第107話 爆・発!!!ドン!

「奈落の底で遊惰ゆうだせし

 悠久ゆうきゅう有閑ゆうかんの時を嗟嘆さたんする」


 ヒイロは、アリエーヌの手をさらに強く握りしめる。

 アリエーヌの表情はさらに苦痛に歪む。


燎原りょうげん業火に身を焦がす鬱勃うつぼつの炎龍よ

 盟約に従い我が前に、現出せよ」


 ヒイロによって無理やり絞り出されるアリエーヌの魔力。

 先ほどのアクアストームで大方の魔力は使い果たしている。

 かすかに残っている魔力が絞り出されるかのようにヒイロへと流れていく。

 無理やり引き出された魔力。

 魔力は、その生命の活力のようなもの。

 魔力が枯渇すれば、当然、体は死に絶える……

 ヒイロが魔王討伐の際に行った魔法回路のバイパスよりも、さらに状況は悪い……

 だが、ヒイロは気づいていない……このアホが……


たぎれ! たぎれ! 煮えたぎれ!

 地獄の深淵より湧きいでし地獄の業火

 この世の生なるものを焼き尽くせ!」


 二人の握りしめる手に炎が渦巻く。

 いまだ、渦潮の中で激しくうごめくテコイの肉塊。

 この水流に、超高エネルギーの火力をぶつけようとでもいうのである!


「これこそが!炎系究極魔法!

 ヘルフレェェーィム」


 どっっかぁ―――――――ん!


 高熱の火柱ひばしらが打ちたった。

 瞬時に気化する渦巻く水柱すいちゅう

 膨張する膨大なエネルギー!


 水

 

 

 ・発!!!ドン!


 衝撃波が周囲に広がる

 白い光とともに辺り一面が吹き飛んだ!

 遅れて届く激しい轟音!

 全ての物が消えていく!


「それはあかん! ディレクショォォォォォン!」

 爆発の直前、ヒイロとアリエーヌ、そして二人を背後で支えるグラマディの体を緑の光が包み込む。

 いや、それは二人だけではなかった。

 そこらへんで黒いローブの男をどついているライムたち。

 いまだ地面で白目をむいているボヤヤン。

 岩影で頭を抱えて震えているムツキとオバラ。

 のほほんと昼寝をしているドグスとマーカス。

 逃走を図ろうとしているセンドウ社長

 訳も分からず手を引っ張られるミーナ。

 何がおこったのか訳が分からない様子で、ぽかんと口をあけたまま観客席であった場所で尻もちをついているスットコビッチ=ヘンダーゾン第3王子。

 そういや……おったな、こんな奴……

 緑の光は生きとし生けるものを包み込む。

 しかも、その光は国中の人々に及んだ。

 水蒸気爆発によって吹き飛ぶキサラ王国。

 その爆発から国民を守るかのように光の球体が無数に飛び広がっていた。

 そう、これはキャンディが唱えた魔法の光。

 あべこべ魔法である。

 すなわち、ディレクションの反対、リフレクション。

 緑の光の壁によって、水蒸気爆発の威力が跳ね返る。

 そして、驚くべきはその魔法の範囲。

 いまや、無数の光によってキサラ王国全土が緑に染まる。


 白き煙が立ち上る。

 だが、その爆心地で何かが動く。

 ――もしや……

 ヒイロは苦虫を潰した。

 すでに、黒い霧によって幾度も再生したテコイ。

 その耐久力は半端なものではなかった。

 その動く物体はテコイの頭。

 頭の下から伸びた触手がタコの足のようにうごめいていた。


 ――クソ! ならば!

 ヒイロが、アリエーヌの手を引き寄せた。

 だが、アリエーヌの体が力なく倒れ落ちていく。

「アリエーヌ!」

 咄嗟にヒイロは、アリエーヌの体を抱き寄せた。

 ハァ……ハァ……ハァ……

 息はある。

 だが、その息は小刻みに弱々しい。

 時折、何かに耐えるかのように、アリエーヌの表情が苦痛にゆがむ。

 その時だ。

 その時、やっとヒイロは思い出したのだ。

 アリエーヌの性格を……

「俺は……なんてバカ野郎なんだ……」

 ヒイロの目から涙があふれだす。

 止めどもなくあふれだす。

 アリエーヌを抱く手がわなわなと震えだし止まらない。

 おそらく、今のアリエーヌの体には魔力は全く残っていない。

 魔法回路がズタボロになっても魔力が若干残っていたヒイロよりもひどい状態にちがいない。

「起きろ……起きてくれ……アリエーヌ、起きてくれ……」

 ヒイロは、アリエーヌを揺り起こす。

 だが、アリエーヌは目覚めない。

「あああ……」

 ヒイロはおびえた。

 脳裏をよぎるアリエーヌの死……

 もしかしたら、アリエーヌは二度と目を覚ますことはないかもしれないのだ。

「なんで、お前……一回目の時に、やめなかったんだよ……」

 だが、そんな理由、ヒイロには分かっていた。

 アリエーヌは、全てを自分で背負い込む。

 どんなにつらいことだって。

 だからこそヒイロは、そんなアリエーヌが危なっかしくて常に付き添ってきたはずだったのだ。

 それが今、守るどころかアリエーヌを傷つけてしまった……

 しかも、自分の浅はかな思いによって……

「あああ……」

 ヒイロは後悔した。

 自分がとった取り返しのつかない行動。

 だが、時間は戻らない……

 ヒイロは、アリエーヌを抱きしめながら大声で泣いた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 だが、そんなことは「首だけテコイ」には全く持って関係ない。

 首から伸びた触手が、どんどんとその数を増していく。

 さらにその触手が束になり、徐々に体へとなっていく。


 ゴン!

 ヒイロの潜水帽がどつかれた。

「今はこっちに専念しいや!」

 肩で息をするキャンディ。

 キャンディもまた、限界のようだ。

 と言っても、キャンディはアリエーヌと違いえらいえらい賢者様!

 体に有する魔法量は桁違い。

 それどころか、魔法制御だってお手の物。

 しかも、今は完全復活した青龍の魔法増加という加護つきだ。

 だが、そんなキャンディでさえも激しく肩で息をしているのである。

 そう、先ほどの水蒸気爆発……グラスの精密射撃の炎撃魔法と異なりその影響は広範囲に及ぶ。

 いまや、キサラ王国の3/4が吹っ飛んでいた。

 そんな王国の国民や動物たちを一手にキャンディのリフレクションが救ったのである。

 いくら青龍の加護があるとはいえ、ただでは済むはずがない。


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