竹植うる日


 ~ 五月十三日(木) 竹植うる日 ~

 ※掌中之珠しょうちゅうのたま

  いちばん大事なたからもの




 校庭の一番隅っこ。

 どういう訳やら、凜々花が知ってた練習場。


 なんとなく周辺に比べてへこんだ感がある。

 百メートルの直線コース。


 そこで、今日も無言で黙々と特訓を続けるのは。



 俺一人。



「あたしを信じて! 舞浜ちゃんは全力で走っていいの!」

「わ、分かった……。次こそは完走!」

「てめえはもうちっとまじめにやれ!」

「よーいドンの『ド』で飛び出すイメージね!」

「全力で走って完走、全力で走って完走……」

「こら立哉! きいてんのか!?」


 ああ騒がしい。

 ほんと元気だな、お前ら。


 こっちはもう。

 しゃべる気力すらねえってのに。



 三日間にわたる特訓の成果は。

 スタート地点直近の地面の掘り起こし。


 耕して耕して。

 ここに苗を植えたら、さぞかし元気に根が張ることだろう。


「……こんな特訓がなんになる? 本番じゃ、トラックのカーブもあるし。距離も違うし」


 散々考えてたことが、ついに口から零れると。

 右と左から、耳たぶを引っ張られ。


「「根性ーーーーっ!!!」」

「ステレオで洗脳すんな。ぐったりだっての」


 やっぱり、あんな動画は合成映像だ。

 二人三脚で全力疾走なんてできるわけねえ。


 ウソって証拠は他にもある。

 どこ見渡しても、二人三脚の練習してる奴なんていねえじゃねえか。


 今日は解散とばかりに、甲斐と結んだ足のタオルを外そうとしていると。


 不意に声をかけて来たのは。

 一緒にしごきに堪えて来た、王子くんと佐倉さんだった。


「あっは! じゃあ、今日はこんな特訓、どうだい?」

「体力的にきついからね! こういうときは、感覚のトレーニングよ! うんうん!」


 そんな二人が、楽しそうに持って来たもの。


 青竹二本。


「……なるほど。どこかで見つけちまったんだな?」

「あっは! 正解! 焼却炉の脇でね!」

「こんなの見つけちゃったら、これしか思いつかないでしょ?」


 その通り。


 手ごろな長さ。

 手ごろな太さ。


 こんなの見たら……。


「リンボーダンス?」

「ああ。その間違い方は、なんかわかる」


 天才なくせに。

 とんだ世間知らずで。


 そのくせ、数少ない知識がいちいち微妙に間違ってるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 ここのところずっと結びっぱなしの飴色サラサラストレート髪は。

 頑張る気持ちが描いた青春の一ページ。


 でも、もうちょっと上の方で結わえてはもらえないだろうか。


 つむじの辺りとか。



「おー! やろうやろう! 舞浜ちゃん、息の合ってる所見せるよ!」

「よ、よし来た……」


 王子くんと佐倉さんが。

 地面すれすれに並行に置いた竹を。


 開いて閉じて、開いて閉じて。


 開いたタイミングで足を突っ込んで。

 閉じるタイミングで足を引き抜いて。


 急きょ始まったバンブーダンス大会。


「あっは! ここまでゆっくりだとさすがに簡単か!」

「ここからが本番よ? 覚悟はいい?」

「まっかせとくのよん!」

「が、頑張る……」


 そして始まる本番は。

 もちろん、二人三脚によるバンブーダンス。


 開いた竹に、結んだ足を突っ込んで。


「「いっせーの!」」

「「あいた」」


 ……ただいまの記録。

 ゼロ回。


「まてまてお前ら。普通、いっせーの、せ! で始まるんじゃねえの?」

「あっは! そんなこと無いよ!」

「そうよ。それが証拠に、西野さんとあたし、息ピッタリ」

「少数派が奇跡的に出会っちまっただけだ」


 俺の突っ込みに。

 ブーブー文句を言ってた二人だったが。


「じゃあ。掛け声変える?」

「オッケー。3からカウントダウンしよう」

「オッケーオッケー」


 なんとか代案を思い付いてくれて。

 再び仕切り直し。


「3、2、1!」

「「あいた」」

「…………ゼロでくっ付けるんじゃねえの?」

「うそ!? 今度こそ保坂ちゃんの方が少数派だよ!」

「ほんとよ! それが証拠に、息ピッタリ!」


 ああ、分かった分かった。

 お前らはその調子で。

 息を合わせて良いタイム叩き出してくれ。


「しょうがねえ。俺たちが竹やってやるよ」

「待つのよん! あたしと舞浜ちゃんが竹やるわ!」

「お? いいねえ。いっちょやるか、甲斐」

「しょうがねえなあ。ちゃんと俺の反射神経について来いよ?」


 反射神経?


