小夜啼鳥 Ⅳ

「今後あの女性にょしょうの許を訪れる際は、我らのうち幾人かを伴ってくださいませ」

 シグディースに短剣を渡した日の翌日。従士たちの報告に耳を傾けていると、最後に雁首揃えたむさ苦しい輩に詰め寄られた。

「なんだお前ら。そんなに俺とあいつがヤってる所覗きたいのか? 趣味悪いな」

「――我儘は大概になさいませ!」

 何が悲しくて、自分の女の裸体を他の男に見せなければならない。幽かな不服を冗談を混ぜて呟くと、鼓膜が破れそうな大音声が返って来た。

「我ら従士一同、何も貴方様に身を固めるまでは貞潔を守るべし、などと堅苦しい教えを押し付けるつもりはございませぬ。だいたいシャロミーヤとて、身分ある者の中には幾人も妾を囲い、庶子を儲けている者も珍しくはないそうですからな」

 父の代からの従士である壮年の男は、その太い喉からよくもまあと感心しそうになる金切声を、次々に絞り出す。ために、だったらいいじゃねえか俺があいつを抱いたって、とのロスティヴォロドの反論は掻き消されてしまった。

「だがしかしそれは、分を弁え主によく従う――主の命を狙おうなどと決して企まぬ女だからこそ。大公様のように、自分の命を狙っている女の許をわざわざ訪れるなど、自殺と同じですぞ! 本音を言えば、即刻謹んで頂きたいところです! 万が一があったら如何なさるおつもりなのですか!?」

 壮年の男が荒い息を吐いて締めくくるまでには、ロスティヴォロドの耳も僅かにとはいえきんと痺れていた。

「だいたい、何をお考えになってあんな女を妾になさったのです? 確かに美しくはありますが、大公様ならば探さなくともそれなり以上の容姿に恵まれ、なおかつ気質が穏やかで愛情深い女を幾らでも囲えますものを……」

 溜息混じりに発せられたのは、自分でも幾度か考えた問いだった。

 公衆の面前で抱いた件については、本人の気にしていないという発言をそのまま受け取るとしても、ロスティヴォロドはシグディースの家族全員の仇だ。自分が彼女に愛され、亡き父母のような関係を築ける時は永遠に来ないだろう。だがそれでもロスティヴォロドは、シグディースを側に置きたいと望んだ。それには、自分の欲望も混ざっている――というか、欲望こそがほとんどの理由を占めるが。

 ロスティヴォロドは常々、人生は楽しんでこそだと考えていた。折角この世に生まれたのだから、できる限り愉しまなくては損だろう。そしてロスティヴォロドの勘は、シグディースが側にいればこれからの人生が面白くなると告げたのだ。だから彼女を生かした。

 今のところ、勘は当たっている。シグディースは顔も体もロスティヴォロドの好みだし、何より頭が最高にいかれている。いくら慣習とはいえ、全てを喪ってもなお血讐を果たさんとする女など、同胞の間にどれほどいるのだろう。もしもロスティヴォロドがシグディースの立場に置かれたら、家族の死を悼みつつも適当な田舎に身を隠し、そこで適当に人生を終えるだろうと断言できた。たとえ復讐したところで、喪った者は戻って来ないのだから。

 だのに、自分の純潔を差し出し、我が身を売り飛ばしてまで念願を果たさんとするとは。狙われているのは我が命ながら、あっぱれと称賛したくなる。ゆえにロスティヴォロドはシグディースにあの短剣を返したのだ。同胞として、あの熾烈な覚悟を応援したくなったから。

 もし仮に復讐云々がロスティヴォロドの注意を引きつけ、より良い生活をするための方便だったとしても、それはそれで潔いまでの生き汚さに感服せざるを得ない。もっとも、いくらロスティヴォロドの身の裡で渦巻く感情を説明しても、配下たちは小指の甘皮ほども理解しないだろうが。自分でも、これではシグディースを馬鹿にできないなと認めてはいる。

