第84話 首が飛ぶ(4)

 だが、その剣も跳ね上がる。

 アリエーヌの心臓を貫くはずの剣は、何を思ったのか急に方向を変えたのだ。

 いや、刺客たちが、顔の痛みのためにその方向を変えたのではない。

 何かに打ち上げられるかのようにパンと跳ね上がったのである。

 そう、剣の下では軽快なリズムが刻まれていた。

 シャドーボクシングをする子ウサギのステップ。

 そこから打ち出されたアッパーが剣をはね上げていたのである。

 ――秘技! ムーライト・アッパー! 月に代わって! どつくぞコラっ!

 刺客の剣先は、胸上のコスチュームを切り裂いて円を描くかのようにはじけ飛んでいった。


 そして、次の瞬間には、破れたコスチュームからアリエーヌの胸がはらりと見えた。

 二人の刺客が鼻血を噴き出しながらのけぞり飛んだ。

 そして、金属帽をかぶった変態男も割れた窓から鼻血を噴き出しているではないか。

 ――えっ……変態トリオ?

 顔を赤らめたアリエーヌは、とっさに胸を隠した。


 子ウサギの突き上げられた拳によってはじけ飛ぶ剣。

 その瞬間、アリエーヌの前に滑り込むかのように流れ込んだヒイロの肘が、子犬と入れ替わるかのように刺客の顔面を捕えていた。

 そして、その勢いをそのままにクルリと回転したヒイロの足が、残る刺客のこめかみを砕き割る。

 鼻血を出しながらはじけ飛ぶ二人の刺客たち。

 ピっコーン!

 その瞬間、ヒイロの体の中で何かが覚醒した。

 それは、何か懐かしい記憶。

 そう、失ってはいけない大切な情報!

 回転するときにヒイロは見てしまったのである。

 久しく忘れていたアリエーヌの胸を。

 三年という年月は素晴らしい!

 ソフトボールがハンドボールになっているではないか。

 そう、アリエーヌの胸は一回りも大きく成長していた。

 しかも、そのやらかそうなことこの上なし……

 コスチュームから盛り上がるその肉質が、まるで赤ちゃんのほっぺのようにプルルンと揺れている。

 ブヒィィィィィ!

 潜水帽の割れた窓からヒイロの鼻血が噴き出した。

 そして、ヒイロのズボンには、こちらも一回り大きくなったテントが台風にも負けない硬さでしっかりとそそり建てられていたのだった。


「よくやった! お前たち!」

 とっさに潜水帽の男は自分の股間を隠すかのようにうずくまると、子犬と子猫とハイタッチ!

 そして、子ウサギは右ストレート!

 ぎょべぇぇっ!

 ついには、股間を押さえてうずくまる潜水帽の男。

 ステージに顔をうずめてピクピクしていた。

 そんな横で胸のコスチュームを手で押さえるアリエーヌ。

 ――何じゃ……この懐かしい光景は……

 高鳴る胸をギュッとつかむ。

 幾本もの線が破れたコスチュームに浮かび上がっていた。

 ――何か、胸が苦しいのじゃ……

 目から涙がとめどもなく流れ落ちてく。

 ――なぜ……涙が止まらないのじゃ……なぜ……


「こうなればマーカスだけでも!!」

 尻のズボンに大きく穴をあけた刺客の声。

 空から地面に帰り着くと、すぐさま横たわるマーカスの首めがけて剣を振り下ろした。


 その動きに、さすがのヒイロも動けなかった。

 今しがたアリエーヌを救ったところで油断していたのだ。

 というより、マジで股間がしびれて動けなかったのである。

 まぁかといって、マーカスたんを救う義理もあるわけでもないし。

 そのため、全くマーカスたんのことなど注意もしていなかったは事実。


 赤い鮮血が飛び散った。

 宙を舞う首。

 その首が、赤き血を従えてステージにポトンと落ちると、コロコロと転がっていく。


「いややややややああぁぁぁぁぁぁ!」

 ドグスの絶叫が大きく響いた。

 ドグスの奴、このステージだけで、かなりげっそりと痩せたように思うのは気のせいだろうか。


 ステージの上で転がる首が一回転をするとアリエーヌに向かってその顔を見せた。

 その無念の表情。

 なすべき事ができなかったかのような表情である。


 ひっぃ!

 ビクッとするアリエーヌ。

 今までの冒険ではモンスターの首は、いやというほどはねてきた。

 だが、人の首は初めて見る。

 同じ人間である首。

 すなわち、人間が死ぬ瞬間を見るのはアリエーヌにとって初めての事であった。


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