第92話 ヒイロの心!下心!

「ヒイロ! 俺の遊びを邪魔するなよ!」

 ――えっ! 俺、ゴキブリプレイの邪魔なんてしてないけどな。

 というか、そもそもゴキブリプレイとは一体なんぞや?

 もしかして、「この! ゴキブリ野郎!」などと女王様にハエたたきでお尻でも叩かれながら虐げられるプレイの事なのだろうか?

 いやいやそれとも、「ゴキブリ! 超臭いにゃぁ~!」などとミニスカートをはいた女子中学生に足で顔面を踏まれながら辱めを受けるプレイなのだろうか?

 う~ん……

 気になる……

 気になりはするが……やっぱり俺はゴメンこうむりたい。

 だいたい、臭いって言っただけで襲ってきたのはテコイ、お前のほうだろうが!

 そんなことでいちいち頭にくるようでは、ゴキブリプレイなど楽しめるものか!

 この素人が!

 まぁ確かに、オバラに対する目に余る非道。

 頭にきたのは事実である。

 だが、別に俺はオバラを助けたいと思ったわけじゃないんだよ……別に……

 そもそも、俺をパーティから追い出した奴だし……

 助ける義理なんてあるはずないだろ……

 だけどね……あの必死の目を見るとね……やっぱり……


 だが、マーカスはどうでもいいや!

 アイツの目、女をモノとしてみてないような超エロい目だから嫌いなんだヨ!

 しかも、俺は「マーカス」であったという事実を秘密にしてたんだから、本来、マッケンテンナ家とはもめる理由などないはずなんだ。

 だいたい、本物のマーカスを守れと言う約束があるわけでもあるまいし。

 だからさ、入れ替わりの秘密以外については、何の取り決めもナッシングなわけよ!

 そう俺は自由! 自由なのだ!

 フリィーーーーーーダム!

 それが、テコイの言いがかりで首を狙われる羽目に。

 なんでやねん!

 という事で!

 マーカスを守る義理もなければ、必要もない。

 そう、単なる赤の他人さん!


「ハイハイ! どうぞ! どうぞ! ご自由に!」

 ヒイロは、さもさっさと行けと言わんばかりに両手を振った。

 というのも、今のヒイロはそれどころではなかったのだ。

 先ほどから湯煙の中のアリエーヌを思い出して以来、下半身、いや胸が熱くなってドクンドクンが止まらないだ。

 小さくなっていたアリエーヌへの想いがムクムクと大きくなって、今や張り裂けんばかりにガチガチになっていた。

 一応、ヒイロの名誉のために言っておこう。

 これは物理的な状態変化を表したものではない!

 あくまでもヒイロの心情表現、すなわち下心を表したものである!


 というかさ……俺、思うんだよね。

 普通に考えたら、アリエーヌだってあんな変態野郎と結婚したいなんて思うわけないじゃん。

 きっと、何か人に言えないような理由があるからに違いないんだよ。

 ああ見えてもアイツ、結構自分一人で背負い込むタイプだからな……

 あれ?

 でも、マーカスが死ねば……その呪縛から解放されるということじゃね?


 ……

 ……

 いいではないか!


 !?


 うん、待てよ……

 そうしたら、アリエーヌの婚約はなかったことに……


 もしかしたら俺にもチャンスがやってくるんじゃね?

 恋と言う名のマウンドで、萌えるような性春のキャッチボール。

 ネコミミ?

 メイド?

 スッポンポン‼

 そんなアリエーヌが構えるキャッチャーミットにドピュッと一発ストライク!

 いやいや一発どころか、完全試合できちゃうよ! 俺!

 しかも、9イニング全て直球ど真ん中ストライク!

 食べててよかった! ニンニク弁当!

 うおぉぉぉぉぉぉ! 

 飛び散る青春! 弾ける想い!

 ドーン!

 まるで希望の砲台から祝砲が発射されたかのようである。


 ふう……


 冷静に考えて……

 そんな事……ないわな……


 あれでも一応アリエーヌは、キサラ王国第七王女。

 それに対して、俺は平民以下の一文無し。

 しかも、無職の童貞ときたもんだ……


 だけど、だけどだよ……

 もしも、もしもの話だけど……

 アリエーヌが仮にあの変態マーカスの事を真剣に想っていたとしたら、どうなんだ?

 いやいや、ありえないことだと思うよ。

 だけど、それで……アリエーヌ自身が幸せになれると言うのなら……

 俺はその二人のキャッチボールを外野から応援する事しかできないよな……


 ヒイロは、なにやらモヤモヤとした嫉妬の炎を目に浮かべながら、マーカスたんを睨みつけていた。

 だが、そのマーカスたんはいまだ気絶して動けない。

 先ほどから黙って何もしようとしないヒイロにドグスが叫んだ。

「こらぁぁぁあ! ヒイロ! マーカスたんを助けんかい!」

「あぁ? なんで俺が助けにゃならんのだ!」

 そんなマーカスたんを見殺しにするかのようなヒイロの言い分に、ドグスの怒りが爆発した。

「ヒイロ! お前という奴は何言うてんねん! マーカスたんがどうなってもいいんか!」

「そもそも、お前ら俺の首を跳ねようとしてたんだろが!」

「それはお前がマーカスたんにひどいことをしたからやろうが」

「知らんがな……」

「もうええ! 衛兵! マーカスたんを守らんかい!」


 あわてて衛兵たちがテコイを取り囲む。

 だが、テコイの足は止まらない。

「どけ!」

 茶色い腕が剣を振りぬいた瞬間、目の前の衛兵から赤き血潮が噴き出した。

 勢いをそのままにテコイの体が回転する。

 次々とはね跳ぶ肉と骨。

 その中心でテコイの剣が残像を残し茶色い円を描き出す。

 さながらその様子は荒れ狂うフードプロセッサー。

 あらびきミンチでも作るかのように、たちまち衛兵たちの体を切り刻む。

 いつしか茶色い円盤は生臭い赤みを帯びていく。

 先ほどまで人であったであろう肉塊が赤きじゅうたんのように飛び広がっていた。


 ようやく回転を止めたテコイの体。

 打ち重なる衛兵たちの体を踏み越えて、一歩一歩と歩き出す。

 踏みしめられるたびに肉片が、残った血のりを吐き出した。

 まるでレッドカーペットを歩く俳優を出迎えるクラッカーのように。


 グジュリ

 ひときわ嫌な音がステージに響く。

 テコイの足が肉を踏みしめ力を込めていた。

「覚悟しろ! マーカス!」

 頭上に振り上げられたテコイの剣。

 いまだ白目をむいて倒れたままのマーカスたん。

 その光景にドグスは悲鳴を上げた。

「きゃぁぁぁぁ! マーカスたん!」

 今やマーカスたんを守る衛兵たちは、テコイの圧倒的な力の前でただの肉塊と化していた。

 もう、マーカスたんを守る盾はない。

 ――あかん! あかん! 後生や! 誰か! マーカスたんを助けておくれやす……オクラやす……イクラやっすぅっ!

 その事実を受け入れがたいドグスは、咄嗟に手で顔を覆った。

 顔の真ん中にポツンとあった真っ赤な唇は、まるで一粒のイクラ。

 さながらその早さは最後に残ったタイムセールのイクラを、おばちゃんが瞬時にサッと奪いさったかの様であった。

 だが、太いタラコのような指の隙間からは、その細き目がしっかりと覗いていた。

 我が子の死の瞬間など見たくはないと思いはしても、心のどこかでは、もしかしたらなどという一縷の希望を捨てきれていなかったのである。

 これがきっと親心と言うものなのなのだろう。


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