第4話 小さな刺客

目が覚めると横にはまだぐっすりと眠っているヘレナの姿があった。時計は午前4時を指している。彼女が起きるのは大体5時ぐらいだったからまだ寝ていてもおかしくない。随分久しぶりな気がする彼女の寝顔はとても幸せそうで、普段の優しいけれどクールな表情とはまた違い、少し嬉しくなる。頭を撫でると不思議な感情に襲われる。来たばかりの頃は違う部屋で寝ていたのだが、両親を失ったばかりで不安だった彼女の最初のわがままが一緒に寝て欲しいというものだった。私も誰もいなくなって久しく誰かと共にすることは無かったので喜んで受け入れた。そのうちそれが当たり前になり、安心するようになった。彼女はいつも私を起こさないようにそっと起きて、家事をしてくれているのだな、と思うと今日こそは一緒に起きたい気持ちに駆られる。


「ん………あれ、起きていたんですかリリア。どうかしたのですか?」

「いいえ、たまたま目が覚めただけよ。起こしてしまったかしら?」


彼女は眠そうな目で小さく首を横に振るしぐさをする。こんな彼女をみるのは新鮮だった。なんだかとても可愛らしくて頭に置いていた手でもう一度撫でる。


「な、なんですか。なんだか…変な…悔しい気持ちになります」


その言葉に反して顔は嬉しそうに眠そうなとろんとした顔を綻ばせていた。


「私の方が余裕があることが?」

「私の立場をリリアに取られたことが…」


言葉の意味がよく分からずにしばらくじっと見つめていると、しまったという顔をした。


「い、いえなんでも……」

「あ、え、もしかして私が寝ている時に…」


彼女は布団を頭まで被るとそのままくるりとそっぽを向いてしまった。


「ま、まだ寝ます!おやすみなさい!」


私は黙ってもう一度彼女の頭を優しく撫でた。滑らかな髪が静かに指を伝う。深めの青緑の色が僅かに差し込む日の出の光を反射して、輝いているように見えた。


「ふふ、おやすみなさい」


私も手を布団の中に戻してもう一度目をつぶることにした。



「おはようございます。二度寝は大成功みたいですよ」


声をかけられ目を覚ますと、彼女はまだ寝巻きと乱れた髪、眠そうな目のままだった。時計は午前11時。なるほど。確かに大成功だ。


「あれから7時間も眠っていたの………」

「私もこんなに寝たのははじめてです…やらかしてしまいました…早急に洗濯と朝食の支度をするのでしばしお待ちを」


ヘレナはそう言い残すとせっせと部屋を出ていってしまった。取り残された私はカーテンを開けて窓の外を眺める。もう高く昇った日はいつもと同じように暖かい。かすかに見えるアマリリスが風にゆらゆらと揺られていた。



「まぁ、こんなものも作れるのね」


ホットサンドメーカーを使って作ったフルーツを挟んだサンドイッチが皿に綺麗に並べられていた。


「とても便利です。てっきりワッフルだけかと思ったのですが付属のサンドイッチ用のプレートも入っていて挟むだけでこんなことも出来るようですね」


たった数十分で手際よく朝ごはんを作り、これから洗濯と掃除をするのだという。


「ヘレナは一緒に食べないの?」

「私は家事が優先なので。そもそも吸血鬼に血液以外の食事は必要はありませんから大丈夫ですよ」


そう言い残してばたばたとかけて食堂から出ていく。吸血鬼は光に弱いので基本早起きで朝活発に動く。最も私と同じ生活リズムに慣れたヘレナは昼でもそこまで動きが鈍ることはないし、光も日常生活を送るには差し障りのない程度だ。そもそも吸血鬼自体も物語の中のような光に当たると死んでしまうような脆いものではなく、単に人と生活リズムが逆であると言うだけらしい。つまり人が闇夜で上手く物が見えなかったり暗闇を怖がったりするのと似たような心理と原理だそう。


「この苺は昨日街で貰ってきたものね」


フルーツサンドのなかの苺は昨日便利屋の土地探しに行った時に街の人から貰ったものだ。悪徳行商人を退治したといってもそんなに目立ちはしないと思っていたが大間違いだった。街の人は彼女を見ると英雄を見るような目で歓迎し、話を聞くとすぐに街の不動産屋のような人に話をしに行ってくれた。結果から言うと3時間も経たずに土地を見つけた。しかも街の中心部という超好条件で、かなり立派な建物も既に建っている場所を。元々この街の大地主様のものだったらしいが、どうもこの地主様は悪徳行商人からよく他の街のものを買っていたらしい。しかも金持ちだからとヘレナに売りつけようとした値段よりももっと高く色んなものを吊り上げて売っていたそう。それを暴き退治したヘレナのことを大層気に入ったそうで、電話1本で土地の譲り受けを承諾してくれたらしい。貸してくれるのではなく譲り受けだ。私もヘレナも話についていけないほどにトントン拍子に進んでしまって戸惑っていた。


