第9話 五人とひとりと海辺の事件 3章

「みなさん、これは戦争です」

 大部屋にずらり並んだいかつい男達を前に、この暑いのに白いコートを肩から羽織った比企はぶち上げた。

「少なくとも私はそのつもりで来ました」

 男達の顔に浮かぶ表情はさまざまだが、大方は怪訝そうな、幾人かはやや軽く侮るような、そんな色が見える。けれど比企はどこ吹く風で、飄々と話を続けている。

「これまでこの町の平和を守り続けて来られたみなさんの、確かな手腕と培われた経験、警察官としての見識、私はそれに頼りたい」

 学友の招待を受け、避暑に訪れただけの小娘ですが、それでもこの町の環境はとても素晴らしい。そう言って、比企はどでかいホワイトボードの前をゆっくり横切る。

「世間では探偵の評判は決して芳しいものではない。私もそれはよく存じています。依頼料ばかり高く、仕事はおざなり。まったく、職を同じうする者からすればいい迷惑だ。実に腹立たしい」

 そこで比企はくるりと向き直ると、

「私にだって誇りはある。特級探偵の端くれとして、いや、共にいくばくかの修羅場をくぐり抜けた彼らの戦友として、そんな恥ずべき真似はできない。断じて」

 そう言って、部屋の隅に連れてこられたまま控えていた俺達を見やってから、どうか私と共に戦っていただけませんか、と頭を下げた。

「この町を守るのはみなさんです。私はその助っ人に過ぎません。色々とお願いをすることもあるでしょう。よその土地からふらりとやってきた子供風情が、偉そうに物を言うと思われることもあるとわかってはいます。ですが、私はみなさんの、警察官としての豊かな経験や見識にお縋りしたい。この町を覆う、未だ正体の見えぬ相手に戦いを挑む、そのつもりで臨んだところで、独りでは戦えません。所詮探偵如きは飾り物、独りの華々しき行動は、実は幾人ものプロフェッショナルがいなくては成立し得ないものであり、また、真に称えられるべきは、そうしたプロフェッショナルの側なのです」

 よろしくお願いします、と結んで、比企は深々と頭を下げてからホワイトボードの脇へはけた。

 男達──大部屋に並んだ長テーブルについた刑事達の顔は、刺々しさは幾分か和らいだものの、胡乱げな表情は相変わらずだ。無理もない。

 ところで俺達、なんでここに連れてこられたんですか。

 

 行ってこい、とばかりにおじさんに促されて比企のところへ行ったものの、何をどうしたものか判らずにいた俺達だったが、なんか比企はやたら楽しそうだし、桜木さんは途方に暮れてるし、署長さんとかは比企と桜木さんにヘコヘコしてるし、一介の高校生にはなかなかの異空間でしたよ。

 比企は俺達を指して、私の戦友ですと端的に紹介すると、彼らから提供された情報をもとに、今朝分析をお願いした標本を採取しました、としれっと続けた。

 標本って、ああ、あのゆうべのエンガチョか。結城が小さくうへえ、と苦笑いして呻く。

 標本を採取、というところで一斉に俺達を見る警察の大人達。どんな状況だったのかな、と署長さんが食いついて、すぐに少年課のお姉さん巡査が立会いのもと、五人揃って署長さんに奥の部屋へ通されて経緯を訊かれた。

 比企との関係、俺達がこの町にきた経緯、騒動を知って比企を呼ぼうとなるまでの流れ、おじさんおばさんとの関係、そして何より、あの、海からやってきた大きな影との遭遇と、比企と桜木さんの立ち回り。

 メモをとりながら俺達の話を聴いていた署長さんだったが、ひと通りの話を聞き終わったところで、少年課のお姉さんに手招きして何か指示を出した。はい、とすぐに部屋を出たお姉さんは、赤ら顔のごついおじさんを連れて戻ってくる。署長さんにメモを渡され目を通したごついおじさんは、ふん、と鼻を鳴らしてから俺達に向き直った。

