第3話 便利屋「あまりりす」

「ふぁ……」


私はひとつ欠伸をする。壁1面の大きすぎる窓からは陽の光が流れ込んでいた。


「モーニングティーが出来ていますよ。早く起きてくださいリリア」


綺麗なメイド服姿の少女は呆れたように部屋の扉を開け放つ。彼女がここに来て1年、すっかり家事を任せ切りにしてしまったせいで過眠癖が着いてしまっていた。


「今日の朝ごはんはなぁに?」

「リリアの希望通りワッフルを焼きましたよ」


彼女が急かすように背を向けて食堂の方へ行こうとするので、私も慌てて後を追った。


「まぁとっても綺麗!さすがヘレナね!」

「ふふ、実は街でホットサンドメーカーなるものを買ってきたんですよ!」


ヘレナは待ってましたかとばかりにキッチンからメーカーを出してみせる。なるほど今朝はやけに急かしていたがこれを見せたかったのか。デザインがとても凝っていて可愛らしかった。


「わぁ見た目も素敵ね!でもこんなのどこで?」


私もよく一緒に街にでるが、こんなものは見たことがなかった。私たちが行く街はそんなに大きくない街なので、生活必需品は揃ってもこんな趣味に特化したものはそんなにみつからない。


「行商人ですよ。私を見つけていきなり1万ペータで売りつけてくるので、お巫山戯かと思ってちょっと叱ったら500ペータで譲ってくれましたよ」

「あー………ね」


また恐喝まがいなことをやったんだな、と悟った。吸血鬼は人間とは違い身体が多少丈夫なので、力加減がわからないそうだ。魔導士はまだ痛い程度で済むが人間になると一体どれほど恐怖なのか…想像しただけで頭が痛くなる。


「あんまり派手にやっちゃだめよ。あと悪徳行商人でも恐喝まがいなことはだめ。目立つとお互い良くない身分なんだから」

「えぇ〜リリアの為なんですよ?」


ヘレナはわざとらしく目に涙を貯める。わかってはいるけど綺麗な顔で迫られると罪悪感とときめきで許してしまいたくなる。


「もう、私をからかわないで。ほらワッフル食べるわよ」


私は顔を背けるとまだほんのり温かいワッフルに手をつける。味はヘレナの腕がよくわかるほどに美味しかった。程よい甘さと焼き加減が手を進める。


「ふふ、美味しいようでよかったです。行商人3人を絞め……当たった甲斐がありました」

「その不穏な言葉は聞かなかったことにするからもうそんなことしないでよね」


全て食べ終わると彼女を連れてリビングでくつろぐ。広いソファに2人で座りながらのんびりとお話するのだ。


「最近リリアが庭に埋めた種が無事芽を出しましたよ。ところでなんの種なんです?」

「ゼラニウムの花よ。とても綺麗だから好きなの」


窓からは遠くの方に私の埋めたゼラニウムの花壇の一角が見える。ここからでは芽が出ているかはわからなかった。それよりも遥か目を引きつけるのは彼女の育てたアマリリスだった。


「後で一緒に見に行きましょうか」

「それは嬉しいですね。ついでに間近で私のアマリリスも見ていってください。ちょうど見頃なんです」


彼女は私以上にガーデニングが好きで、何かと花壇に花を育てていて、どの花壇も空いていることはまずなかった。


「日傘を忘れずにね。今日は特に日差しが強いわ」

「貴方も肌が弱いんですからしっかりと差してくださいね、お嬢様」


久しぶりにお嬢様という言葉を聞いた。だがその言葉には私があまり外に出ないことへの皮肉が込められているのだろう。


「私だってガーデニングくらいするわよ。ゼラニウムは絶対に育てきるわ」

「また雑草と間違えて抜かないでくださいね?」


去年の夏真っ盛り、まだ不慣れで心に余裕の無かったヘレナに趣味をあげようとガーデニングを教えたが、覚えのいい彼女は初めから私よりも要領よくできた。私はと言うと雑草と間違えて全ての芽を抜いてしまった。当時はよくからかわれたものだが今も時々いじってくる。


「ところで昨日出たのはワッフルメーカーを買うためだけじゃないでしょ?どうだったの、吸血鬼の動きは」


彼女は追われる身なので吸血鬼から姿を隠さなければならないのは確かだが、おかしなことに去年の冬に吸血鬼の被害に遭った魔導士がほとんどいなかったのだという。何かあるのではないかと私達は探りを入れていた。なんせ2人ともコミュニティから外れたもの同士。情報が欠けてしまうのは仕方ないが、現状それが命取りになるのだ。特にヘレナは。


「やはり人間を襲った事件もないようです。私の吸血鬼の情報は両親を失う前の2年ほど前の話ですが、やはり戦争の準備をしているのではないかと」


種族戦争。魔導士と吸血鬼には捕食以外の差別的対立が続いていた。その憎しみはどんどんと加速し、お互いにあることない事ばらまいては敵対感情を煽りあっていた。それがいよいよ限界に近づいているということだ。


「私の両親が亡くなったのもその戦争の主導派閥の争いによってです。おそらく私の家が滅んだことで主導派閥は決まったのでしょうから、戦争準備が進むことは当然予想されますが…」

「それならもっと食料のために魔導士を襲うんじゃないかという話ね」


ヘレナはこくりと頷く。


「せめて戦争に突入しないようにするにしても人間を連れていくはずです。なのになんの動きもない」


おかしな話だがおそらく間違ってはいない。戦争が始まってしまえば私はろくに外に出ることすら出来ないほど危険になってしまう。おそらく戦場は地上となるだろう。その前に何としてもお互いの動きは知っておきたかった。


「また聞き込みを続けますが、どちらかの動きがない限りこれ以上はむずかしそうですね」


私は手に持っていた朝から2杯目の紅茶を置いて本を取る母の古い魔導士の歴史に関する本だ。種族戦争は過去にも何度が起きている。テイラー家も戦争の活躍によって名を馳せた1家だった。


「歴史書には魔導士の動向しか書いていないわ。吸血鬼の動きに変化が無かったのか相手の動向に興味が無かったのかわからなきけれど」

「吸血鬼側の資料を集める必要がありますね」


うーんと頭を抱える。吸血鬼は天上界という全く違う世界に住んでいるから地上で吸血鬼の文献をあつめるのは簡単ではない。おまけに吸血鬼と関わりを持ってはいけない身だ。このままでは先に戦争が始まってしまう。


「やはり人と関わりを持つのが1番ではないでしょうか。それこそなにか商売をして情報を集めるのが1番望みのある手段かと」

「料理屋でも開くのかしら…?商売になる事なんてそれしかないわよ」


それをきくとヘレナはすこし嬉しそうな顔をする。頬を赤らめながら口の端の吊り上がりを抑えて話をつづける。


「い、いや私の腕なんてまだまだですよ。それに料理屋ではろくに話も聞けないでしょう」

「それもそうね…どうしようかしら」


私は本棚に手に持っていた歴史書をなおすと、ぎっしりと詰まった表紙をひとつひとつなぞって行く。ほとんどが魔術書であった。


「魔法……そうだわ!街の人達の悩みを魔法で解決するのはどう?」

「便利屋…といったところですか?」

「えぇ。もちろん魔法を使う時は席を外して貰えば一瞬でかたが着くこともよくあるわ!例えば探し物とか降りられなくなった猫の救助とか」


魔法とは便利なものも多いが、それを習得するのには相当な才能と魔力と労力と知識がいる。しかしそこは腐っても名門家。資料もあるし小さい頃から便利な日常魔法はしっかりと練習している。おそらく大体のことは多少のフットワークと魔法でなんとかなるだろう。


「まぁ情報を集めるのとしては信頼も得られますし、会話も弾みますからいいでしょう。問題はあまりにも解決出来すぎると目立つということですが…」

「それは追追考えればいいわ。少なくとも地上の情報網が少ない吸血鬼に目をつけられることはそうそうないでしょう。あとは魔導士の目だけれど便利屋くらいなら星の数ほどいるからおそらくそんなに目は付けられないはずよ。勿論私ほど魔法を使える人はそんなに居ないからあまりになんでも魔法でこなすのは考えものだけれどね」


彼女は何かとリスクを考えているようだったが、遂には首を縦に振った。私たちの馴染みの街は小さな田舎町ということもあり、戦争間際の両勢力はそんな小さなものに目を向ける余裕はないだろうと言うことで承諾した。ただし見つかればヘレナは問答無用で殺されるし、私は吸血鬼に見つかれば危険因子として連れていかれ、政府や上層部の魔導士にみつかれば戦争の戦力にされることは目に見えている。リスクは伴うがそれは戦争が始まってしまえば隠れていてもおなじだ。


「ならば全力でサポート致しましょう。土地や人脈等はおまかせを。すでに悪徳行商人を追い払った旨である程度名は立っています」

「本当は立てちゃダメなんだけれど今回ばかりは感謝するわ」

「これで悪徳行商人の始末は便利屋の表仕事として出来ますよ」


ヘレナは嬉しそうに笑いながらそう言い放った。吸血鬼は戦闘狂が多いとは聞くが普段冷静なメイド様がここまで喧嘩事を楽しむのだから本当なのだろう。少し先が思いやられる。どうか平和な依頼ばかりならいいのだけれど。


「店の名前、どうしますか?」

「え、今決めるの?まだなにも出来ていないわよ」

「こういうのは早く決めておく方が楽しいんですよ。リリアの好きな名前でいいですよ」


私は部屋を見渡す。リビングは本棚とソファ、机以外のものはほとんど置かれておらず、なにも湧いてくるものがなかった。しばらくの沈黙が流れる。考え込む私をよそ目に彼女は3杯目の紅茶を入れてきて啜っていた。


「さすがにもう暑くない?朝はいいけれどもうそろそろ真昼よ」


部屋の中は空調が整備されているもののソファと足との間にじっとりとしたものを感じる。窓の外はアマリリスの影がほとんどみえなくなっていた。


「あまりりす、でいいんじゃないかしら」

「可愛らしくていいと思いますよ。是非店先に私の花を飾りましょう」


自分の育てた花から命名して貰ったからか、意外そうに、でも嬉しそうに紅茶を啜る。


「アマリリスの花言葉は誇り、輝き、それから…」

「おしゃべり、ですね」


ふふっ、と私たちは一緒に笑い出す。


「情報集めが目的の店としてはピッタリの名前ではないですか!」

「えぇ、それこそ遠方の魔導士と関わりのある行商人なんかがおしゃべりしてくれればそんなに嬉しいことはないわ!」


しばらく私たちは笑いながら庭のアマリリスを眺めている。弱々しい風にかすかに揺れる花たちは重なり合って本当におしゃべりしているようだった。


「じゃあ、花壇の様子を見に行ったら街に行きましょう」

「えぇ、頑張っていい場所を見つけましょう。アマリリスの花が枯れる前に」

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