ファイトの日


 スポーツには。

 いくつもの意味があって。


 そんな中でも。

 学生にとっての運動系部活とは。


 頂点という言葉を旗印に。

 皆で切磋琢磨することによって。


 健全な精神と身体を。

 そしてかけがえのない友人を作るための物なんだと思う。



 でも、そんな世界だからこそ。

 時には、身を引き裂くほどの葛藤が生まれることがある。



 例えば、レギュラー争い。

 例えば、期待に応えきれない苦悩。


 いくら身体を苛め抜いても。

 苦しいトレーニングに耐えても。


 そんな努力が。

 主たる目的の、友情を破壊することに繋がることもあるだろう。



 ……そんな時には。

 どちらを取るのが、スポーツとしての正解なのか。


 必死にもがいて勝利のために友情を捨てることなのか。

 友情のために大人しく身を引くべきなのか。



 あるいは。



 そのどちらでもない、別の答えが。

 スポーツには存在するのだろうか。



 願わくば。

 スポーツの神よ。


 一番頑張ったあいつに。

 一番苦しんだあいつに。



 勝利を。

 友情を。



 与えてはもらえないだろうか。





 秋乃は立哉を笑わせたい 第13笑


 =気になるあの子と、

  スポ根してみよう!=



 ~ 五月十日(月) ファイトの日 ~

 ※気宇壮大きうそうだい

  豪快な心意気




 学生というものは。

 武力と知力を上げるため。

 運動と勉強を課せられることが世の常な訳なんだが。


「じゃあ、自分のやりたい競技に名前書いて! どこでもいいよって人は書かないでいいから、後で割り振るわ!」


 本校名物と言われている体育祭。

 でも、もちろんそんな面倒なものに。


 ゴールデンウイーク明けの。

 サボり癖が付いた俺たちが。


 積極的に参加しようはずもなし。


「いーよー、適当でー」

「しまっちゅが決めといてくれればいいからー」

「しまっちゅよぶな! ちょっと、何人かだけでも書いてよ!」


 競技の枠は四十五。

 下手に自分から書いた日にゃ。


 じゃあこっちもよろしくねと。

 複数割り振られるのが目に見えてる。


 触らぬ神に祟りなし。

 誰もが無視を決め込んでいると。

 

「あんまり面倒なようなら、最後の手段使うわよ!」


 委員長の安西さん。

 しびれを切らして抜いたのは。


 隅っこで、パイプ椅子を軋ませていた。

 伝家の宝刀。


「先生! 出番です、先生!」

「ひとを用心棒のように呼ぶなバカ者。それにホームルームは、お前たちの自主性に任せるのが俺の方針だ。手は貸さんぞ」


 おや珍しい。

 ゴールデンウィークに何かあったのかな。


 心が洗われて、まともなことを言うようになった先生に。

 委員長は歯噛みするばかり。



 さて、こうなると。

 誰かの『困った』を救うやつと言えば。


 まあ、こいつになるわけなんだが。



「みんな! ファイトよ!!!」


 ……どこで手に入れて来たのやら。

 古典マンガでしか見たことが無い。


 裾の無いショートパンツの体操着に身を包んで。


 長い足をこれでもかと晒した。

 バレーボールを小脇に抱えるスポ根少女。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 飴色のストレートヘアでつくった三つ編みふたつ。

 お前は何にも分かっちゃいねえ。


 その時代のスポ根ヒロインは。

 ポニーテールと相場が決まってんだ。


「そうね! 舞浜ちゃん、ファイトよね!」

「ファイトでアタック! さあ、みんなも一緒に!」

「掛け声はいいから。そしたら秋乃ちゃんと菊花ちゃんだけでも名前書いてよ」

「ファイトでアタックでエース!」


 委員長に言われて。

 颯爽と飛び出したスポ根コンビ。


 小さい方が、一番ヘビーそうな長距離競技に名前を書こうとする隣で。


 一番楽そうな二人三脚へ名前を書くでかい方。


「おいこら秋乃! それのどの辺がファイトでアタックなんだ!?」

「あ、明日になったら後悔しそうだから……、ね?」


 ね? じゃねえ。

 きけ子もずんたか荒い足運びで教壇を鳴らしながら秋乃に近付いていくが。


 叱られてしまうがいい。


「……舞浜ちゃん!!!」

「ご、ごめ……」

「素晴らしい心意気だわ! あたしも、ひよるところだった! 一緒に頂点目指そう!」

「な、なに……、が?」


 どうしたことか。

 てっきり、後ろ向きな秋乃を叱ると思ってた熱血スポーツ女、きけ子は。


 涙ながらに秋乃の肩をばんばん叩いて。

 自分の名前を、二人三脚の枠に記入しているんだが。


「……どういうことだ?」

「あ~。なんか~。この学校の名物らしいよ、二人三脚~」

「名物? 面白おかしいことにでもなんのか?」

「ううん~? 試合のトリを飾る、ガチ全力疾走の競技なんだって~」

「面白おかしいじゃねえか」


 なんだそりゃ。

 二人三脚で全力疾走?


