第90話 ゴキブリって……(3)

「正解は! 殺虫剤で~す!」

 はぁ~? 何それ?

「明智君! 君は知らないのかい? 殺虫剤をかけるとゴキブリは死ぬることを」

 いやいや、それは大方の読者は知っていると思うよ。

 でもね君は今、剣すら持たない手ぶらの身。

 殺虫剤など持っているはずないよね。

「あるんだな! これが!」

 にやりと笑うヒイロ。

「秘技! マスタードガス! 発射ぁぁぁぁぁ!

 プスゥ~

 その次の瞬間、テコイの顔面に押し付けられたヒイロ尻から思いっきりガスが噴出された。

「目にしみるぅぅぅ!」

 ガスの直撃を食らったテコイは、口から泡を噴き出した。

 マスタードだけあって黄色いガス。

 それも、先ほどミーナの部屋に置いてあったニンニクスタミナ弁当を食べて生成されたばかりの濃縮ガス。

 とても臭い!

 かなり臭い!

 その証拠に発射したヒイロ自身の顔も歪んでいた。

 ヒップアタックでテコイを押し込むヒイロの体。

 その体はいつしかガスに追いつき、その黄色い塊に潜り込む。

 空気の流れによって迷い込んだ残り香が潜水帽の割れた窓から入ってきた。

 潜水帽は水中にもぐるための道具。

 すなわち密室だ。

 潜水帽の中に入り込んだガスは逃げ場がない。

 まさに抵抗不能!

 なすすべがないヒイロ!

 ということで、ヒイロ君もめでたく昇天しました!


 というか……一応ミーナはアイドルだよ。

 こんなニンニクが入った楽屋弁当食べるわけないだろうが!

 一体、誰が発注したんだよ!

 えっ! それは私よ……

 現実の世界で、センドウ社長が答えたような気がした。

 ――だって、精がつくじゃない! 掘る方も掘られる方も結構体力使うのよ! えっ? 何? エロい事言わないでって? 何言ってるのよ! 私が言っているのは、大根の話ヨ! 大根! 間違っても初心者は大根はダメよ! せめてキュウリからにしときなさい!

 そういう当のセンドウ社長。ミーナの手を引いて急いでステージから降りようとしているまっ最中。

 ミーナのショーは、ゴキブリが出てくるはなんやかんやでもうめちゃくちゃ。

 というか、センドー社長、スットコビッチ=ヘンダーゾン第3王子の命令を受けて仕込んだ刺客たちがあっという間にやられてしまったから、それどころではないのだ。

 ――やっぱり、キュウリ使いのお友達では経験が浅かったかしら。あの動きだと浅漬けね……浅漬け! 経験が浅いのよ! もうちょいギャラをはずんで大根使いのお爺ちゃんに頼むべきだったわ。今日のお新香占いでも言ってたじゃない! 今日のラッキーお新香はタクワンって! しっかり日干ししてシワシワにしなびた大根! それを一か月以上漬け込んだ年季の入った経験値! あぁぁ、そんなので体をさすられると思ったら、よだれが出ちゃウゥゥゥ! あぁぁぁ! 失敗したぁぁぁぁ!

 だが、今さら後悔してももう遅い。

 刺客が捕まっりでもして、自分の名前でもゲロりでもしたら大変だ。

 もし仮に、アリエーヌを狙ったのが自分だとバレれば死刑は確実。

 スットコビッチ=ヘンダーゾン第3王子の命令とはいえ、おそらく、王子はしらを切りとおす。

 トカゲのしっぽ切りのように、責任を押し付けられるのは目に見えていた。

 ――そうなる前に、ミーナを連れてトンズラよ!

 ということで、とても急いでいるわけなのだが、それもヒイロの世界から見れば止まって見える。


 ハイ! リプレイ終了ぉ~。

 コンマ何秒の世界がじっくり見えたかな?

 このように、見えない世界は超高速度カメラで撮影するとよく見えるんだよ。

 勉強になったかなぁ?

 ちなみに某国の某国営放送では、平成25年当時、最高撮影速度200万枚/秒の30万画素超高速度単板式カラーカメラが開発されていたそうだよ。

 だから何?

 へっ?

 現実世界におかえりなさ~い!


「空気……空気……をくれ……」

 潜水帽の中でえずいていたヒイロは必死に手を仰ぎ、割れた窓から空気を取り込んでいた。

 大きく深呼吸をするヒイロ。

 スー! ハー! スー! ハー!

 おいしぃ……

 生まれてからこのかたヒイロは、空気がこんなにおいしいものだとは感じたことがなかった。


 ようやく落ち着いたヒイロは立ち上がり、泡を吹くテコイを見下ろした。

「冗談はここまでだ!」

「冗談はここまでだ!」

 うん? 2回言った?

 いや、ちがう。

 ヒイロの声とは別の誰かの声がハモったのだ。


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