計量記念日
~ 五月二十日(木) 計量記念日 ~
※
一部が欠けて足りていない、
不完全なもの。
校内一のイケメンだからって。
日本中に名の知れたスポーツマンだからって。
彼女持ちだからって。
頭カチンだからって。
所詮、思春期男子高校生。
「……体育館の裏側、壁がぼろくなって穴が開いてるとこがある」
そんなセリフを吐いたのは。
極めて正常なことだ。
そしてもちろん。
健全な俺たちとしては。
甲斐の言葉を聞くなり立ち上がる。
腕に正義の盾をかざし。
心に不屈の信念を宿し。
今も、三年生女子の身体検査が行われているであろう体育館へ向けて。
そのふらちな穴を三十二の眼球で塞ぐべく。
ただ正義のために。
我先に体育館裏へと殺到した。
だが。
聞き給え調和の使徒よ。
我ら結社の鋼の裁定者よ。
ここに一人。
神をも恐れぬユダが現れたのだ。
「てめえパラガス! 抜け駆けすんじゃねえ!」
「いてえ! ガチのまきびし投げやがった!」
「誰か裏切り者のあいつを殺せ!」
「我ら童貞紳士同盟! 抜け駆けする者は地の果てまでも追うぞ!」
「しらね~よ~! おっさき~!」
誰にも気取られぬよう、静かな罵声を浴びせつつ。
エデンの園へ殺到する十六人。
その先陣を切るパラガスが。
勢いよく、壁に両手をついたその瞬間。
べきべきっ!
どしーーーーーん!!!!!
……耳に届くは天をも穿つ叫び声。
それに交じって。
「ここは天国だ~~~~~~~~!!!」
ユダの断末魔が。
逃げる俺たちの後ろ髪を。
最後の最後まで引き続けたのだった。
~´∀`~´∀`~´∀`~
「あ、あっは……。ほ、保坂ちゃん?」
「なんだよ王子くん」
職員室でバカンスを楽しんだパラガスが戻って来た五時間目の授業を経て。
現在、六時間目が終わったところ。
昼からの土砂降りに加えてテスト前ってことで。
今日は練習せずに帰ろうと二人三脚メンバーみんなで決めていたはずだが。
そんなメンバーのひとり、王子くんが。
鞄を手にした俺を引き留める。
「あの、さ。教室の後ろに……」
「ああ。季節外れの雪だるまが転がってるな」
ロープ、釣り糸、くさり、ガムテープ、包帯、津軽半島。
おおよそしばれる全てのものでぐるぐる巻きにされた裏切り者が。
当然の報いを受けて、今や物言わぬ真っ白な雪だるまから顔だけ出して泡を吹いていた。
「えっと……。だ、大丈夫?」
「なにが?」
「パラガス、顔が緑色になってる」
「合ってるじゃん」
「え?」
「え?」
なに言ってるのさ王子くん。
パラガスが緑色なのは当たり前だろ?
「あ、うん。なんか、あの、気にならない?」
「ああそういやそうだったな」
「そうそう! それ! 早いとこ助け出さないと……」
「雪だるまなのに緑だけって。赤はどうした」
「そこじゃないんじゃないかな~!!」
童貞紳士同盟の掟はダイヤモンドよりも硬い。
抜け駆けするような不埒者には相応の罰を。
困り顔の王子くんを放っておいて。
俺は、いつものお隣りさんへ帰ろうぜと声をかけようとしたんだが。
「……なぜお前まで困り顔」
「やっぱり……」
「ん?」
「やっぱり、重くなってた…………」
「おうのう」
健康診断後は。
憂鬱な顔をするのが女子の当たり前とは言え。
今日は、陽キャを目指すと決めていたのに。
陰気そのものといった表情のこいつ。
「もう、ご飯を一食抜いて……。ずっと運動して……」
「ちゃんと食え。あと勉強しろこの野郎」
俺の指摘も馬耳東風。
盛大なため息を吐いて、机にあごを乗せると。
その鼻先三センチ。
前の席からも、同時に。
秋乃の机にあごを乗せるやつがいた。
「はあ……」
「なんだよ、どいつもこいつも陰キャだな」
いつもは元気が服着て歩いてるようなきけ子のため息。
身長が増えてねえことにでもへこんでるんだろうか。
でも、そんな仲良しさんの姿が秋乃の背中を押したようだ。
こいつはわたわた鞄に手を突っ込んで。
きけ子の機嫌を直そうとし始めた。
「げ、元気出してこ! あたし、今日は陽キャ!」
「うん……」
「笑わせちゃうぞ? なに出そうかな~! センスのいいもの、何かないかな~!」
「はあ……」
「はい! 扇子!」
「切れがねえな」
いつもの秋乃らしくねえな。
俺すら笑わねえネタじゃ、きけ子の機嫌は直らんぞ?
