ラーメンの日
~ 五月十一日(火) ラーメンの日 ~
※
顔がまったく変わってしまう事。
物事が一変すること。
愕然。
呑気な昼休みに。
突然走った稲光。
俺たちは、きけ子のタブレットから寄せてた顔をそれぞれ離して背もたれに身を預ける。
「なんじゃこりゃ?」
「ほんとにこれ、二人三脚か?」
「実は~、足、結んでなかったりして~」
「結んでるわよ。すっ転んでた組、いたでしょ?」
二年前の体育祭の動画。
そこで行われた、目を疑うような光景。
おおよそ、世界のどこで聞いても『呑気』とか『微笑ましい』とか、そんな形容詞が相応しい競技が。
「……これ、ある意味究極のペア競技」
まるで空中ブランコ。
ペアの呼吸がちょっとでも間違えば大惨事。
全力で走って速さを競う。
そんな二人三脚が行われていた。
「噂はホントだったのよん! これ、世界レベル!」
「世界中のどこでもこんな馬鹿げたことやる国は無いな。確かに世界レベルだ」
妙に感心してるけどさ。
甲斐よ。
もっと他に感想あるだろう。
「バカじゃねえの~?」
「…………くそう。よりによってお前に同意されるとは」
「なにが嫌なんだよ~!?」
昨日は、それなり覚悟を決めてたが。
そんな覚悟の遥か上だぜこれ。
俺は頭を抱えながらも。
昼飯の準備に取り掛かる。
ああ、せめて。
パートナーが、勝ち負け度外視の適当な奴になりますように。
「そうだ。立哉のパートナー、俺になったから」
「あたまカチンの熱血バカとかよふざけんな!」
「お前がふざけんなだこの野郎」
ああもう絶望的。
せめてもの救いは。
地獄の特訓の間。
こいつと一緒だってことくらいか。
「昨日は逃げられちゃったけど、今日こそ練習始めるのよん!」
「が、頑張ります……」
昨日の反省をもとに。
あたしはスポーツ苦手なのよアピールのため。
文学少女を決め込むこいつ。
おさげに眼鏡は、まあいいが。
どこの学校のセーラー服着て来てんだよ。
「で、でも……。こんな曲芸みたいなこと、できない……」
「絶対あたしたちなら大丈夫! あたしを信じて!」
秋乃は、嬉しさ三割、困った七割。
そんな苦笑いで、きけ子に握手されるがままになってるが。
「……よし。立哉も俺を信じてついてこいよな!」
「ああ、暑っ苦しい」
どいつもこいつも。
これだから体育会系は面倒だ。
「なにが暑っ苦しいだこの野郎」
「気候の話だ。それが証拠に……」
「ガラスの器?」
「冷やし中華始めました」
寸胴にザル。
そして大量のタッパーを並べて準備完了。
「お前らも食うか? 大量に持ってきたからいくらでも作ってやる」
きけ子とパラガス。
そして甲斐の三人は。
返事がわりに椅子を寄せてきた。
「お、美味しそう……、ね?」
いつもは飯を持ってきて。
俺が作ったおかずばっかり食わせてるから。
たまには麺ものも食いたくなるのが人情だろ。
……そんな心づくしを。
こいつはばっさり切り捨てる。
「でも、運動するのに、冷たいご飯はちょっと……」
「ああ、そうか。そうだったな」
アイドルトレーナーの藍川さんが言ってたっけ。
動く時は温かいものを食べろって。
「豚骨ラーメンにならない……?」
「なるわけあるか。じゃあせめて、あつ盛りにするか?」
「下賤なウチの、クラブレポート?」
「その敦盛じゃねえ。中華麺を冷水でしめて食うのが冷や盛り。ゆであげそのまんまで食うのがあつ盛り」
「いやいや、立哉~。温かい冷やし中華ってなんだよそれ~」
「そうなのよん! トゲナシトゲトゲみたいなことになってる!」
きけ子のくせに、そんな生き物よく知ってるな。
例えとしちゃどうかと思うが。
まあ、言いてえことは分かる。
「じゃあ、上手いこと言った夏木には冷やし中華のあつ盛りを氷でしめてから出してやろう」
「トゲアリトゲナシトゲトゲ!!!」
ケタケタと笑うきけ子が。