「おい坊主共、嘘はついてねえだろうな」

「ダメですよ湯田さん、未成年相手にそんな凄んでもう」

 おじさんを叱ると、ごめんね君達、とお姉さんが取りなす。ポニテのうなじがきれいな、溌剌とした美人なので、俺達は一斉にいやーいやーいやー、と手を振って笑顔で応じた。そう、俺達はアホとライトタッチなすけべで出来ている生き物・男子高校生。きれいなお姉さんには弱いのだ。

 ごつい湯田さんは、メモを読むと署長さんにうなずいた。

「あの探偵のお嬢ちゃんと警視殿の証言と一致してます。このガキ共、嘘はついちゃいないでしょう」

 それにしても、と湯田さんは呆れたように俺達の顔を見回して、

「探偵、それもマル勅の特級探偵とこんなガキ連中が、何をすりゃ繋がりができるのかねえ」

 マル勅って何だ。また聞いたことのない単語がおいでなすった。

 おいおーい、と突っ込みたいのを我慢する俺達だが、湯田さんは当然知ったこっちゃない。戦友ね、とひとりごちて、湯田さんはおうガキ共、とニヤリ笑う。

「空きっ腹抱えて、ぼちぼち帰りてえと思ってることだろうがな、もうちっと付き合ってもらうぞ」

 捜査会議ってやつだ、いい機会だろ社会勉強だ、とニヤニヤ笑って、構いませんね署長、と、許可を取るというより言質を取るかのような口調で断りを入れると、おら立て、と有無を言わさず俺達を引っ立てて、別の大部屋に押し込められた。

 訳もわからず部屋の隅っこで固まる俺達、なんかちょっとザリガニっぽくないすか。なんかあったら両手をこう、Vサインで威嚇してやる。何せほら、俺らザリガニですから!

 そして冒頭の比企の宣言に至る訳だが。

 後ろのホワイトボードには、でかでかと太いペンで「うしお海水浴場不詳生物発生事件」と書かれていて、そのうちこの部屋の入り口に、対策本部とか書道が貼り出されるんじゃないのか。

 不詳生物て。もうちょっと何かないのか。

 比企はペンを取って、ホワイトボードに俺達が調べた数々の異変を、時系列で書き込んでいった。海での漁獲量の異常な変動、そのあとの、波止場や海岸での怪事件の数々。

 ゆうべの一件を書き加えたところで、どうやって持ってきていたのか、比企は民宿で描いていた略地図をボードに広げて、磁石で留めた。

「こちらが、この町で起こった現象・事件の概要と、それらが起こった場所です。昨夜私が採取した不詳生物の肉片は、現在県立大学の海洋生物学部で分析していただいているところですが、朝一番で持ち込みお願いしたばかり。お引き受けくださった青砥教授のご説明では、結果はどんなに早くても夕方以降になるとのことでした」

 あのエンガチョ、今大学にあるんだ。また結城がうへえ、と呻く。

 何かご質問などありましたらどうぞ、と比企に促され、バラバラと刑事さん数人が挙手。一人ずつ指して、比企は質問を受けてゆく。

 実際に遭遇した影の大きさは。体の作りは。応戦した際に受けた印象、発砲したとのことだが、どの程度効果を感じたか。それに一つ一つ、丁寧に礼儀正しく、端的に答えてゆく比企。なんか、大人みたいだった。

 最後に指名された若い刑事さんが質問した。

「ええと、探偵さん、あなたはその、」

「スネグラチカで構いませんよ。ああ、みなさんも、子供相手にさん付けもないですし、気兼ねなく呼び捨てにしてください」

 愛想よく応じる。あ、ビジネス用ですね。この顔ビジネス用です。段々わかってきたぞ。

 刑事さんは軽く咳払いで仕切り直し、

「ええ、スネグラチカさんは、その影の正体が割れたとして、どう対処するべきだとお考えですか」

 部屋中の刑事さん達が一瞬、ピクリと反応した。ホワイトボードの前、署長さんとか課長さんとかと一緒に、長テーブルについている桜木さんは片眉をあげるけど、比企は小揺るぎもせず、うんうん、と軽くうなずいただけ。そうですね、と結城ばりにのほほんと応じた。

