第85話 キメラ(1)
だが残念ながら、その首はマーカスたんのものではなかった。
そう、マーカスたんに向かって剣を振り下ろしていた刺客の首。
刺客の首が、なぜか、切り落とされていたのである。
転がるマーカスの前で、膝をつく首なし死体。
いまだ、その先からは血がポンプで押し出されるかのように噴出されていた。
だが、その赤き血しぶきの先には、先ほどまでいなかったはずの黒きローブをかぶった人影が立っている。
「いけませんね……私の仕事を奪ってもらっては」
どうやら男の声のようである。というか、野太い声。
黒きローブから突き出されている剣先が、さっと振られるとステージに血の飛沫が飛び散った。
観客席もまた、騒然とし始めた。
目の前のステージで人の首が飛んだ。
いやいや、この観客たちは断頭執行ショーを見に来たのである。
首なし死体を見たところでどうともないはずなのだ。
だが、それは、自分に危害がないところでの話。
自分たちの身に危険が及ぶとなると、話は変わってくる。
というのも、観客席には頭を食べられた首なし死体が、いくつか転がり血を流していたのである。
「今の私はとても機嫌が悪いのです! お腹がすいて、お腹がすいてたまらないんですよ!」
黒いローブの中に潜む口を茶色い腕のようなモノがさっと拭うと、その表面には赤き血がべったりとついていた。
それを見た観客たちは理解した。
ここに転がっている観客たちであった死体は、あの男によって食われたのだと。
久しくモンスターが人を襲うことがなかった。
モンスターによって食われるなどといった恐怖をすっかり忘れていた国民たち。
しかし、いま再びその恐怖が沸き起こる。
また、モンスターが人を襲いだしたのか?
人々の顔は蒼白する。
パニックを起こした観衆は、我先にと逃げ出し始めた。
「この男を簡単に殺しては、私の気がスミマセン。いたぶって! いたぶって! あのババアに私を侮辱したことを後悔させるのです!」
血の付いた茶色い腕は、体に巻き付くローブを取りさった。
現れた頭には茶色い長細いものがピコンと二つ伸びあがり、その先を垂らしていた。
えっ! 茶色いウサギ?
ヒイロの横で子ウサギが顔の前で手を振っている。
――ないない! あんなのと一緒にしないで!
そう言っているようにも思えた。
その茶色き頭の背後には、茶色い羽がついていた。
えっ! もしかして茶色い鳥?
マーカスたんの横でペンギンが顔の前で手を振っている。
――ないない! あんなのと一緒にしないでおくんなまし!
ペンギンもそう言っているようにも思えた。
その体から伸びる四肢は茶色い手足。
えっ! 茶色い犬? 猫?
だが、子犬と子猫がヒイロの足に隠れて震えている。
よほどの恐怖か。
一体、あれは何だ!
鳥か!
そう、黒きローブの下から現れたのは大きなゴキブリ。
人間大のゴキブリだった。
ただ、そこには見慣れた顔が。
テコイの顔である。
ヒイロを探すこともなく、オバラたちを助けに戻ることもなく、ただただ問題行動を繰り返す非行児!
そのテコイがゴキブリのコスプレをして立っていた。
いやゴキブリが、テコイの体を身にまとっているのか?
まぁ、テコイの性格は確かに昔からゴキブリだったが……
今は体もゴキブリ。
しかも丸々と太ったゴキブリテコイ
うん? ゴキブリなのかテコイなのか分からなくなってきた?
どっちでもいいや!
その生き物はまさにテコイの失われた組織を補うように、ゴキブリの硬い甲殻がついていた。
頭蓋骨が見えていた頭には、ゴキブリの触角が揺れている。
溶け落ちた手足の代わりに、ゴキブリの茶色い手足が伸びている。
そして、ご丁寧に背中にはゴキブリの大きな羽までついていたのだ。
まさにその生き物は、テコイとゴキブリを合体させたようなもの。
もう、人間なのかモンスターなのかどちらかさっぱり分からない。
いうなれば、この世に存在する生き物とは、全く違う種の生き物。
まさにキメラと言ったところか。
「お前! テコイか!」
金属帽をかぶった男は叫んだ。
ゴキブリテコイは振り返る。
「その声は! お前! ヒイロか!」
テコイの顔が怒りに染まる。
「お前のせいで! 俺はこんな姿になったんだ! お前だけは絶対に許さん!」
その刹那、テコイの姿が消えた。
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