第8話 あて馬と種牡馬

金曜日の仕事あがりに、突然キムタツから電話が入った。

「明日明後日、北海道行くんだけど・・・  一緒に行かない?」

「急にどうしたんだよ?」

「知人と明日、北海道に行く予定だったんだけど知人が行けなくなっちゃって・・・ どうせキャンセル料100%払うなら一緒にどうかと思ったんだよ・・・」

「えっ?俺でいいのか?」

「明日、羽田空港9時だから俺の家に5時に集合で大丈夫かな?」

「OK、よろしくおねがいします。」

俺、北海道はじめてだからすっごいドキドキだ。


土曜日、キムタツと一緒に羽田空港から千歳空港へ・・・ はじめての北海道だ。

キムタツから旅行の日程を詳しく聞かないできてしまった。

札幌市に向かうと思っていたら十勝方面へ。

日程表もらってビックリした。

牧場巡りだった。それも競走馬の・・・?

これは一口馬主の馬探しの旅だった。

キムタツに聞いたら既に1頭一口もってるとの事。

素人が馬を観たところで・・・走るか走らないかなど分かるはずも無い。

せいぜい“馬のおっきい目がウルウルしていてかわいい”とか思うくらいだ。

牡馬、牝馬、セン馬ってあるけど・・・

セン馬って何?

「それは・・・ パイプカットされた馬の事だよ。」

「へぇ〜 中国宮廷の宦官みたいな馬が居るんだ。

えっ、なんで?」

「気性が荒すぎて人間を乗せて走れないから、処置される馬がいるわけさ。」

「馬も人間の都合で大変なんだな!」 

「ところで翔、シンジケートって知ってる?」

「何それ?」

「まあ〜簡単に言えば種馬の共同管理みたいなものかな。オス馬は何頭でもメス馬に種付できるけど、メス馬は一年で一度1頭だけ。」

「人気のあるオス馬は一年で何頭ものメス馬と関係がもてるんだ。でも、メス馬がうまく発情しない事があって・・・“あて馬”と呼ばれる馬がいるんだ。簡単に言えばイケメンを女の前に連れて来て・・・いざ、行為の時には種馬に交代。あて馬はあて馬として一生を終わる。」

その話しをキムタツから聞かされた時、人間の勝手さにイライラしたが・・・

「馬は経済動物だから、もう何百年もこうして飼われているんだよ。昔、サンデーサイレンスという馬が居てね、その馬は千頭以上の子供が居る。そして今の競走馬の3割位はその馬の子孫なんだ。」

「千頭の子供?人間だったらハーレムだね。俺の人生は“あて馬側”だろうな・・・」

・・・ここに居る馬たちのうち何頭が種牡馬になれるんだろうか?

なんだかシミジミ考えてしまった。


夜の宿は札幌のシティホテルだった。キムタツと懐かし話しをしながら軽く呑んで就寝した。

その夜、俺は夢を見る。

 俺は顔の判らない女の人と一緒に居る。

 女の人は裸?

 彼女の口元は優しく微笑んでるようだ。

 俺をギュッと抱きしめて口づけをしてきた。

 彼女は俺に吸い付く様に舌を絡める。

 誰だか判らないけど、懐かしい気持ちだ。

 俺は彼女の髪を撫でる。

 なんだか懐かしいシャンプーの匂いがする。

 俺も彼女をギュッと抱きしめる。

 彼女の温もりが心地よい。

 懐かしくて嬉しくて涙が出てくる。

 もうこのまま離れたくない。

 ・・・紗菜

 えっ?

 なんで紗菜なんだ?

 

目を覚まして、俺は瞼を開けた。

・・・何だったんだろうか?

今の夢は?

俺の頭に近い壁の向こうから・・・

女の人の喘ぎ声が聴こえてきた。

これか?これのせいで・・・

チクショウ〜 俺の涙を返せ!

なんだか無性に悔しかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る