「考えられる対応としては、捕獲ないし保護、追い払う、さもなければ、」

 駆除しかないのでしょうね、とうっすらと笑みを浮かべる。

「可能か否かはともかくとして、ですが」

 やばい。なんかとにかくもう、やばい。比企の表情を見た俺は、反射的に危険を感じた。またしても、こいつの女王様な部分がチラ見えしている。別にMでもないのに目覚めそうになっちゃう感じの、あの顔はまずいだろう。質問してた人だけでなく、室内に何人かいる若い刑事さんが息を呑むの、俺わかりました。あとおじさんの何人かも、ちょっとたじろいでたっぽいぞ。いやーん。

 部屋の片隅で「女王様」「女王様だ」と俺達がひそひそささやき交わしていたのは、言うまでもない。

 

 そのあと、会議は俺達がイメージしている「捜査会議」の通り、今後の捜査方針、誰が何をするか分担決め、次回の会議の日時のお知らせで終わった。

 捜査方針について、一応ブレーンとして意見を求められた比企は、ちょっと考えてから、あくまでも個人の印象でしかありませんが、と前置きしてから、

「この町か、海沿いの近隣の町で、変わったペットを好む人物がどのくらいいるか、また、その当人や家族、ペットそのものに変化はないか。少なくともこの半年、いや、一年以内に、誰か風変わりな生物を取り寄せた人物はいないか」

 まあ、あくまでも保険の保険、程度のものですが、と比企は肩越しに何か放り投げる仕草をした。

 結局、基本方針は海の監視及び警戒で定まり、比企のいう「保険の保険」の線は誰が、と思ったら、俺達を捜査会議に同席させた湯田さんと、最後に質問した若い刑事さんが組んで当たることになった。

 会議が終わって、みんなぞろぞろと部屋を出る。何となく居残っていた俺達を、湯田さんが捕まえた。飯にするか、と若い刑事さんも半ば強引に引き連れて、警察署の斜向かいの定食屋に入る。

「自分で食う分は払えよガキ共」

 湯田さんが釘を刺す。まあ、幸い全員財布は持って歩いてたので、てんでに食べたいものを注文した。

 注文の品が出揃って、割り箸割って食べ始まったところで、やっと何か会話する空気になる。湯田さんは比企のことを端的に、おっかねえ嬢ちゃんだな、と評した。

「あの警視のにいちゃんもなかなかの食わせもんだが、あんなお人形みてえな顔してよ、両脇に二丁拳銃ときたもんだ。それも何だありゃ、スチェッキンなんて初めて見たぜ俺ぁよ」

 その場で端末出して、スチェッキンを検索。しなけりゃよかった。一発ずつでも、セミオートでもフルオートでも発砲できる、マシンガンみたいな拳銃ですってよ奥さん。ロシア製ですって。いやあねおっかないわあ。

 そこでふと気になったので、湯田さんに訊いてみた。

「あの、マル勅って何ですか」

 すると湯田さんは、焼き魚定食の丼から顔をあげて、ん、と反応。ああ、そりゃあな、と味噌汁を啜った。

「特級探偵ってのは、自発的に資格試験受ける奴らとは別に、警察庁と防衛省、検察と内閣府ご指名で探偵の資格を与えられる訳だが、その中でもずば抜けた能力を持ってる奴らは、指名した司法・防衛各省庁の推薦のもと、今上陛下直々に資格を授与されるってな。つまり天皇の命令で任命される探偵って意味だ。ま、名誉でもあるが、推薦した連中の面子ってもんがある。それでできたのが監督官、探偵の動向を各省庁に報告する、言ってみりゃ枷だ。マル勅の連中からすりゃ、お前を見てるぞ、おかしな真似すりゃ容赦なく消すぞ、って監視宣言されてるも同然だな」

