第44話 イナカマチの番犬 9
スッとパオロが手を挙げると、彼の背後に控えていた部下達が、天津と若利に揃って武器を向けた。
それを見て天津の顔が険しくなる。
「何だと?」
「そうして、もう一度カザミ区画の要石を奪わせて貰います」
「約束が違う!」
「違いませんよ、一度はちゃんと返したではありませんか」
「卑怯者が……!」
「おや、ちゃんと約束は守っているのに、酷い言われようです」
わざとらしく肩をすくめ「心外です」とパオロが言う。そのやりとりを聞いていた若利はふん、と鼻で笑った。
「物は言いようだな」
「何とでも仰い。どの道、カザミ区画があなたの手に戻った所で、あんにな小さくて弱い区画、うちでなくても直ぐに他の区画に奪われてハイ、オシマイですよ」
天津が要石を持った手を強く握りしめる。それは先日、彼が若利に言った言葉と同じだ。
今のパオロの言う通り、カザミ区画が手に戻ったところで、直ぐに他所の区画に奪われる。
――――今のままでは。
「はて、さて。そうはいかぬと思うぞ?」
パオロの言葉を若利は笑い飛ばした。
「何?」
怪訝そうに眉を顰めるパオロを無視して、若利は名前を呼んだ。
「――――なぁ、独楽」
同時にぶわり、と風が吹く。
次いで獣から人へと変化した独楽が、錫杖を叩きつける勢いで相手の胸倉に飛び込んだ。
「貴様、どこから!?」
虚を突かれたように目を見開くパオロに、独楽はニッと笑って見せる。
そうして腹の底から、その場の空気を震わせるように、高らかに、高らかに声を張り上げる。
「神雷壁――――」
独楽の錫杖についた烏玉に神力が巡る。バチバチと強い光を灯す。
パオロはハッとして距離を取ろうとするが、遅い。
「――――盾!」
独楽の言葉に呼応し、烏玉が強く光る。言い終えた瞬間、キィン、と音を立ててその光と同じ色を帯びた光の盾が現れ、独楽を中心に、地面と水平に、広く、広く広がる。
「ぐあっ!?」
腕の中から広がる盾に、パンッと弾かれるように強制的にパオロの腕は開かれた。
その衝撃でパオロの手も開かれ、握られていたイナカマチ区画の要石が宙に跳ぶ。縄を解いた若利が、地を蹴り飛ぶと、はしっとそれをキャッチした。
「貴様ら!」
「俺たちは何の約束もしておらんのでな。――――返してもらったぞ!」
「くそ、取り戻せ!」
「取り戻すというのは、其方が言うには相応しくない言葉でござるよ!」
天津が刀を振るい、リベルタ区画の者達を地面に沈めて行く。
倒れて行く部下達を見てパオロが怒声を上げた。
「こんな事をしてカザミ区画の者がどうなるか分かっているのか! 直ぐにリベルタの本区画から……」
「それはご心配なく! リベルタ区画からの増援が来る前に、神雷結界をぐぐんと広げてやれば良いだけの事ですからね!」
独楽の言葉に若利は笑い、天津は驚きに目を見張る。
「はっはっは。違いない!」
「で、出来るのでござるか?」
「まぁ、やりようは幾つもありますよ。守りの神雷は、ちょっと得意です。それに何たって、カザミ区画はお隣さんですからね!」
区画が隣同士なら何とかなると言う独楽の言葉で、天津の顔に喜色が浮かぶ。反対に般若のように顔を歪めているのがパオロだ。
「カザミ区画を、貴様らが傘下にいれるという事か?」
「傘下、とは意味が意味が違うな。違う区画同士でも手を取り合う事は出来る。お互いに相手を尊重し合える事が出来ればな」
「――――ここで奪われては、主様に申し訳が立たない。カザミ区画の要石も、イナカマチ区画の要石も、リベルタ区画の物だ!」
怒鳴りながらパオロが義手を向け、仕込んである烏玉に神力を込める。バチバチと光る神力が無数の光の槍を作り出し、三人に向かって襲い掛かった。
「若様、甘栗さん、下がって下さい!」
独楽は二人の前に立つと錫杖を向け、神雷壁を展開し、パオロの攻撃を受け止める。
かつて天津に向けた時よりも強い光を帯びた頑強な神雷壁。他者を守るためだけに全てを賭けた、独楽が最も得意とする、渾身の神雷壁である。
早々簡単に破られるものか。
若利がニッと笑うと扇子を開いた。それと同時に扇子についた烏玉にバチバチと光が灯り出す。
「神雷・相乗」
神雷の効果を強化する、若利の得意とする補助の神雷だ。その支援を受けて独楽の盾がより強力になる。
大きく広がる神雷壁は、イナカマチ区画の神雷結界にまで跳びかねない攻撃を全て防いでいく。
「馬鹿な!?」
有り得ないとパオロが驚愕する。攻撃が止んだ瞬間、神雷壁から天津が飛び出した。
「――――御免!」
そして刀の背で、脳天からパオロを殴りつけた。パオロは声すら出せずに白目を剥き、吸い込まれるように地面へと倒れ込んだ。
「パオロ様!?」
その様子に部下達が青ざめ、慌て出す。
天津は倒れた司令官を見て右往左往する彼らに向かって言う。
「何、死んだりはしておらんよ。――――多分」
「わたしは思い切り蹴り飛ばされて、脇腹が折れましたからね。怪しいもんですが……まぁ、それはそれとして」
独楽がにこりとパオロの部下達を見る。
「どうします? わたしとしては降伏をオススメしますが――――」
ふと、独楽に獣の耳と尻尾が生える。ゆらりと揺れる。
「某はかなり腹が立っておるゆえ、報復はしたいところでござるが――――」
独楽の隣に、刀を手に持ったままの若利が並ぶ。威圧感、とでも言うのだろうか。パオロの部下達の顔色がみるみる悪くなっていく。
若利はパオロから武器を奪って縛り上げながら、
「どうする? 俺はどちらでも構わんぞ? 俺もなかなかに腹が立っておるのでな?」
と、畳みかけた。
パオロの部下達は顔を見合わせると、我先にと地面に武器を投げ捨てたのだった。
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