だから、独りでも捜しに行っちゃいそうよねえ」

 そうですあいつは暴走列車なので。

 簡潔にお袋が一番理解しやすい説明で納得させ、俺はチャリをぶっ飛ばし、忠広と合流してから美羽子を迎えに行った。

 片耳にワイヤレスのマイク付きイヤフォンをはめ、チャットルームの音声チャットで全員が次々繋がり情報交換しながら、集合場所をテキパキと決めてゆく。場所は、丁度こだま市の中心部で捜索のエリアを分担しやすいし、学校も近いということで、中央駅の北口広場に決まった。

 とんでもなく忙しい夜になりそうだ。俺はチャリの後ろに美羽子を乗せ、金子雪路がその辺を歩いてはいないかと気を配りながら、中央駅へとペダルを漕いだ。人捜しなら、機動を活かせる自転車なら自在に行動できるだろうと踏んでの選択だ。

 街道のサイクリングレーンを全速力でぶっ飛ばして二十分ほど、中央駅のロータリーが見えてきた。 

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