第45話 イナカマチの番犬 10
パオロ達を縛って大人しくさせたあと、独楽はまず先に神雷結界の張り直しを決行した。
彼ら以外にもイナカマチ区画を狙っている者がいるかもしれないが、直接的に手を出して来たのは今の所リベルタ区画のパオロたちだけである。ならば、その元凶たちが目を回している間にさっさとやってしまおう、なったのだ。
若利から烏玉を受け取って神雷結界を解除すると、パチン、とシャボン玉のように結界が弾けた。そしてふわり、ふわりと神力が光の雪のように降る。
「美しいでござるな……」
それを見上げて天津が呟く。浮世離れした光景に、まだパオロの部下の数人も呆けた顔をしてそれを見上げていた。
「そうでしょう? これが、命がけで神雷結界を張った人が込めた思いです」
独楽が懐かしむように言った。その隣に立った若利が、手のひらを上に向ける。その手に光の雪が舞い降りる。光の雪は手に触れたとたんに、本物の雪と同じく溶けて消えた。
ただひとつ違ったのは、その光の雪はとても温かいものであったという事だ。
「さて、それでは行きますね」
光の雪が降り注ぐ中、名残惜しそうにそれを見ていた独楽は、そう言って烏玉を手に握った。
その独楽に、天津が待ったをかける。
「ああ、独楽殿。少し待って下さらぬか」
「どうしました?」
独楽と若利が「何だろうか」と揃って天津を見ていると、彼は取り戻したばかりのカザミ区画の要石を若利に差し出した。
意図が分からず若利は首を傾げる。
「これは?」
「お恥ずかしい話だが、某は神雷を使えない。――――リベルタ区画の前に、この要石を染めていたのは先代の区画主でござる。だから若様、どうかこの要石を染めてはくれぬだろうか」
若利は目を丸くする。そう言えば、確かに天津はそう言っていた。
カザミ区画の要石に込められた神力は、まだ区画が崩壊するほど少なくはなっていない。恐らく、相当の量を込めてから天津に渡されたのだろう。
イナカマチ区画の神雷結界のように。
「リベルタ区画から取り戻すには、カザミ区画の区画出身者の神雷で要石を染めねばならん。しかし、今のカザミ区画にはそれが出来る者がおらんのだ」
「カザミ区画は神雷を使える者がいないのですか?」
「いるには、いる。だが、ごくごく弱い力しか出せないのでござるよ」
そう言って天津は目を伏せた。
確かに神力の
神力の容量によっては、持っていたとしても神雷を使えないという者ももちろん存在する。カザミ区画はそういった者ばかりなのだと天津は言う。
「だからこそ、あっさりと奪われた。……今後は分からぬが」
そこまで言うと、天津は若利に向かって腰を折り、深く頭を下げた。
「だがいずれ、きっと強い神力を持った者が現れる。某はそう信じておる。だから若様、それまで、どうか――――カザミ区画の要石を預かっていては下さらぬだろうか」
若利は要石と天津を交互に見て、問いかける。
「良いのか? カザミ区画を取り戻すために、きみは行動して来たのだろう? 俺がリベルタ区画のように要石を返さなかったらどうするつもりだ?」
「若様はそんな事はなさらぬよ。それに、もしもその時は、正々堂々、挑むでござる。――――他区画と渡り合えるように、力だけではないものを学んで」
そうはっきりと言った天津の目に曇りはない。若利は「分かった」と言ってカザミ区画の要石を受け取ると、ゆっくりと神力を塗り替えて行く。
「おや」
独楽は小さく呟いて空を見上げた。流れていた空気に変わったからだ。その空気を吸い込んで若利と天津を見る。
独楽の視線に気づいた二人は応えるように頷いた。
「それでは行きます」
改めて独楽は烏玉に神力を込め始める。独楽の神力は、烏玉にバチバチと迸る。
強く、もっと強く。独楽は烏玉にありったけの神力を込めていく。
「――――」
一瞬、若利が目を見張った。独楽の姿が誰かと重なったようだ。
目を瞬いたあと、若利は何やら合点がいった顔になる。
「若様、どうしたでござる?」
天津に尋ねられた若利は、
「いや。何、ちょっとな」
と言って小さく笑った。
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