第43話 イナカマチの番犬 8
イナカマチ区画の外、リベルタ第五区画――――元カザミ区画との境界線で、パオロが懐中時計を見ながら眉間に皺を寄せていた。
「時間を指定しておきながら、遅れるとは……まさか途中でやられたか?」
神雷結界を見上げながらパオロが呟く。
「パオロ様、天津は本当に、イナカマチ区画の要石を手に入れたのでしょうか?」
「さて、手に入れた、という報告は貰いましたが……」
未だに顕在する神雷結界に、パオロの部下達は疑わしそうな目を向ける。
「何、虚偽の報告をしたならば、それなりの対処をするだけです。カザミ区画の要石は、ここにあるのですからね」
パオロはカザミ区画の要石を手の中で遊ばせながら、冷酷に言う。
それなりの、という言葉には、恐らく住人たちの事が含まれているのだろう。
「パオロ様、来たようです」
そうしていると、双眼鏡をのぞいていた部下の一人が天津の到着を報告する。
少し待っていると、部下の言葉通り天津が現れた。天津はイナカマチ区画の区画主である若利を縄で縛り、白い大きな獣をひきつれてやって来た。
予想外のものを連れている事に――特に白い獣の方に――警戒しながらパオロが天津に声を掛ける。
「遅かったですね」
「少々、予定外の事が起きたのでな。心配せずとも、要石はここにある」
そう言って天津が、イナカマチ区画の要石をパオロに見せるように持ち上げた。
パオロはそれを見て満足げに頷く。
「ふむ、それは何よりです。……ところで、その魔獣は?」
「イナカマチ区画の魔獣でござる。其方は他の区画に魔獣を放り込むのが好きなようなのでな、手土産だ」
「それはまた良い心がけですね。……ああ、魔獣にしては良い毛並です」
天津が嫌味を混ぜて言ったが、パオロは全く気にしていないようだった。パオロは白い獣に近づくと、うっとり、とした表情で手で撫でる。その様子が気持ち悪かったのか、白い獣は心底嫌そうな顔になった。
「――――それで、ついでに若様も捕えて来たと」
白い獣の毛並みを堪能していたパオロは、思い出したように若利を見た。ついで扱いに、むう、と若利の目が細まる。
「其方らは他の区画の者たちがいくら傷つこうが構わぬようだが、某はそういう事は好かぬ。穏便に物事を運べるならば、それに越したことはござらん」
「区画主に説得でもさせる気ですか? ……まぁ、良いでしょう。こんにちは、若様。随分と惨めな姿ですね」
パオロが若利を見下ろし、馬鹿にしたように言う。若利はその視線を受けて、不敵に笑って睨み返す。
「ふむ、俺の惨めの基準と、きみの惨めの基準では随分と差があるようだ。陳腐な台詞しか言えぬきみの方が、よほど惨めだ」
その言葉が勘に触ったらしく、パオロが足で若利の顔を蹴り飛ばす。その瞬間、白い獣からぶわり、と殺気が放たれる。
「ん?」
向けられた殺気にパオロが顔を向けるより早く、慌てたように天津がずい、と右手を差し出した。
「……それより! パオロ殿、約束でござる。カザミ区画の要石を返して頂こう」
「イナカマチ区画の要石が先ですよ」
「そう言って裏切るつもりでござろう?」
「信用がないですね……ほら」
肩をすくめてパオロが要石を見せる。僅かに光を放つそれに、天津は「本物だ」と頷いた。
「では、これがイナカマチ区画の要石でござる」
「……烏玉ではないですか?」
「この烏玉の中に要石があるのでござるよ」
天津はイナカマチ区画の要石を太陽に翳して見せる。パオロは興味深そうにそれを覗き込んだ。
この烏玉はイナカマチ区画の神雷結界の烏玉だ。その中に要石が入っているのである。
パオロはこの烏玉が何の神雷かは分かってはいないようだが、興味をそそられるものではあったようだ。
「ほお、これはまた面白い事になっていますね。……では、お約束通り、カザミ区画の要石はあなたにお返しします」
パオロはカザミ区画の要石を差し出す。天津はそれを見た後、同じようにイナカマチ区画の要石を差し出した。
お互いにそれを見て頷いた後、同時に、それぞれの手の要石を掴む。
「確かに」
天津はようやく手に戻ったカザミ区画の要石を、ぎゅうと大事そうに握りしめた。
パオロはそれを見ながらニコリと微笑む。
「――――それでは、約束も果たした事ですし。あなた方にはここで退場願いましょう」
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