白昼夢の終わり

 気が付くと俺はいつもの防波堤に来ていた。

 どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようで重い瞼を開けると、オレンジ色に染まる空をウミネコが飛んでいった。そんな俺の瞳を優しく覗き込んだのは、若い大学生ぐらいの女性だった。

「目が覚めた?」

 どうやら白いワンピースに身を包んだ女性の膝の上で、俺は目を覚ましたらしい。この女性は、この前出会った女の子にどことなく似ている気がしたが、寝起きで判然としない頭はうまく考えをまとめてくれなかった。

「もうすぐ日が暮れてしまうから、早く帰った方がいいわ」

「……帰りたくない」

 俺はそう言って右腕をだらんと目の上に乗せた。

「あら、どうしたの? 何か悩み事?」

 女性は困ったように言って、俺の頭をそっと撫でた。その優しい手がなんだか懐かしくて、胸が苦しくなる。

「何も出来なかった……」

 そこまで言ったとき、何かが切れた。

「洸一のときも、母さんのときも……」

 何度腕で拭っても女性の顔が涙でゆがんでしまう。溢れる涙は止まることなく俺の顔を流れ落ちて、ワンピースまで流れて行く。

「海は、いつも、俺の大事なものばっかり奪っていくのに、いつも悩んだりもやもやしたりすると、ここに来ちゃうんだ」

「……海が嫌い?」

 女性は言ってはいけない事を言うかの様に、重々しく口を開いた。

「嫌いだと思ってた。いっそのこと嫌いになったほうが楽になれたとおもうけど、海にある楽しい思い出が多すぎて、嫌いになれなかった……」

 女性の手が優しく俺の涙を拭った。

「そう……」

 女性は優しく微笑むと、俺を起こしてゆっくり立ち上がった。

「いいことを教えてあげるわ。海にはとても綺麗な神様がいて、海が好きな心優しい人の願いを一つだけ叶えてくれるのよ?」

 そう話しながら、女性はゆっくりと俺がいたのとは反対方向の防波堤の縁に歩いていった。

「あなたは、友達思いの優しい子。これからも、大きな海のように広くて温かい心を持った人になるのよ?」

 そう言って女性は振り返った。そこにいたのは先ほどの若い女性ではなく、その女性が少し年を取った姿、俺の亡くなった母親だった。

「母…… さん?」

「浩太のことが大好きよ。もう会えないけど……ちゃんと見てるから」

 風景が白くぼやけていった。俺の体は防波堤にくっ付いてしまったかのように動かず、延ばした手は虚しく空をきった。

「やだよ…… 行かないで! 母さん!」

「一瞬でも、会えて嬉しかった…… お友達のこと、大切にね……」

 そういった母さんも大粒の涙を流していた。でも優しい笑顔を浮かべていた。


 あぁ、遠くでウミネコが鳴いている。

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