「明日からもうお店を開くのね…」


実感が湧かなくて何度も何度も店用の荷物の確認をしたり、足りないものは無いかと探したりした。私はほとんど家族以外の人と話したことがない、友達も名門家のよしみでよく連れて行ってもらっていた同じく名門家の令嬢数人くらいだし、それも両親が居なくなってからは連絡をとりあっていない。ヘレナが来てからかなり人と話す感覚は取り戻したが、ヘレナも家族。客と話せるかと言うとよくわからない。ヘレナはというと私よりかはいくらかマシではあるけれど、メイドとしての事務連絡や対応に限るらしく、親しく話そうとするととてもぎこちなくなる。そんな2人なので正直不安も大きい。店の対応は彼女に任せて、私は親しくなる方を担当するべきなんだろうけど…。


「ふぅ、掃除洗濯完了いたしました。洗濯機が止まるまでは私も休憩しますね」

「え、そんなに早いの!?」


私はまだのんびりとサンドイッチを頬張っていた。彼女がでていってから30分も経っているかどうかだろう。ほとんど彼女が家事を終えるまでに起きることがないので、ここまで手際がいい事に気づかなかった。


「吸血鬼は魔法が使えない代わりに身体能力がとても高いので、早く動くことは得意ですよ。それに翼はなくても3階位までならジャンプで行けますし」

「そ、そうだったわね…」


それにしても早い。1年でここまで手馴れるとは…恐ろしい。この世で最も優秀なメイドなんじゃないかしら…


「紅茶を入れるわ。ヘレナは座っていて」

「ふふ、ありがとうございます」


彼女は私の向かいの椅子に腰掛ける。私が入れる様子をじっと笑いながらみつめるので居心地が悪くて笑ってしまいそうになる。私は気にしていないふうに装いながら時々窓の方に目を向けたりしてお湯が湧くのを待っていた。


「はい、茶葉はダージリンでよかったでしょう?」

「えぇ、ありがとうございます。美味しいですね、なかなかのお手前で」


目を細めながらティーカップを小さく啜るので私はついに耐えきれずに笑みを零してしまう。


「別にお湯を入れただけよ。ヘレナと同じようにね」

「私の紅茶よりも温度加減が上手いですよ」

「貴方は暑い方が好きなんでしょ?」

「普段私はリリアに合わせてつくりますからね。リリアの作った紅茶の方が美味しいです」

「私はヘレナの方が、ね」


ふふ、と2人で笑いながら私ももう一杯紅茶を入れる。舌に感じる刺激が優しく暖かく感じた。


洗濯物が概ね干し終わると私たちは荷物を持って店に行き、何度も転移魔法で店と家を行き来する。今回ばかりは特例で転移魔法を沢山使った。久しぶりに高度な魔法を乱発するのでかなり身体に堪えたが、まぁいい訓練だと思うことにした。


「とりあえずこれで一通り終わりましたね」


最後の荷物の入った箱を床に置くころにはもう昼も過ぎていた。転移魔法があるからまだマシではあるけれど。


「荷物の配置も大体終わりましたよ」


私は転移魔法で荷物を運び、運んだものをヘレナが残って整理してくれていた。私が運び終わる頃には手際のいい彼女は店に小物や花を陳列し終わっていて、それらしくなっていた。


「まぁ、可愛い!やっぱりヘレナのセンスはとっても素敵だわ!」

「小物選びはリリアがしてくれましたから、リリアのお陰でもあるんですよ」


店先にはアンティーク調の古めかしい小物、中の部屋には座り心地の良いソファなどが揃っている。印象からしてもなかなか良いものだろう。


「開店の呼び込みでもしてこようかしら?」

「いいえ、その必要はないようですよ」


彼女が顔を向ける先には小さな女の子がちょこんと座っていた。


「先程訪ねにいらっしゃったのでリリアが帰ってくるまで待ってもらっていたんです」

「まぁそうだったの。お待たせさせてしまって悪いわね。貴方お名前はなんて言うのかしら?」

「私はリズ。おねえちゃん、お願いがあるの」


リズちゃんは耳打ちしようと手を口元に当てる。私は耳を近づけようとすると僅かに異質な金属音を感じて咄嗟に距離をとり、リズちゃんに防音魔法を貼る。目を開けるとそこには泣いたような笑ったような顔のリズちゃんと首元に果物ナイフを突きつけるヘレナの姿があった。