「俺は美人で細身だけど乳は大きめの女が好きなんだ。あいつはその好みど真ん中だからな」

 なので若き大公は適当にはぐらかし、従士たちに下がれと命じた。

「ま、お前たちの言うことも尤もだから、言う通りにしてやるよ。早速今晩あいつを抱く予定だから、一緒に行くやつ選んどけ」

 それでもなお渋っていた配下たちも、最終的には渋々ながら退出していった。彼らは本当は、ロスティヴォロドに金輪際シグディースのもとへは行かぬと確約させたかったのだろうに。


 なにはともあれ、沈みゆく日に紅く焼かれた空の下を馬で駆け、別邸を目指す。あらかじめ訪問を伝えていたにも関わらず、ロスティヴォロドたちを出迎えたのは、蒼ざめた顔の家内奴隷だけであった。もとよりシグディースにしおらしい態度など望んでいないので構わないのだが。大人しい女を侍らせるよりも、高慢で居丈高な女がふとした瞬間に漏らす満足げな顔を観賞する方が面白い。

 女奴隷に訊ねたところ、シグディースは自室で眠っているらしい。本当によく眠る女だと、呆れを通り越していっそ感心してしまった。

 どうせやることをやるのだから、足音を抑える必要はない。だがあの純真な寝顔をまた拝んでみたい。などと愚にもつかぬ思考に耽っていると、目的の場所にはすぐに辿りついた。

 扉を開くと真っ先に飛び込んできたのは、

「――待ちくたびれたぞ!」

 低めだが艶やかな女の掛け声で。

 姉は死にかけだったとはいえ、ロスティヴォロドはシグディースの家族全員を殺した。だのに俺を待っていたとはどういうことだと、一瞬混乱してしまった。だが、こちらに駆け寄ってくる女の手の中には、鈍い輝きが――ロスティヴォロドが渡した刃があって。つまりそういうことだ。

「おー、これはまた情熱的な出迎えだな」

 当然といえば当然なのだが、シグディースの刃物の扱いは相変わらずずぶの素人のまま。ロスティヴォロドが手刀をお見舞いすると、呆気なく短剣を落とした。ならばこれからはこちらの番である。

 ほっそりとした肢体を抱きしめて自由を奪い、繊細な顎を持ち上げて唇を重ねる。シグディースの背は決して低くはないが、ロスティヴォロドとは頭一つ分ほどの差があった。

 互いの舌を絡ませ唾液を交える接吻を彼女とするのは二度目だ。まだ息継ぎも上手くできないシグディースの双眸は、徐々にとろりと濁ってゆく。そうしてついに崩れ落ちた身体を寝台に横たえ圧し掛かっても、抵抗らしい抵抗はなかった。それも、ロスティヴォロドがこれから取り出すものを認識するまでだろうが。

「……なんだ、それは!?」

 案の定、赤い紐で後ろ手に手首を縛めようとすると、シグディースは追い詰められた猫のごとくいきり立った。

「わ、私はたとえ遊女同然に身を堕とそうとも、誇り高きイヴォリ人の娘! 閨事の最中にそなたの命を狙うなどと、卑劣な真似はせぬ!」

 ロスティヴォロドもシグディースと同じ意見なのだが、従士たちにこうしてくれと懇願されたのだから、せめて今宵だけは我慢してほしい。

 部下たちは、シグディースを抱く際は常に拘束しておいてほしいと詰め寄って来た。最中に首を絞められでもしたら大事だから、と。だがそれも、シグディースはきゃんきゃんと吠え威嚇するものの、子犬よりも無害な存在であると示せば、撤回できるはずだ。

 腕力に訴えて、しなやかな腕は背の後ろで、脚は跟が腿につかんばかりに曲げた格好で、シグディースを縛める。ロスティヴォロドにとってはどうということのない動作だったのだが、体力のない彼女にとっては違ったのだろう。

「……この、ひきょうもの」

 涙を溜めた瞳で自分をねめつける彼女の頬はすでにうっすらと上気し、実にそそる有様になっていた。正直このままぶちこんでしまいたいのだが、それではさすがに彼女が哀れだった。

