第86話 キメラ(2)

 金属帽の中から見える風景は丸く視野が限られていた。

 だが、ヒイロにとってそれはさほど苦ではなかった。

 そう、ヒイロは思うのである。

 俺にとって守備兵との戦いなど、それぐらいのハンディがあってちょうどいい。

 というか、マジでこの金属帽をかぶっていないと、もっと大変なことになってしまうだろうが!

 えっ? アリエーヌたちに俺の顔を見られることかだって?

 いやいや、そんなことは俺にとってどうでもいいんだ。

 大体、アリエーヌたちはマーカスたんを英雄マーカスと信じている。

 ここで俺の姿を見たところで、きっと思い出すこともないだろう。

 あの魔王討伐の時だってそうだ。

 チョコットクルクルクルセイダーズのあいつらは、いつも俺を小間使い!

 おやつが食べたいだの、風呂が入りたいだの、事あるごとに俺に命令する。

 俺を人として見ていないのだ!

 だいたい、マーカスたんの顔を見て俺の顔だと信じている時点で、おかしいだろ。

 どう見たって、あのへん顔と俺のりりしい顔が同じに見えるわけないだろうが!

 どうせあいつらには、小間使いの顔など、すべて同じように見えているのかもしれない。

 しょせんあいつらが見ている俺の顔なんて「へのへのもへじ」だよ。「へのへのもへじ」!

 ただ……アリエーヌにもそう見えていたのは、少々残念な気はするが……

 だが、そんなことは今はどうでもいいのだ。

 それよりも、もっと重要なことがあるだろ。

 というのも、仮にドグスにつかまりでもすれば、俺は理由も聞かれずにすぐさま断頭台にかけられることになるだろう。

 そうなれば、俺の首はプッチョンパなのである。

 でも幸いなことに、この金属帽は首までガードしているのだ。

 落下する断頭台の刃もこの金属に阻まれて、もしかしたら首まで届かないかもしれない。

 という事で、この潜水帽をかぶっていれば俺の首は安全なのだ!

 ワハハハハハ!


 などと考えていたヒイロの体が吹き飛んだ。

 いきなり金属帽がゴンと鈍い音を立てたかと思うと、ヒイロの視界が思いっきり揺さぶられたのである。


「ただでは殺さん!」

 ゴキブリテコイの剣が金属帽を叩きつけていた。

 ステージに転がるヒイロの体が膝をつく。

 金属帽のおかげでダメージはさほどないようだ。

 あってよかった潜水帽!

 断頭台にかけられる前に役に立ったようである。

 ――テコイの奴……いつの間に……


 体を起こすヒイロ。

 ――油断した……だが、こんどは……

 再び潜水帽の丸い視界にゴキブリテコイを捕らえた。

 と思ったら、また消えた。


 金属棒の中にヒイロの唾液がまき散った。

 ごほぉ!

 遠のきそうになる意識を必死にこらえるヒイロ。

 自分の腹を押さえて後ずさる。

 そんなに潜水帽の視界が狭いのか?

 いや、そんなことはない。

 ヒイロ自身、その視界の狭さは守備兵たちとの戦いで十分に理解している。

 だからこそ今度はテコイの動きを見越したうえで構えていたのだ。

 だが、それですら、ヒイロの目の前からテコイの姿が消えたのである。

「いたぶって、いたぶって、殺してあげますよ!」

 ヒイロの腹に、ボディブローを叩き込んだテコイが薄ら笑いを浮かべていた。


 オバラらがとっさに、テコイの足にしがみつく。

「テコイ! アタイたちがヒドラにやられたのはヒイロのせいじゃないんだよ!」

 そんなオバラを苦々しく見るテコイ。

「うるさい! お前、もしかしてヒイロに鞍替えしたのか? この尻軽女が!」

 まとわりつくオバラを振り払おうと足を振る。

 それでもオバラは歯を食いしばってしがみつく。

 テコイはなかなか離れないオバラの顔を殴りつけた。

 レッドスライムによってきれいなったオバラの顔が、どんどんと赤く腫れていく。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る