 つまり、勲章でもあり首輪でもある、ということか。

「陛下直々の授与、つまり天皇の命令、勅命で探偵になったってことだな」

 ほんとにお前らみてえな坊ちゃんがよ、どうやって知り合いになったんだ、と湯田さんはしみじみと訊ねた。

 湯田さんが俺達に説明して聞かせる言葉を、側で聞いていた若い刑事さんがどんどん白っぽい顔色になっていく。海老天丼をかき込むスピードが目に見えて落ちていった。

「どうした白井。何だそのツラぁ。ったく、若え衆はだらしねえもんだ」

 がんばれ白井さん。負けるな白井さん。

 

 結局、昼飯を食って警察署に戻ったところで、証言も取れたし、保護者も居所もはっきりしており、またやましいところもないであろうから逃走の危険もない、よって、お呼びがかかったら出頭して協力するように、と言い渡されて帰された。

 本当だったら、もう少し居残ってもらって話を聞きたいんだけどね、と署長さんは汗を拭きながらお茶を啜った。

「警視殿も、君達なら問題ないと仰るし」

 あ、桜木さんが口利いてくれたのか。

「それにあの、探偵のお嬢さんがねえ」

 え。比企が何か。

「君達は普通の学生だから、あまりこういう騒ぎに関わらせたくないとね、心配されてるようでねえ」

 まじか。あの豪傑姫が。そんな人の心を持っていたのか。

 俺達の驚きなんざ知らず、署長さんはバタバタとうちわで襟元に風を送りながら、

「いやあ、マル勅の特級探偵なんていうから、どんな狂戦士バーサーカーが来たのかと思ったら、意外や常識が通じるのは驚いたねえ」

 あからさまにホッとした口調だ。探偵ってそんな激ヤバ案件なんですか。君らも普通の子でよかったよ、とやっぱりホッとした調子で言って、署長さんはハイそれじゃお疲れ様、ありがとうね、とひらひら手を振った。

 帰り際に、さっきの大部屋の扉口に対策本部の書道を貼り出してるところに行きあった。部屋の中をちょっと覗くと、長テーブルの列の中ほどに比企がいた。

 パイプ椅子に腰掛けて、机にはペットボトルの紅茶とプラスチックのコップを置いて、ホワイトボードを睨んでいる。声をかけると、こちらに気がついた。まだいたのか、と立ち上がってやってくる。

「比企ちんは? 帰らないの? 」

 結城が訊ねると、ああ、と比企は答えた。

「私は標本の分析待ちだ。何時になるかわからないし、漁り火のおじさんおばさんも心配されるだろう、貴君らは先に帰って休んでいたまえ」

「え、比企さん飯は? 腹減ってるんじゃないのか。なんか買ってくるよ俺」

 すかさずパシリを買って出る源だが、それには及ばない、とお断りが入った。

「飢餓訓練で慣れている、水分さえ取れれば三日は大丈夫だ。ありがとう源君」

 つまり、食い溜めができるってこと? わあー便利ー。って体に悪いわ!

「じゃあ俺ら帰るけどさ、なんかあったらすぐ呼べよな。なんかなくても、暇でしょうがないとかでもいいから。コンビニでジャンプ買って差し入れするぜ」

 まさやんがそう言って、俺も忠広もうなずいた。

「退屈だったらチャットしろよな。俺らみんな、笑ってはいけない画像シリーズ集めて待ってるから」

「俺の画像フォルダが火を噴くぜ。渾身の必笑コレクションを喰らいやがれ」

 心強いな、ありがとう戦友諸君、と比企はちょっと笑った。そして、ああそうだった、と何かのついでみたいに、結構ひどいこと言い出したのだ。

「諸君、申し訳ないが桜木警視も一緒に連れて戻ってはくれないか」

 え。ひどくね。いやーいやーいやーいやーいやー。ないわー。保護者でしょ? で、上司みたいなもんなんでしょ? ダメじゃん。

 そこへ桜木さんが入ってきた。でっかい紙を丸めた筒を持っていて、できたできたとご機嫌な様子。

「地図のコピー、大きいの作ってもらってきたよ。あの手描きの地図じゃ締まらないでしょ」

「そうかご苦労、では桜木警視、退勤時刻だ。お疲れ様」

「は、」

「私の戦友達と一緒に、先に宿へ戻ってくれ。私は分析結果が出るのを待つ」

「…は? 」

 淡々と言う比企だけど、待ってもう少し相手の表情とか見ましょうよ。見てこーぜー!