トゲアリトゲナシトゲトゲの話を、自慢気にみんなに披露する。
トゲの生えた、トゲトゲって生き物に。
トゲの無い別種が発見されたから。
ついた名前がトゲナシトゲトゲ。
その、トゲナシトゲトゲの別種として。
トゲのある種が見つかって。
ついた名前がトゲアリトゲナシトゲトゲ。
たったそれだけのことを説明するのに。
十分以上たっても伝わらない相手。
「だから、トゲナシトゲトゲにトゲがあるのはただのトゲトゲなんだろ?」
「そうじゃないのよん! 何度言ったら分かるのよこの頭カチン!」
良くお前ら。
それで付き合っていられるな。
でも、いい時間つぶしになったな。
お湯が沸くのに時間かかったから。
ここからは簡単。
麺をゆでてザルですくって。
冷水でしめて、よく絞って水気をきって。
「タレは何にする?」
「醤油」
「ゴマ~」
「焼き肉のタレで!」
「食えるもんなら食ってみろ」
「うそうそ! ゴマにしとこうかな!」
刻んでおいたハム、チャーシュー、キュウリ、モヤシに紅ショウガ。
ゆで卵と、刻んだ高菜を付け合わせに。
「相変わらず、すげえなお前は」
「おいしそー!!!」
三人の前に皿を出しながら。
秋乃の分の麺をお湯に投入。
「ジュースもあるぞ?」
「コーラあるか?」
「おう」
「麦茶ある?」
「任せろ」
「オレンジジュ~ス~」
「お前、これ好きだよな」
寸胴のサイズ的な問題で。
二番手になっちまった秋乃と俺の麺。
でも、こいつが茹で上がる前に。
飲み物くらいは先に出せるな。
「秋乃は何にする?」
麺を軽くほぐしながら聞いてみれば。
秋乃は、一瞬だけニヤッとした後。
「あ、あたしが一番好きな飲み物……」
「なんだっけ?」
「と、とん汁……」
「きゃはははは!」
「ごふっ! ……くくっ! ちょうど食った所に……!」
みんなは大笑いしてるが。
お前ら揃って、まだまだだぜ!
「そんなことで笑わせようなんて無駄だぜ、秋乃! 持ってきてんだなこれが!」
目を丸くさせる秋乃の前に高々と掲げたジッパー袋入りの白濁スープは。
秋乃の珍解答を見越して準備してきた十種類のうちの一つ。
「きゃはは! バカだ!」
「あははははははは~! バカだ~!」
「バカだなお前は!」
よし、秋乃のボケを踏み台に。
俺の方が笑いを取れた。
でも、満足できねえんだよ。
「……お前はわたわたしてねえで、笑えよ」
この負けず嫌いめ。
「ほれ、カップに入れてやる。美味そうに飲んでみろ」
「あ、えと、それなら袋ごとちょうだい?」
「は?」
何を思ったか、わたわたをやめた秋乃が。
ジッパー袋をつまんで寸胴で湯煎して。
「あちあち」
それを冷やし中華用の皿にぶちまけたところへ。
麺投入。
「…………具が、邪魔?」
そして俺の器に豚汁の具を移して。
白みそ仕立てのスープと麺の上に。
具材の中から、チャーシューと紅ショウガ。
高菜とゆで卵を選んで乗せて。
「頂きます……」
「ぎゃははははははは! 豚骨ラーメンできた~!!!」
「きゃははははははは! 味噌入ってちゃダメでしょ!」
「どうなんだ、舞浜?」
「…………うどんの方がいい」
「ぎゃははははははは!」
「きゃははははははは!」
憮然とする俺を尻目に。
味噌味の豚骨ラーメンをすすって。
首をひねる。
「…………これ、冷やし中華?」
「知るか」
「ぎゃははははははは!」
「きゃははははははは!」
仕方が無いから。
俺は、秋乃対策に持って来た。
ミネストローネに麺を投入。
「おいしい? 冷やし中華」
「…………ちげえ。これは、温めイタリアンだ」
くそう。
どうせ笑いが取れねえなら。
パスタ茹でればよかったぜ。
あとで覚えてろ?
特訓でヘロヘロの所で。
割り下飲ませてやるからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます