ごいしの日


 ~ 五月十四日(金) ごいしの日 ~

 ※相碁井目あいごせいもく

  人にはおのずと力の差がある




「が……、がんばって」

「はあ」


 俺が二人三脚競争で一位になれなかったら友達をやめないといけない。

 そんな下らん口約束を四角四面にとらえるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「これ食べて、ファイトでアタック」

「はあ」


 珍しく、昼めしは任せておけとかいうから。

 てっきり、春姫ちゃんを巻き込んで。

 二人分の弁当を作らせたものと思っていたら。


「あ、あたしが作ってみた、頑張れ頑張れ弁当……、よ?」

「頑張れ頑張れ弁当」


 すいません。


 女子の手作り弁当という奇跡を目の当たりにして。


 さっきまで浮かれて期待してたりして本当にすいません。


 秋乃が気合を入れたと息巻く三段重ね。

 そんなお重を抱えて、みんなで向かった昼休みの練習場。


 ピクニックシート広げて。

 紙皿とプラのフォーク配って。


 みんなでつつこうとフタを開いた瞬間。



 おなか一杯。



「きゃはははははは!」

「ぎゃはははははは!」


 いやはや。

 まったく。


「お、お重の中身はね? 一段につき奇数の料理を入れるの」

「まあな」


 ちゃんと勉強してるじゃねえか。

 感心したぜ。


 確かに奇数だよな。



 1。



「三段目のは、ギリ取り皿に乗せていいかもしれんが。二段目のは手掴みじゃいかんのか?」

「お、お行儀悪い……」


 行儀が悪いと言われては仕方ない。

 俺はそれ以上文句を言わず。


 二の重一杯に詰まったコロネをプラのフォークでさして皿に運んだ後。

 三の重を埋め尽くす白米を一口分だけよそってみた。


 ……そんな炭水化物満載の重箱を見て。

 きけ子と甲斐。

 それに王子くんと佐倉さんは爆笑してるが。


 当の本人だけは。

 なにを笑われているのか分かっていないご様子。


 やれやれ。

 これは、保護者の責任か。


 俺は、自分の中で株価がストップ安になった秋乃に。

 ひとまず、一番の間違いを伝えてみることにした。


「……フォーク」

「お、お弁当にはフォークって、春姫が言ってたから……」

「春姫ちゃんほどの一流投手をファーストで使うな」


 アドバイス貰うとこ間違っとる。


「お母様からも教わった……。お重は、一の重は縁起物をいれて、二の重には焼き物、三の重に煮物……」

「相変わらず、妙なことには詳しい人だな」

「これくらい知らないと村から追放されるって」

「なるほど。じゃあ、秋乃を村から追い出しとかねえと」

「なんで?」

「まるで間違ってるじゃねえか」


 俺の言葉に、驚いた様子も見せねえけど。


 わざとなのか何なのか。

 まるで分らん。


「三の重。どこに煮物が入ってるってんだ」

「だっていつもどおり、土鍋で煮た……」

「なんだろうねぇお前の日本語は」

「合ってる……、はず」

「さらにお前は、二の重につまったこれを焼き物とおっしゃる」

「逆に、これが焼き物ではないとおっしゃる?」


 焼いたのはお前じゃねえし。

 詰め替えただけじゃねえか、コロネ。

 これじゃ焼き物と言うより。


 無精者。


 なあみんな。

 のんきに笑ってるけどさ。


 これを貰って頑張らなきゃいけない俺の身にもなってくれよ。


「……で? 一の重に入るのが?」

「縁起物……。例えばコンブは、ヨロコンブ。タイは、めでタイ」

「そうだな、そういうのが入ってたら理解できるんだよ」

「これは、理解できない?」

「人類がこれを理解出来たら、富岳いらねえ」


 秋乃が、重箱を差し出しながら。

 どうぞと一言添えるもの。


 照りのある白と黒。

 どんな子供だって、喜んで口に入れるそれは。



 碁石。



 もはや食べ物でもないのに。

 この笑顔。


「すいません。散々考えてみたけど分かりません」


 嫌がらせなのか。

 バカにされているのか。


 秋乃がこいつを持ってきた意味を頑張って考えてみたけど。

 お手上げです。


「え、縁起物……」

