第61話 倉庫のコンサート(5)

 そんな俺に見向きもしないで、きょろきょろと中の様子を見渡しながら女は倉庫の真ん中に歩む。

 先ほどまで俺が転がっていたところが、ちょうどホコリが取れて、倉庫の床地が見えていた。

 そんな少しだけきれいになったところに、女は買い物をした紙袋を置くと、偉そうに命令した。

「ちょっと! シャターは、ちゃんと閉めてよね!」

 急いで俺は言われた通り、魔法電気で動くシャッターを開閉ボタンを押した。

 ウィーンと言う音と共にシャッターが閉じていく。

 倉庫の入り口が、夕焼けの赤き光を遮断したことを確認した女は、音の反響を確かめるかのように声を出した。

「あー、あー、意外と響くわね」

 その透き通るような声に俺は驚いた。

 そして先ほどまで、どこかに隠れていた5匹のペットたちも、その声に誘われるかのように顔を出す。

 納得した様子の女は、野球帽をさっととった。

 その中に無理やり押し込められていた金色の髪がサラリとこぼれ落ち、元のウェーブの利いた長髪へと戻っていく。

 サングラスを帽子の中へと片付けると、肩にかかった乱れた髪をかき上げた。

 一瞬見える白いうなじ。

 俺には、そのうなじに少々赤いあざが見えたような気がした。

「君、私の新作の歌を誰よりも早く、しかも、ただで聞けるなんて幸せだよ!」

 女は、そういうと、大きく息を吸い込んだ。


 早く会いたい。

 アナタに会いたい。

 氷に閉ざされた冷たき世界。

 色の無い私の心。

 アナタの息吹が色をくれた。

 アナタの鼓動が希望をくれた。

 もう私は一人じゃない。

 もう私は悲しまない。


 いつしかそれを聞く俺の頬から自然と涙がこぼれ落ちていた。

 5匹のペットたちも、静かにその歌声を聞いている。

 こいつら……人間の言葉が分かるのだろうか。

 一丁前に、目を潤ませながら聞いてやがる。


「まぁ、今夜のステージのリハ―サルは、こんな感じでいいかな」

 ひとしきり、歌い終わった女は、軽く汗をかいていた。

 髪を払うと、きらきらと汗が数滴、飛び散る。

 そして、俺に聞くのだ。

「そこのモヤシ君! 私の新作はどうかな?」

 拍手することも忘れて、呆然と聞いていた俺は、我に返った。

「凄い! 凄いです! めっちゃ感動しました」

 その言葉に、満足そうにウンウンとうなずく女。

 そして、腕についた時計を確認すると、驚いた様子。

「やだ! もう、こんな時間! コンサート本番に間に合わないじゃない!」

 女は急いで、帽子をかぶろうとした。

 しかしその時、またしても、気持ちが悪くなったのか口を押える。

「ちょっと、モヤシ君、トイレはどこ?」

 俺は、二階のトイレを指さすのを確認するや否や、女は階段を駆け上り、トイレのドアを開けていた。

 おげぇぇ……

 開け放たれたドアから女の吐く声が聞こえてきた。

 俺は、そっとドアからトイレの中を覗いた。

 便器に手をつき、ハァハァと荒い息をする女。

 便器の中へと垂れる女の髪。

 しかし、そんなことを気にしている暇は無いようであった。

 俺は、そっと女の背中を撫でた。

「大丈夫ですか……」

 やはり、その首筋に赤いひも状のあざがハッキリと見えた。

 さっき見えたのは、幻ではなかったのだ。

「このあざ、どうしたの……?」

 その言葉を聞くや否や、女が跳ね起きた。

 そして、俺にそのあざを隠すかのように向きを変えると、厳しい目で俺をにらんでいる。

「見たの! モヤシ君、あれを見たの!」

「見たと言うか……はい、見ました」

 みるみると女の目に涙がいっぱいにたまっていく。

 俺は、慌てて、フォローを入れてみる。

「と言うか、吐いてるみたいだし、その傷も気になるし、病院行った方がいいんじゃないですかね?」

「人に知られたら絶対にダメなのよ! もう、なにもかも終わりなのよ!」

 金切り声を上げる女。

 俺は、必死になだめようとした

「じゃぁ……回復術士に回復してもらうとか回復薬飲むとかは、どうなのかな?」

「いまの私、薬は絶対に飲めないの! 魔法も同じことよ!」

 困った俺は頭をかいた。

「それならどうするんだよ……」

 女は懇願するように頭を下げた。

「モヤシ君さえ黙っていてくれたら、全てうまくいくの……あと、数か月でなにもかも全て終わるの。お願い、お願いだから、黙っていて。何でもするから……」

「えっ! なんでもって、あんなことやこんなことも!」

「…………黙ってさえくれていれば…………してあげるわ……」

 女は、手のひらでこぼれる涙をぬぐっていた。


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