第96話 地獄!

 ズズズ……ズズズ……ズズズ……

燎原りょうげん業火に身を焦がす

 鬱勃うつぼつの炎龍……」

 何かを引きずる声の主。

 その歩調とともに青き髪が揺れ動く。

 大きく見開かれた青き目はさながら鬼……

 その瞳を見たドグスは反射的に逃げた。

 アリエーヌとマーカスたんを抱きかかえ必死に走ったのだ。

 マッケンテンナ家の女当主としての勘が告げていた。

 ――あかん! ここにおったら死ぬ! 確実に死ぬぅぅうぅぅ!


 ズズズ……ズズズ……ズズズ……

「我が盟約に従い、現出せよ

 たぎれ! たぎれ! 煮えたぎれ!」

 そう、その声はグラスのものであった。

 ヒイロによってボヤヤンがのっていた櫓へと投げつけられたグラス。

 共に投げ捨てられた聖剣パイズリア―を引きずりながら、一歩、また一歩と近づいてくるのだ。

 玄武の力が弱まっているせいか、そのコスチュームはすでにボロボロ。

 さながらその様子は爆心地から生還してきた少女のよう。

 小さなお椀の様なその胸を隠すことなく歩き続ける。

「どこのどいつだ……僕の円周率を邪魔したのは、どこのどいつだ……」


「こいつです!」

 ライムはとっさに足元のゴキブリを指さした。

 さすがはライムさん!

 アイドルグループでセンター争いをしているだけあって機転がよく利く。

 もしここで「ヒイロです!」などと正直に答えていれば、おそらくヒイロはココとは違う異世界にすぐさま転生することになっただろう。

 そして、その転生先で女神が微笑むのだ。

「アナタに与えられたスキルは『一生童貞』です❤」

「えーーーーー! それってダメスキルじゃん!」

「何をおっしゃいます! 処女が尊いように、童貞もまた尊いのです! さぁ! 今ここで私が不浄なる欲望を切り落としてあげましょう!」

 ぎゃぁぁっぁぁぁぁ!

 よし! 次の小説のタイトルはこれで決まりだな!

『童貞をこじらせた俺は異世界転生! タイピングスキルが万能すぎて青き令嬢のいけないところを16連打。おかげで今、死ぬ五秒前なのだが……どうしたらいい?』

 知るか!

 というか……お前……

 グラスを投げるときに、わざわざ16連打しおったのか……


 だがしかし、残念ながらライムは幼女!

 所詮は幼女である!

 その先の展開が全く読めていなかった。

 テコイのそばには、ライムをはじめ5人の少女が立っている。

 そして、そのすぐ後ろにはヒイロが血を吐き倒れているのだ。

 それらが全てテコイを中心とした土俵ほどの大きさの円の中に納まっている。

 えっ? キャンディとグラマディ?

 もう、そんなのグラスの様子を見た瞬間、速攻で逃げだしとるに決まっとるわ!


「地獄の深淵より湧きいでし灼熱の業火

 この世の生なるものを焼き尽くせ!」

 グラスは引きずるパイズリアーを天へと掲げた。

 パイズリアーの刀身が業火をまとう。

「マズイ!」

 ヒイロは必死に身を起こす。

 咄嗟に、その体の下に五人の女の子を抱え込む。

 ――ヒイロって……こんなに大きかったんだ……

 ――ヒイロっち……いい匂いだワン……

 ――ヒイロの体……温かいにゃぁ~!

 ――ヒイロさん……怖いですぅ……ウルルは怖いですぅ……ギュッ♥

 ――ヒイロはん……アチキまだ……卵の準備ができていないでアリンス……

 その大きな胸板の下で、五人の女の子たちが小さく丸くなっていた。


 グラスが叫ぶ!

「これこそが! 炎系究極魔法!

 ヘルフレェェーィム!!」

 ドゴッーーーーーーーン!

 瞬間、周囲は地獄と化した。

 燃え盛るステージ。

 そそり立つ火柱。

 切れ目なく降り注ぐ灼熱の業火。

 何度も唱えられる魔法によって、さながら、そこは大炎熱地獄だいえんねつじごく


 辺り一面に焦げたにおいが立ち込める。

 轟音が消え去った後には、いたるところで火の粉のはじける音が小さく響く。

 今や、無駄に豪華であったマッケンテンナ家の建物は、見る影もないほど無残にも崩れ落ちていた。

 かつてその前に広がっていたド派手な庭園。

 モジャモジャと生い茂る木々や花々も一瞬のうちに消し飛んだ。

 そこは全くの荒野。

 いうなれば、真っ黒くろのハゲちゃびん!

 うすらハゲのように黒焦げた大地から、ところどころのぞく茶色い地面が哀愁を誘う。

 しかも、その寒々しい頭頂部には、なんと大きな円形脱毛症ができているではないか!

 それはもう、朝起きて鏡を見た時に感じる絶望感。

 昨日まで、あんなにモジャモジャと生い茂っていたものが、あっという間になくなったのだ。

 ――なぜだ! なぜなんだ!

 まさに地獄!

 生き地獄! 

「俺は! 運命を呪ってやるぅぅ!」

 上空で、黒いローブの男が叫んでいる。

 だが、その男の頭にかぶるローブもまた、爆風で吹き飛んでいた。

 見える頭頂部は、まるで小汚いザビエル!

 その横から伸びる長い髪が肩の先まで垂れ落ちる。

 おそらく朝、鏡を見ながら、その脇から生える髪で、頂点部のハゲを必死で隠してきたのだろう。

 その証拠に、髪はベトベト。

 しっかりと、ワックスで頭頂部に貼り付けてきたはずなのに……

 その努力すらも吹っ飛ばすグラスの炎撃魔法!

 恐るべし。

 というか、コイツ、てっきりイケメン青年だと思っていたのだが……

 どう見ても残念なオッサンじゃないか!

 なんだか、心にポカンと穴が空いたよう……


 そう、マッケンテンナ家の庭の中心には円形脱毛症ばりにポカンと大きな穴があいていた。


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