「じゃあ、全然違うもの出しちゃうぞ!」
「うん……」
「はい! さっきのと全然違うピンクの羽根扇子!」
「今日はどうした?」
「はあ……」
「こっちのセンスは、なんと鉄製だー! ……何に使うんだろ?」
「はあ……」
やれやれ。
お前のセンスは天気に比例するのか?
どうにもダメな陽キャが涙目で見上げて来るが。
俺も、今日はネタ出しつくしちまってるんだよな。
「そうだな。だったらまともな方法で解決するか」
「ど、どうするの……?」
「説得」
仲良しさん思いのこいつにゃ効くだろう。
俺はきけ子の頭を鞄で軽く突きつつ。
「体重増えてへこんでるのに陽気に振る舞う秋乃に痩せたとか。悪いとは思わんのか」
「ぐはっ!」
「うん……。でもさ……」
胸を押さえて苦しんでるお前にゃ悪いが。
きけ子がこのまんまの方が嫌だろ?
「も、もまれ強くなった話題は避けて……」
「いや、場合によっちゃまた馬体重の話だすぞ?」
「鬼調教師……」
「根本解決しなきゃならんだろ。何があったんだよ」
鞄でぐりぐり頭を揺すると。
きけ子はあごを机に乗せたまま。
ようやく、もごもごと。
落ち込んでるわけを話してくれた。
「……痩せたの」
「ぐはっ!」
「容赦ねえなお前」
二方向からの攻撃に耐え切れず。
よろけて椅子から転げ落ちた秋乃を、王子くんが苦笑いで助け起こしてるけど。
「こら夏木。そこはさ、仲良しなら察してやるとこだろがよ」
「でも……」
「しくしくしく……」
「ほら、秋乃が泣いちゃってるだろ。ちゃんと握手して。はい、ごめんなさい」
まるで幼稚園の先生。
俺は秋乃を強引に立たせて。
二人の手を無理やり握らせた。
でも。
きけ子は呆然としたまま。
「……ごめん」
ぼそっと呟くもんだから。
なんとか陽キャ魂を奮い起こした秋乃がフォローする。
「よ、よかったじゃない! あたしはいいの! でも、裏切られたなー! 夏木さん、いいなー、痩せて!」
「……うん。痩せたよ?」
そして、きけ子は虚ろな瞳で。
秋乃の目じゃなく。
呆然と正面を見つめながら。
最後に。
ぽつりとつぶやいた。
「…………胸から、ね」
「うはははははははははははは!!!」
いや、笑っちゃいけねえの分かるけどさ!
秋乃がすっげえ膨れるの分かるけどさ!
こいつの目、さっきからずっとそこ見てたのかよ!
そりゃ笑うだろがよ!!!
むりむり、許してくれ。
両手を突き出してやめてくれポーズをしながらも。
笑いをやめない俺。
その頭に。
秋乃による正義の鉄槌。
扇子で、ポンと叩かれたんだが……。
「ぐはあ!」
「……あ。こうやって使うんだ」
こら、秋乃。
なぜ鉄扇セレクトしたし。
俺はふらふらと雪だるまにもたれかかりながら。
ずるっと倒れ込み。
そして、薄れゆく意識の中で。
こんな言葉を耳にした。
「あ。赤」
うん。
緑に赤でデコレーションされてるんだな、雪だるま。
これで完璧。
メリークリスマス。
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