「そのパターンも散々考えました」

「碁石って、白い方がちょっと小さい……」

「それがどうした」

「白を負かしてちっちゃくさせるぞ。頑張れ黒組」

「そうかなるほど。溢れんばかりのチーム愛」

「でしょ?」

「俺たちは赤組だぁ」


 生み出すなよ謎の第三勢力。

 そして赤く塗り始めるなよ碁石。


 どうにも、自分探しを始めてから。

 日がな一日、おかしなことをしでかす秋乃だが。


 たった一つ、みんなのために頑張ろうって気持ちだけは。


 本物だって伝わって来る。


「夏木は果報者だな。お前の熱烈な愛に応えようと、こいつはこいつなりに精いっぱい頑張ってる」

「当然よ! なんたって、舞浜ちゃんとあたしは相性バッチリなんだから!」

「うん……。相性バッチリ……」

「だから考えることも一緒!」

「一緒」

「今から練習しよ!」

「ひい」


 全然一緒じゃねえ。


 半べそかいてる秋乃の足元にうずくまって。

 足首をタオルで結ぶきけ子。


 でも、結び終わったよときけ子が顔をあげた瞬間。

 こいつは一緒に優しく微笑む。


「なんという二面性……」

「信じ切ってるキッカが不憫可愛いな」

「しかし、性格は真逆だと思うけど、走ることについちゃ似たようなスペックだよな」

「そう思うんだが、それにしても転んでばっかりだよな」


 佐倉さんと王子くんのペアは、ここまで転んだりしない。


 一体何が原因なのか。

 改めて二人の立ち姿を眺めてみたら…………。



「「あ」」



「…………なによ?」

「いやいやいやいや!」


 なんで誰も気が付かなかったんだ!?

 秋乃は、女子でもかなり背が高い方。


 対するきけ子は。

 二つに畳んで持ち運べるコンパクト設計。


「ちょっと待て! やっぱお前ら相性悪い!」

「失礼ね」

「ほんとだ。具体的に言えば、足の長さが壊滅的に違う」

「ちょっと優太!!! スタイルディスとか信じらんないんですけど!?」


 いやこれはスタイルがどうとかいう問題じゃねえ。


 秋乃はお前の肩に手を回してるけど。

 お前、秋乃の腰に手ぇ回してるじゃねえか。


 しかも、秋乃ってば。

 きけ子がこっちに噛みついてるのをいいことに。


 実はそうなのですって言わんばかりに。

 へらへらした顔で何度も頷いてる。


 ……お前、たまに悪魔みたいなことするよな。


「後ろ見ろ夏木。秋乃もへらへら笑いながら同意してる」

「え?」


 そしてきけ子が振り返るのに合わせて。

 秋乃はきりっと真面目顔。


「……この国会みたいな顔のどこがへらへらしてるってのよ!」


 再びきけ子がこっちに噛みつくと。

 秋乃はへろっと真夏のアイス。


「後ろ後ろ」

「え?」


 キリッ スチャッ


「このザーマス眼鏡のどこが……」


 へろっ だらーん


「今はバカンス中のナマケモノみたいになってるぞ?」

「え?」


 さささっ スチャッ

 七三わけの市役所員。


「ウソつかないでよね!」


 のぺー だらーん

 陸に打ち上げられたクラゲ。


「失礼しちゃうわよね! 舞浜ちゃん!」


 くわっ うん

 阿吽像


「保坂ちゃん、ちゃんと謝りなさいよ!」


 へにゅん むにゅー

 ひょっとこ面


「へっくち!」


 ふぁさっ きりっ

 スチュワーデス


「舞浜ちゃんからもなんとか言って……」


 どんどん ぱふー

 くいだおれ人形


「……あ」

「まーいーはーまーちゃーーーーん!!!」

「うはははははははははははは!!!」



 かくして、悪事がバレた秋乃は。

 さんざんきけ子に叱られて。


 今日の特訓は。

 いつもより五割増しでしごかれましたとさ。


 めでたしめでたし。



「必死にやるって言ったじゃない!!!」

「ご、ごめんなさい……」

「あたしは舞浜ちゃんのこと信じてるんだから! 舞浜ちゃんも、あたしを信じて!」

「はい……。必死にやります……」

「よろしい。……それと、いつまで被ってんの? くいだおれ人形のメガネ」



 ……どうやら。

 お気に召したようだ。


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