 さすが甲斐。

 こいつらが、どのタイミングで挟んでくるか推理するって発想がねえ。


 反射神経なんか無くったって。

 考えればわかる。


 ここは、3、2、1の『2』で挟んでくるとこだろ。


「ふっふっふ! 相性最高のあたしたちの手にかかれば優太なんかお茶の子さいさいよ!」

「挟む気満々じゃねえか」

「しゅ、主旨が変わってる……」

「舞浜ちゃん! 息が合ってるとこ見せるわよ!」

「は、はい……」


 不穏な勢いで、がっがっと竹を打ち鳴らす二人がようやく得物を地面に置く。


 そこに足を沈める甲斐と俺。


 おお、こりゃ怖いわ。


 例え俺がバッチリ『2』のタイミングで足をあげたところで。

 こいつが足を踏ん張ってたら、竹から逃げることができない。


「じゃあ行くわよ!」

「いつでも」

「どこでも」

「せーの、3!」


 がっ!


 ひょい


「よ、4!」


 がっ!


「うはははははははははははは!!!」


 3できけ子が閉じて来た時は一瞬焦ったが。

 秋乃がワンテンポ遅れたせいで被害はまぬかれた。


 それにしても。


「増えてどうする! なんだよ4って!」

「な、夏木さんの思考を読んで……」

「そんなややこしいこと考えないのよん! もっとシンプルよあたしは!」

「ご、ごめんなさい……!」

「え? やだ、謝らないでいいのよ? なんでそこまでへこむの?」


 王子くんたちの息の合ってるところを見た後だから。

 きけ子の言葉に打ちのめされちまったようだ。


 ほんの冗談。

 そんな言葉も。


 友達耐性がねえから。

 厳しい非難に聞こえるんだよな。


 基本、卑屈。

 それがぼっち歴十五年の育んだオリジナリティー。


「……なあ。お前ら、理想を押しつけすぎ。別にいいじゃねえか、息が合ってなくても。こんな特訓しなくても」


 秋乃を助けてやりたい。

 そんな一心で口にした言葉。


 でも。


 秋乃は、もっと悲しそうな顔になって。

 俺を見上げてきた。


「……あれ?」


 なんだよお前。

 その方が気楽だろ?


「ちょっと保坂ちゃん、どういう意味!? あたしと秋乃ちゃんは、ちゃんと息合ってるわよ!」

「あ、いや。合ってるとは思えねえんだけど……」


 別にそれでもいいじゃねえか。

 何を怒ってんだお前は。


 スポーツ脳ならスポーツ脳同士。

 甲斐に聞けば、きけ子が怒ってる理由分かるかな?


「こいつ、なんでこんなに怒ってんだ?」

「…………お前も、舞浜見習って必死にやれって言いてえんじゃねえのか」

「必死にやらねえでも。甲斐を引きずってでも一位になれるぞ俺なら」

「てめえ。スポーツ舐めてんのか?」


 おいおい。

 甲斐まで怒り出しちまった。


 そんなに大事か? 一位になること。


「大丈夫だって。もし最初にゴールライン越えなかったら、何でもしてやる」

「……ほんとだな?」

「ほんとほんと」


 どうせ口約束だし。

 こんなの、最後まで覚えてやしねえだろ。


 そんな気軽な感じでついた嘘。

 でも、頭カチンには、これもお気に召さなかったらしい。


「おいキッカ! こいつが一番大切にしてるのってなんだ!?」

「……舞浜ちゃんとの友情?」

「げ」


 しれっときけ子が当てた真実。

 俺は、約束を反故にしようと慌てたが。


「よし! じゃあ、俺と一位になれなかったその時には、舞浜の友達をやめてもらおう!」



 ――俺は。


 秋乃が悲しそうにしてるのを、なんとかしたかっただけなのに。



 どうしてだろう。

 俺の一言がきっかけで。


 こいつのこんな悲しそうな顔。

 初めて見ることになった。



 大丈夫だから、そんな顔すんなって。


 必死にやるから。

 万が一にも負けたりしねえから。



 ……空を覆う雲が、不意に黒さを増して。

 ぽつりとひとつ、涙を落とす。


 空は、道を歩く旅人たち、誰かの心の鏡。


 今の涙は。


 一体。

 だれの物だったんだろう。


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