 誰だそんなことし始めたやつは。


「全力全開で走る競技なのよん、二人三脚!」

「う、うそ……、よね?」

「ガチ!! これから特訓よ! ファイトでアタックでエース!」


 日替わりスポ根少女の秋乃も。

 明日のわが身可愛さに。


 わたわた慌てて。

 自分の名前を手で消すと。


 その背後に立った先生が。

 も一度秋乃の名前を書きなぐる。


「じ、自主性は……?」

「自主的に書くところまでは認めるが、それを投げ出すことは認めん」


 そんな暴挙に。

 妙に団結力のある我がクラスは。


 ギャースカと、非道な教師に文句を浴びせたんだが。


 一番辛辣な言葉を吐いていた拓海君の名前が。

 先生の手によって千五百メートル走の所に書かれた瞬間ぴたっと停止。


 ほんとお前らってやつは。


「……まあ、頑張れよ。ファイトでアタックでエースでX攻撃だ」

「他人事だと思って……」

「現に他人事だ。じゃあ、俺はこれにしとこうかな」


 のこのこ黒板の前に立った俺が。

 四百メートル走の所に自分の名前を書くと。


 膨れた秋乃が。

 甲斐の名前を俺の名前の隣に書いて。


 『哉』の字と『太』の字を。

 固く紐で結んだ。


「うはははははははははははは!!! なに書き足してんだよ!」

「四百メートル、二人三脚……」

「走れるわけあるかそんなもん! 却下だ却下!」


 冗談じゃねえ、巻き込むな。

 俺は自分の名前を手で消すと。


 勝手に俺の名前を二人三脚の所に書き込む。

 石頭の悪魔。


「おいこら」

「一度自分で決めたことを投げ出すな。それでも日本男子か」

「やかましい」


 腹立たしくなったから。

 俺が、全部の競技に先生の名前を書き込んで行ったら。


 実に澄ました声で。

 こいつが言うには。


「……俺は構わんが。貴様は酷いやつだな、保坂」

「なんでだよ」

「体育祭不参加の者は、体育の単位が取れんのだが。……これでは、ざっと半分の男子が留年することになるな」


 そんな先生の言葉に。

 理不尽にも湧きあがる俺への非難。


 こいつ、卑怯な手を使いやがって!

 それでも教師か!


「よし。投げ出そうとした保坂と舞浜は廊下に立っておれ。ホームルームを続けろ」


 そして、こいつの策略とも気付かずに。

 黒板に殺到するクラスメイトに押し出され。


 仕方なく廊下に出た俺と。

 その横で、しょんぼり立ち尽くすスポ根コンビ。


「……なんで夏木まで来ちまったんだよ」

「そりゃあ、パートナーとずっと一緒にいなきゃだからね!」


 はしゃぐきけ子の顔を見て。

 嬉しそうにはにかむ秋乃だったが。


「じゃあ……、頑張ろう、ね?」

「うん! 燃えて来た! 必死にやろうね!」

「必死にやる」

「今の言葉信じたから! あたしのことも、最後まで絶対に信じてついて来て!」

「うん……」


 そんなこいつが。

 一瞬で凍り付いたきけ子の一言。


「よし! じゃあ、今日から毎日放課後は特訓よ! ボロボロになるまで練習しようね!」

「ま……? 毎日???」

「うん! 終電まで!」

「ひっ……!!!」


 ……秋乃。

 お前のそのかっこは。


 所詮付け焼刃。


 真のスポ根少女たるもの。

 これぐらいじゃなきゃいかんのだよ。


「た、立哉君……」

「俺は付き合わんぞ」

「ファイトでアタックでエースでぴえん」

「やかましい」


 ひとのこと巻き込んどいてなにがぴえんだ。


 ……しかし。

 大変だなこりゃ。


 一体全体。

 どうなることやら。


 俺は、秋乃の真っ白な足が傷だらけになる未来を想像しながら。


 ……ひとまず。


 綺麗な状態を。

 できるだけ目に焼き付けておくことに専念した。

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