「咄嗟のことなのに私に防音魔法をかけるなんて…やっぱり凄いよ!テイラー家は滅びてなんか居ない、むしろ誰よりも優れた家になるはず!」


彼女は手元から何かを落とす。それは小型の音響弾だった。防音魔法を貼っておいて良かった。周りにも響いていないようだ。


「改めまして、私はローレンヌ家の末娘、リズ・ローレンヌ。覚えている?おねえちゃん」


ローレンヌ家。何度も聞いた名前だった。随分聞くのは久しぶりだが、もちろん忘れるはずもない。


「テイラー家の従属家、ローレンヌ家ね」

「私が生まれた時はお祝いに来てくれたそうだよ。小さい頃からおねえちゃんの話はお父さんからよく聞いていたの。お互い覚えてないだろうけどずっと憧れてたんだ」


見た目は13,14くらいに見える彼女はどこか大人びていた。


「どうしてこんなことを?ローレンヌ家は従属家の中でも最も従順だったはずなんだけれど」

「ごめんなさい。ちゃんと話すからナイフを退けてほしいな。ちょっと怖いよ」


ヘレナはこちらを見る。私が首を縦に振ると彼女はナイフを下ろす。首にはなんの傷もなかった。


「テイラー家が事実上滅亡してから従属家は凄い差別にあっていたんだ。この家も権力を奪われて中流から下流に落とされちゃったの」


魔導士は王政を取っているが、それ以外にも身分がある。私たちテイラー家は王家以外では1番高い身分である上流貴族、ローレンヌ家は中流貴族、その下に下流貴族がいてさらにそこから庶民の中でも上・中・下流に別れていた。基本中流、下流貴族は上流貴族に服従し、利益や昇格を狙う。ローレンヌ家も数百年ほど前は下流だったが、テイラー家の戦争の活躍の恩恵を受け、中流に昇格した家だった。


「他のホワイト家とかの下流貴族は消息不明だし、リズの家ももう限界が近いの。でもね、お父さんはテイラー家の才能を誰よりも間近で見ていた。特におねえちゃんの才能は凄い。吸血鬼ごときに攫われるはずがないって信じてたの。だから探し回ったの。みんな戦争の準備に大忙しだから戦争に出すことが出来ない小さくて弱いリズの仕事だった。でもおねえちゃんに会えることがとっても楽しみだったから良かったんだよ」


リズちゃんは目に涙を貯めながら堪えて続ける。その姿は幼い子だと思えないほどに痛ましさが伝わるものだった。


「でもね、やっと見つけたんだ。本家はもう廃墟だったからこっそりお邪魔したら別荘の場所が書いてあったからいっぱいあったけど全部回ったよ。嬉しかったよ。だからお父さんに全部話したの。おねえちゃんが元気に生きていて、ナイフのおねえさんと仲良く暮らしてるって。おねえさんが吸血鬼な事は知ってるよ。でも凄く優しいし頼れるひとだったから安心したんだ。でもね、お父さんはよろこんでくれなかったの。従属家はこんなに苦しんでるのに本家は吸血鬼と楽しく生きているなんて許さないって。だから私に言ったの」


その言葉の後に上手く続けられなくて濁す。瞳から大粒の涙が溢れ出る。すかさずヘレナがハンカチを差し出すと、震える手でう受け取ってしばらく落ち着くまで動かなかった。


「魔術書を奪ってローレンヌ家を復興させる。お前は、リリア・テイラーを殺せ、そう言ったの」

「それで魔法では絶対に勝てないリリアと吸血鬼の私の動きを止めるために音響弾を使用した、と」


ヘレナは手の中の使い終わった音響弾を分解していた。恐らく音響弾としての目的以外の何かが仕込まれていないかを調べているのだろう。


「でもおねえちゃんはリズの、お父さんの考えているよりももっと凄かった。リズなんかに殺すことは絶対できないよ」


魔法は基本的に使用者にかけるもの。自身から魔力を出すため、自分に使うのが最も簡単だからだ。他人に使うとなるとより強い魔力と操作技術、そして魔力を飛ばす速さも必要なので、咄嗟に使うのはとても難しと言っていい。もっとも、どれくらい難しいのかはよく分からない。あまり他人と比べたことは無いが、反応から見るに相当難しいようだ。


「リズちゃんはこれからどうするの?」

「失敗したってお父さんに言ったらどうなるんだろう。テイラー家が滅びてからお父さんはおかしくなっちゃったからわかんないよ。どうすればいいかもわかんない」


リズちゃんはまた泣き出す。幼い彼女にはあまりにも大きすぎるものを背負っている。おまけに拠り所もないようだった。


「マリーお姉ちゃんもリズのこと守ってくれけど、いまはそんな余裕なんてないし」

「マリーちゃんは戦争にでるのね…」


マリーは私の2つ上だから、昔はよく遊んだ。記憶の中の彼女はとても優しく面倒見の良い美しい少女だった。


「うん。じゃないとローレンヌ家は本当に滅びちゃう。リズはそんな中、何も出来ない」

「お父さんに別荘の場所は伝えてあるの?」


彼女は静かに首を横に振る。殺す命令をしたのに父親はなにも知ろうとしなかったようだ。


「テイラー家の話は聞きたくないって。だからお家のことはリズしか知らないよ」

「もし良ければしばらく家に居るのはどう?」

「なっリリア!本意では無いとはいえ殺そうとしたんですよ!いくら何でも危険すぎます」


リズちゃんは静かにこちらを見つめている。その瞳には無邪気さはまるで見当たらなかった、悟ったような目をしていた。


「おねえさんの言う通りだよ。リズにおねえちゃんと一緒にいる資格はない。でもお父さんの所に帰ってもきっとまたおねえちゃんを殺せって言い続けると思う。最近その話しかしないもん。だから、リズはマリーお姉ちゃんにお手紙を書いてどこかに逃げようと思うんだ。マリーお姉ちゃんならお父さんから上手く目を逸らしてくれるはず。リズはね、こんなことひとつもしたくないんだ…リズはね、笑ってるお父さんと笑ってるマリーお姉ちゃんが好きなの。ずっとぴりぴりしてて、殺すことだけを考えている家族の姿なんて見たくないの…ましてリズが誰かを殺すなんて…本当はしたくないの…」

「でも現に貴方はリリアを殺そうとした」

「ちょっとヘレナ!」


ヘレナは冷たく投げ返す。けれどその顔は決して意地悪で言った訳では無いことを表していた。


「殺せばお父さんは褒めて笑ってくれるかと思ったけど、リズもおかしかったんだよ。そんなことして笑ってくれてもなんの意味もないし、こんなに優しくて凄いおねえちゃんが殺されていいわけが無い。本当に殺そうとしてはじめて、マリーお姉ちゃんが苦しそうな顔をしている理由がわかったよ。みんなみんな殺したくなんかないんだよ。お父さんもおかしくなっちゃったけど、戦争がなかったら笑ってくれたかも知れない。リズは戦争なんか嫌だ。殺すのなんか嫌だ。でも弱いリズじゃどうにもできない。だから…どこかに逃げて、お勉強して、戦争が始まったら傷ついた人たちを助けるお医者さんになりたい…いっぱいいっぱい治して、戦争は良くないって少しずつわかってもらって、いつか平和な世界を作るんだ…」


リズちゃんは悲しげに微笑む。私は胸が痛くて仕方なかった。今まで1人でもなんの不自由もしてこなかった、そして今はそばに居てくれる大切な人がいて、毎日ほとんど辛い事もなく生きていけるのは私がとても恵まれていたからだと、両親が私にそんな環境を作ってくれたからだと沁みるように感じた。私よりも何歳も小さい子がこんなに辛い気持ちを抱えて、夢を抱いていることがとてもショックだった。


「リズちゃん。私はリズちゃんのお手伝いをしたい。私は確かに平和に生きてきたし、リズちゃんの苦しみなんて分からないような世界だった。でも、だからこそ、助けたい。リズちゃんが戦争の苦しさを教えるなら、私は平和の素晴らしさを教えたい。一緒に色んな人を助けて、幸せな世界を作りたい。ヘレナはね、吸血鬼だけど魔導士ともなんの隔たりもなく生きている。たしかに血は必要だけど、私だけでも彼女1人を支えるのならなんの問題もないくらいしか必要じゃないの。きっと皆分かり合えるはずなの」


ヘレナは泣きそうな顔をしている。きっと彼女も彼女で魔導士の私と一緒に居ることに後ろめたさを感じていたのだろう。


「平和な世界が訪れたら、皆にヘレナを紹介するんだ。お父さんにもお母さんにも。私の素敵な家族だって。それが私の夢。リズちゃん。どうか私の夢のお手伝いをして欲しいの」


私は頭を深く下げる。2人の顔は見えないが、僅かな静寂の中にリズちゃんのすすり泣く声が聞こえてくる。


「おねえちゃんと一緒に夢をめざせるのならそれほど嬉しいことは無いよ。でも、リズがいても本当にいいの…?」


私はヘレナを見る。ヘレナは小さく笑った。


「疑ってごめんなさい。リリアがあなたを迎えるというのなら、私は精一杯あなたをもてなしましょう。大きな屋敷ですから、あなたの場所は十分にありますよ」

「リズちゃん、これからよろしくね」


リズちゃんはさっきよりももっと大きな声を上げて泣く。でもその顔は見違えるほどに晴れ晴れとしたものだった。


「ありがとう……ありがとう……いきなり来て殺すような酷いリズを受け入れてくれて……ありがとう…おねえちゃん達は凄く優しい…リズもおねえちゃん達みたいに強くて優しい女の子になるから……頑張ってお勉強して凄いお医者さんになるから………どうか、どうか、よろしくお願いします……!」


外では虫が涼やかな音色を奏でていた。赤色に染まる店内は寂しくも温かい、不思議な色を纏っていた。



「おねえちゃんパスパス!」

「それ!届け!」

「吸血鬼の身体能力、舐めてもらっては困ります!」


夜8時。何をやっているかというと枕投げだ。もちろんヘレナはハンデなしじゃ圧勝なので私とリズちゃんのペアで、ヘレナは腕を使わないというハンデ付きだった。でもヘレナの圧勝、パスは全て弾かれて当てられるという惨敗ぶりだった。


「すごいよヘレナさん!吸血鬼ってこんなに早かったんだね!」

「ふふ、お褒めに預かり光栄です。でもあくまで身体能力での話ですけどね。リリアに魔法を使われたらどうなることかわかりません」

「あら、じゃあやってみるかしら?負けっぱなしじゃ私もおねえちゃんとしてのメンツが立たないんだけれど」


私はそうだそうだー!というリズちゃんの歓声をバックに戦闘の構えをする。


「私がリリアに負けるのもメイドとしてのメンツが立ちません。全力で迎え撃たせてもらいましょう」


ヘレナも本気を出すようだ。雰囲気が一変する。目が獣のような、でもとても魅了されそうな程美しく、妖しくキラリと光る。


「いざ、覚悟!」


と放たれた枕が私を通り抜けて壁に激突すると、壁は大きな凹みを作る。皆その場に固まりぽかんと口を開けるしかなかった。


「あ、や、やってしまいました!」


ぺろり、と舌を出して誤魔化すので、私は脱力して崩れ落ちる。


「あぁぁぁ……この館に修理業者なんて呼べないのにどうするのよぉぉぉ………」

「つ、作ればいいのよ!リズ、お手伝いするよ!」

「そうですよお嬢様!壁を作るのもお嬢様のお勤めです!」


ヘレナは自分が何かやらかすと、恥ずかしいのかよくふざける。うん、ムカつくな。


「あぁ!もういいわ!便利屋の開店は明後日から!明日は壁修理よ!2人ともいいわね!」

「いえっさーー!」


そういう訳で騒がしい一日は終わり、リズちゃんは空いていた部屋にお母さんのベットを運んでそこを部屋にすることにした。おやすみ、と言うとリズちゃんはほっぺにひとつキスをして部屋に戻っていった。


「そういう愛情表現もあるのですか…」


ちょっと悔しそうにむぅむぅ唸っているヘレナはなかなか寝ない。


「小さい子特有でしょう。普通にやる物じゃないわよ。ところで、枕がたりないのだけれど」

「ふふ、私が腕枕しますよ?」

「どうして私が枕なし前提なのかしら…?」


でも腕を差し出されると素直に頭に敷く。こんな感覚は久しぶりのような初めてのような変な、でも安心する心地だった。


「腕痛くない?」

「全く」


そのまま彼女は私に抱きつく。私はその腕をぎゅっと握った。彼女も色々不安を抱えながら、私に悟られるまいと隠していたのだろう。


「ありがとうね、大好きよ、ヘレナ」

「私もです。大好きです、リリア」


気づけば深い眠りの底に落ちていた。どんな夢を見たかも思い出せないほどに深い深い眠りだったが、この気持ちすら夢かと思ってしまうほどに、幸せで柔らかな温もりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る