第62話 Boys, be ambitious!(1)

 心の中に、ふつふつと沸き起こる黒い影。

 それは一つの明確な形になっていくと、ついに悪魔へと姿を変えた。

 悪魔が俺の耳元でささやく。

「オイ! ヒイロ! これはチャンスだ! これで大きなお姉さんゲットだぜ!」

 そうだ! 悪魔の言う通りである!

 幸い、この倉庫にはお風呂もある。

 俺の妄想が暴走する。

 体の隅々まで洗っちゃうぞぉぉ!

 いやん! ヒイロ君のエッチィ!

 などと、毎日毎日、お互いの体を洗いっこが、できるではないか。

 ウヒヒ……

 そして、これまたちょうどいい大きさのベッドまでもあるではないか。

 なんなら朝まで毎日、二人で下半身の組体操をチャレンジすることも可能ということだ。

 合っ体ぃぃ!

 いやぁぁぁぁ! ぴったり食い込むぅぅぅぅ!

 ウヒヒ……

 子供だって、野球チーム2つ分ぐらいまで作る自信はある!

 その悪魔の言葉に、俺の下半身がドクドクと熱くなってきた。


 が、そんなもてない男の夢と妄想も一瞬にして消え去った。

 というのも、先ほどから俺の背後より、それはそれはオドオドしい殺気が放たれていたのだ。

 その殺気は、まるで矢のように次々と俺と悪魔の背中を貫いていく。

 矢が胸を貫通した悪魔は悲痛な叫び声を上げると、霧のようにかき消えていった。

 ――……少年よ……大姉だいしを抱け……

 そのちり際は、まるで学生と分かれる先生のようにすがすがしい笑顔であった……

 ――たのむ……俺を一人にしないでくれ!

 俺の願いもむなしく、悪魔は消えた。


 一人になった俺は恐る恐る後ろの様子を伺った。

 そこには、レッドスライムたちの恐ろしい視線が……

 一体、いつ二階に上ってきたのだろうか。

 だが、先ほどから瞬きもせずに、俺をジトーっとにらみつけているではないか。

 しかもなぜだかわからないが、その一番後ろで子ウサギが、シャドーボクシングをしている。

 しかも、めちゃくちゃ恐ろしい表情で……

 その、プロボクサー顔負けの切れのいい動き……ここまで、風を切る拳の音が聞こえてくるようだ。


 俺は瞬時に悟った。

 ここで先ほど悪魔が提案した誘いに乗れば、間違いなく俺は死ぬだろう。

 やはり、死ぬのは嫌だ……

 額ににじんだ脂汗が、ポトリと落ちる。

 俺は懸命に笑顔を作り、女の方へとぎこちなく向きを戻した。

 女は、あいかわらず先ほどから顔に手を当てて泣き伏している。

 意を決した俺は、女に答えた。

「じょ……冗談ですよ……そんな事、しなくても黙っていますから……僕、こう見えても口は堅いんですよ! 以前、騎士養成学校である生徒とすり替わっていたことだって、ずーっと黙っていたぐらいですから!」


 その言葉を聞くや否や女は、ぱっと顔を上げた。

「えっ! 騎士養成学校の生徒とすり替わり?」

 その驚くような目には、すでに涙がない。

 それどころか、なにか面白いおもちゃを見つけたかのような意地悪そうな笑みを浮かべているではないか。

 ――しまった!

 俺はみるみる青ざめた。

 ――いらぬことを口走ってしまった……

 やっぱり、エロい妄想から、死の恐怖のどん底にまで精神状態が大きく振れたのがダメだったのだろうか。

 正直、この時の俺はスライムたちの冷たい視線でパニクっていたのは事実だ。

 なんとか、目の前の女に自分の言葉、すなわち口が堅いことを信じてもらおうと必死だった。

 いや違うな……その言葉は、女に対するものでもあるが、何よりも背後のスライムたちに向けていたような気もする。

 スライムたちに俺は口が堅いからあんなことやこんなことをしなくても、大丈夫!

 だから、エッチな事なんて絶対に要求しませんよ! って。

 でも、そうはいっても、俺の言葉に担保がない。

 担保のない言葉で、スライムたちの殺意は和らげることは不可能だ……

 そこでなにか信じさせるための具体例が必要だと思っちゃったんだよね……


 しかし、よりによって……俺の一番の秘密を口走るとは……俺っておバカちゃん。

 でも、仕方ないよ。

 この秘密を、ずーっと今まで黙っていたのだから口が堅い証明になるだろうと思っちゃったんだから。


 そのため、ついついいらぬことをしゃべってしまった。

 だが、覆水盆に返らず、もう口にしたことは戻らない。

 だから、俺は必死で取り繕った。

「いやだなあ……たとえ話ですよ! た・と・え・話!」


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