 桜木さんの笑顔が、いきなり迫力を増した。どういうことかな、と訊く声がにこやかな分、コワイ! なんかもうコワイ!

「言葉通りの意味だが」

 しれっと返すな比企さん!

 そう、とうなずく桜木さんはちょっと肩が震えている。

「僕の立場、わかってる? 」

「私の監視役」

「監視役じゃなくて保護者です。ということは、僕には君がどこで何をしていて、ちゃんと健康に過ごしているのか、見守る責任があるわけさ」

「そうなのか」

「そうだよ! それを君は、いつもうるさがって。君は僕に職務を全うさせないつもりなのか? 君は他人の仕事を邪魔するような、狭量な人間なのか? 」

 ぐ、と言葉に詰まる比企。え、すげえ桜木さん、何と戦っても圧勝しかないだろう比企を、口喧嘩で圧倒してる。カックイイ!

 わかった、と比企は頭を抱えて降参した。

「だが彼らをいつまでも足止めは感心しない」

 どうするんだと比企が言いかけたのを、桜木さんはあっさり遮った。

「君も一緒に戻ればいいだけでしょう」

 分析結果は分かり次第連絡をくれるように手配したよ、とサラッと言うと、

「何かまた起こったら、そのときにも時間を気にせず知らせてくれるよう頼んである。心配しないで、さあ、帰るよ」

 いいね、と桜木さんは有無を言わせぬにこやかさで、比企を促した。

 

 夕方、だいぶ日が傾いた頃に俺達は漁り火に戻った。おじさんおばさんに、警察から呼ばれない限り、明日以降も普通に仕事ができると報告して、民宿の仕事を手伝った。客室は昼間、おばさんが掃除を済ませてくれていたけど、風呂場まで手が回らなかったというので、俺達は手分けして一息に片付ける。五人で湯船を洗い、洗い場をブラシで洗い、脱衣所に掃除機をかけていく。何せ五人ですから。本気でかかればすぐですわ。

 風呂掃除を終わらせて出ると、玄関から続きの間になってる十畳間で、桜木さんがタブレット端末を見ながらアイスコーヒーを飲んでいた。キーボードがついてる最新モデルのやつだ。料理上手で気さくなお兄さんって感じだけど、そういえばこの人、キャリアの警察官だったんだよな。

 俺達に気がつくと、桜木さんは端末を脇によけて手招き。

「こんなところでどうしたんすか」

「お仕事っすか」

 わいわい押しかける俺達だが、桜木さんは愛想よく、ちょっと資料集め、と、座卓の脇のお盆からグラスを出して、俺達にもアイスコーヒーを出してくれた。

「ここでいいんすか。部屋なら、俺らまだしばらく仕事するから静かですよ」

 忠広が訊くと、ああ、と桜木さんは苦笑い。

「ここなら、小梅ちゃんが外に出ようとしたらすぐわかるからね」

 アッハイ。

「あの子、妙なところで育ちがいいから。こうやってよそでお世話になってると、よほどでない限りちゃんと玄関から外に出るから」

 あー、隙あらば窓からだって平気で外に出られそうですよね。あいつ。わかるう。

 そのうち、厨房からいい匂いがしてきて、お姉さんが仕事から帰ってきて、俺達はおばさんが夕飯を居間に運ぶのを手伝って、ひとっ風呂浴びたおじさんとお姉さんが揃ったところで夕飯の時間になった。そして始まる比企と俺達によるご飯争奪戦。早くおかわりをしないと、比企にご飯を食い尽くされてしまうぞ。