 従士たちは、開け放たれた扉の向こうでシグディースを監視している。彼らにシグディースがどれほどか弱く、ついでに馬鹿なのか示すためにも、一度目や二度目以上に丹念に愛撫した。けれども細い喉からは喘ぎ声の一つも漏れなくて。ロスティヴォロドとしては自分の鼓膜が破れても構わないから、シグディースに叫んでもらわないと困るのだが。

 体は反応してはいる。女としてはこの上なく屈辱的だろう格好で曝け出された隘路は、泥濘と化していた。けれども腕の中の女は、またしても口元を噛みしめてまで声を抑えている。

 せっかくの美しい唇が腫れたら一体どうするつもりなのだろう。何が減るわけでもないのだから、我慢せずに全てを曝け出してしまえばいいのに。もしや、ロスティヴォロドに身体を弄られて反応するのは、死んだ家族への冒涜だとでも堪えているのだろうか。

「声出さねえと、巡り巡ってお前の損になると思うぞ。どうせヤるなら気持ちいい方がいいだろ?」

 説得を試みても、シグディースの強情な態度はそのままだった。肉の芽を摘まみ、生温かな中を三本の指で掻きまわしながらだったのが良くなかったのかもしれない。結果的に、シグディースはますます頑なになり、切れ上がった目元は鋭さを増していった。眼差しに実体があったら、ロスティヴォロドはとうに細切れになっていただろう。

 とにもかくにも、言葉による説得はこれ以上は無駄である。かくなる上は、あらかじめ考えておいた最終手段に訴える他ない。

「おい。あれを持ってこさせろ」

 命じて運んでこさせたのは、ただの蜂蜜だ。従士たちもその点は把握している。 

「これでお前も少しは素直になれるといいんだけどな」

 だがシグディースは、自分の秘部に塗りたくられたものは薬に違いないと慌てるだろう。この状況で、怪しげな壺に蓄えられているのは蜂蜜だなんて、見抜く方が難しい。逆の立場なら、ロスティヴォロドだって騙される。その上でシグディースが意地を張るのをやめてくれれば――

 いわば一種の賭けなのだが、ロスティヴォロドには勝利する自信があった。自分とシグディースの身体の相性は良い。これまで抱いてきた女の中で、彼女との行為が最も燃えるぐらいだ。だが一方的にシグディースに屈辱を味わわせているのには違いない。

 シグディースの腕の拘束は解き、肩を押して上気した肉体を倒すと、従士たちが警戒を強めたのが気配で察せられた。

 部下たちを安心させるために。また勝算を上げるためにも、もう一つの薄い髭に囲まれた唇に接吻する。それから潤った壺に舌を射しこみ、二つの蜜が混じった甘酸っぱい液体を啜っていると、ロスティヴォロドは勝利を確信した。

 ついに迸った絶叫は普段の彼女の声よりも高いが、気品や艶めかしさは損なわれてはいない。もっとこれを聴いていたいという欲望のままに振る舞っていると、薄紅に染まった裸体は一層激しく痙攣し、肉の洞は収縮した。

 視線を上げると、シグディースは矢車菊の青の双眸を虚ろにしたまま。口から溢れた唾液を拭おうともしない。それでいて、ひたとこちらに向けられた面には懇願するような趣があった。つまり、ロスティヴォロドは賭けに勝ったのだ。

 部下たちに聴かせるためという目的もあったが、浮ついた気分のままに物欲しげな目をした彼女の足の拘束も解き、女の身体の中心を一思いに穿つ。すると柔らかな肉はねっとりと絡みつき、締め付けてきた。部下たちの手前、挿れて直ぐ出すような無様はあまり晒したくないのだが。

 お前、まだ三回目だってのに、なんでこんなに具合がいいんだよ。

 情けない文句を発さないためにも、淡く開いた唇と己のそれを重ねる。薄い舌は、今度はくちづけに応えてくれた。

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