第13話 ヒドラ討伐(8)
「(転移! 転移! 転移! ワタクシのおなかへ転移じろぉぉぉ!)」
ボヤヤンは必死で、転移魔法を唱えていた。
顎がとれて口が回らない。
それでもなんとか魔法を懸命に唱える。
だが、思うように転移先が定まらない。
毒消しをかじることができないボヤヤン。
食うことができないならば、直接、腹の中へぶち込むのみ!
ふう。
どうやら毒消しの一つが、胃の中に転移できたようである。
さすがボヤヤン!
ボヤヤンは思う。
大体なんで、ワタクシこんなことになっているのでしょうかね?
こう見えてもワタクシ、自分の事を天才だと思っているのよね。
それが何で、こんなひどい状況になっているの?
昨日までは、調子が良かったはずなのよね……
どこで、ボタンをかけ間違えたのかしら……
昨日と言えばヒイロ君が出ていった日だったわよね……
もしかして、チキンをヒイロ君にあげなかったから、チキンの神様が怒ったとか!
それ! ありえる!
大体、テコイの旦那がセコイから、こんなことになるんじゃないの!
でも、今のテコイの旦那はダルマみたいにすぐ転がりますね。
イヒヒヒ……
今までの恨み、ここで晴らしてもいいんじゃないかしら!
どうせ死ぬなら、一度は押してもいいんじゃないかしら!
でも、押したら確実に死ぬわよね……ワタクシ……
テコイの旦那に確実に殺されるわよね……ワタクシ……
でも、どうせこの体、このままだと溶けて死んじゃうわよね……ワタクシ……
オス! オサナイ! オス! メス!
押しちゃダメェェェェ!
でも押したい!
押したい……押したい……押したい……
あのテコイの旦那が無様に転がる姿をもう一度見たい……
あの豚のような眼差しでワタクシを見上げるのよね……
許して! ボヤヤン!
押したい……押したい……押したい……
押してみたいんじゃあぁぁぁぁ!
「ポチッとな!」
転がるテコイ。
どつき合うムツキとオバラ。
踊るボヤヤン。
四人の元【強欲の猪突軍団】のメンバーは、互いに互いを押し合って、マーカスの食べくさしの毒消しを奪い合っていた。
もうそこには、仲間どおしの譲り合いや、助け合いなどはなかった。
いや、そもそも、こいつらには、そんな心があったのかも疑問である。
ただただ、己一人が生き残りたい一心。
醜い……
そんな無益な争いの横でマーカスが震えていた。
毒の海の沖合を見ながらひとりひっそりと震えていた。
先程から霧の中にうっすらと光るものが二つ、こちらを睨んでいるのだ。
それは、どんどんと数を増やしていく。
二つが四つ。
四つが八つ。
そして、それは16にまで増えた。
えへ・えへ・えへへへへ……
マーカスが狂ったような笑い声をあげる。
その様子にようやく気が付いたテコイたち。
四人は口の周りに毒消しの食べかすをつけて、マーカスを伺った。
なんだコイツ……ついに狂ったか。
だが、マーカスが、霧の奥を力なく指さし続けて笑っている。
目からは涙を流しながら、乾いた笑顔を浮かべているのだ。
さすがにこれは少々オカシイ。
いや、面白いというわけではない。
何か不自然なのだ。
その様子が気になったった四人は霧のほうへと振り返った。
白き霧に黒き影。
その黒き塔のように長い影先には、やけにハッキリとした金色の光が二つ輝いていた。
先ほどからこちらをジッと照らしている。
そんな黒き塔が、ご丁寧にも八基……
4人の時間はピタリと止まった。
いや、実際に時が止まったのではない、思考や感情といったものが止まったのだ。
まるで脳からの伝達物質が何かに遮られるかのように。
もはや恐怖という感情すら湧きあがらない。
ただただ、何もすることができない。
蛇に睨まれたカエル……とは、まさにこのことなのかもしれない。
目の前の霧の中で黒き塔が色を帯びてくる。
白き霧をかき分けて、ゆっくりとヒドラの首が浮かび上がってきた。
そして、その首は、どんどんとその数を増していく。
一つの首が雄たけびを上げた。
周りの木々を揺らすほどの大きい雄たけび。
それはもう、この世の生き物ではないような気がした。
その瞬間、戒めを解かれたかのように5人の感情が動き出す。
だが、何をすればいいのかわかない。
ただただ、単にパニクるだけ。
恐怖に引きつった顔が後ずさる。
引きずる腰から漏れ落ちた小便が、乾いた地面に太い線をにじませながら引いていく。
なんでこんなことに……
誰しも思った。
これは、ヒイロのせいだ……
テコイは思う
これは、ヒイロがいなくなったから……
オバラは思う
僕ちんはヒイロとは違うのよ……
マーカスは思う。
ヒイロに! 俺の息子が緋色に!
ムツキは思う。
そして、ボヤヤンは思った。
ヒイイイイイイイホぉ!
その瞬間、5人の体が白き光に包まれた。
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