 だが、比企が三杯目の丼飯を半分ばかりに減らしたところで、おばさんがちょっとシリアスな顔でおじさんと桜木さんに耳打ちした。

「何があった」

 即座に仕事モードに切り替わる比企。ご飯の後でね、と誤魔化そうとする桜木さんは、目線ひとつであっさり粉砕された。うう、と呻いて渋々自白。

「分析結果が出たって…」

 そうかとうなずくと、あいも変わらずきれいな箸遣いながら、それでも更に食べる速さを三倍速ぐらいにすると、ごちそうさまでした、と手を合わせ、お茶を啜って立ち上がった。

「行ってくる。一刻も早く結果を知りたい」

 え。行くんすか。今。まじか。

 桜木さんは慌ててご飯を掻き込み味噌汁で流し込んで、ごちそうさまでした、と席を立った。俺達もこうしちゃいられない。泡食って大急ぎで夕飯を掻き込み、空の茶碗を集めて厨房に持っていった。

「ごめんおばさん、比企さんが警察署行くって。心配だから俺らも桜木さんと一緒についていくわ」

 ええ、と驚くおばさん。二階からコート片手に降りてきた比企を捕まえて、危ないから明日にするよう言って聞かせた。お父さん、とおじさんを呼んで援護射撃を頼む。ただならぬ様子に出てきたおじさんも、夜に出歩くのは危ないと止めた。ううん、でも全く聞いちゃいねえ。

「ごめんなさい。でもやっぱり行かないと」

「何もそんな、女の子がこんな夜に歩かなくったって。しかもこんな物騒なときにだ。探偵でいくら腕が立つからって、嫁入り前のお嬢さんに何かあったら」

「そうですよお父さんの言う通りですよ。悪いこと言わないから、明日にしたって」

 ありがとう、と比企はにこにこ笑って言った。

「でも行かないと。ここ、すごくすてきな町ですよね。静かで、誰もセコセコしてなくて。ここへきてすぐに、そう思いました。だから行くんです。少しでも早く、今起こってる騒動を解決しないと」

 残念なことに、今、事件をどうにかできそうなのは、たぶん私くらいのようですから。そう言って比企は、玄関から出てゆく。大慌てで桜木さんが後を追い、源、忠広、竹刀を持ってまさやんが続く。俺も急いで部屋から、財布と端末をひっ摑んでバッグに突っ込みながら追いかけた。おじさんがまさやんを呼び止め、ちゃんとついててやれと肩を叩く。結城もやっぱり、端末と財布を入れっぱなしにしてた鞄と竹刀を摑んで、俺と一緒に玄関から出てきた。

「しまった! どうしようヤギ! 」

 結城が俺と並走しながら頭を掻きむしる。

「端末の充電コード忘れた! アタシってほんとバカ! 」

「言ってる場合か! 俺鞄に入れっぱにしてるから! あとで貸してやる! 」

「まじで! ありがとうヤギ結婚して! 」

「だが断る! 俺が結婚したいのは、おっぱいのでかい美女だ! 」

「俺も! 」

「うわあん俺ら意見が合うじゃーん! 」

 あほな高校生のあほな会話。だけど状況はなかなかシビアで、俺は結城と掛け合い漫才やりながら、そうか、と思った。

 よく映画なんかで見る、すげえ追い込まれた状況の主人公達が、軽口叩いてくだらないジョークでゲラゲラ笑ってるアレは、たぶんこういう感じなのだ。俺達はさして追い込まれちゃいないけど、それでも高校生が普通に日常で体験するようなことじゃない。

 幸い、比企や桜木さん、まさやん達にはすぐ追いついたが、比企は俺達を見ても何も言わず、まったく、と言いたそうな顔で月を見上げた。

「さて、それじゃ行こうか戦友諸君。奴を赤裸に剥いてやる」

 

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