第42話 イナカマチの番犬 7
若利は独楽の隣まで歩くと、天津を見下ろし、その言葉を引き継ぐ。
「ああ、そうだ。チャンスは幾らでもあっただろう。にも関わらず、きみが狙ったのは独楽だけだ。それがなぜかを考えれば大体検討がつく。それこそ神雷結界があるからだろう?」
若利の言葉に天津は答えない。
「イナカマチの神雷結界はボロボロだからな。正式に張り直さなければ、時間は掛かるだろうが消滅する。そして独楽がいなければ神雷結界を維持できるほどの神力を込められる者もいなくなる」
もともとイナカマチ区画の神雷結界は、独楽が成り行きで神雷を込めて保たせたに過ぎない。なのでその時に込めた独楽の神雷が尽きれば結界は消える。
今現在イナカマチ区画に張られている神雷結界は若利の祖母である真頼が何年も前に張ったものだ。張られてから時間が経っているため、幾ら神雷を継ぎ足しても消耗は早い。
正式に張り直す必要があるのだ。
そのためには一度結界を解かなければならないが、今のイナカマチ区画には神雷を扱える者が少なく、直ぐに行うには難しい事だった。
若利は一旦区切った言葉を続ける。
「きみは消滅までの時間を俺たちにもたらそうとしたのだろう? 結界が消えるまでの時間はあれば、その前に区画の者たちを逃がす事が出来る、とな」
そう言われ、天津はきつく目を閉じた。
独楽の足を掴む天津の手から力が消え、ずるりと地面に落ちる。
「……そんな立派なものではござらんよ。ただこの区画が、カザミ区画にどこか似ておったからだ。某は、カザミ区画が壊される姿を……二度も見たくはなかっただけでござる」
天津の声はかすかに震えていた。
「だが、某の甘さで、もう二度とカザミ区画を取り戻す事は出来ん。某は……某は、カザミ区画の者達に、合わせる顔が無い……!」
嗚咽を堪えた様な声だった。天津の話を聞きながら、独楽はゆっくりと人の姿に戻る。そして天津の上からどくと、こう言った。
「そんな事はないんじゃないですかね」
「気休めを」
「いやいや、気休めではないですよ。だって、話を聞く限りでは、まだ色々とやりようがありますし」
「色々とやりようだと? これ以上、何が出来ると言うのだ! 某が出来る事など、もう……!」
食って掛かる天津に、独楽は繰り返す。
「だから、ありますって」
「何をだ!」
「わたしたちにちょいと
「お願……い?」
天津が困惑を極めた顔で独楽を見る。何を言っているのかと頭の上に疑問符を浮かべる天津に、若利も言った。
「うむ、そうだとも。カザミ区画を取り戻したいのであろう? ならばきみが望めば手を貸すぞ? 何と言っても俺はきみの雇い主だからな。何より、俺もこれ以上リベルタ区画に煩わされるのは嫌なのでな」
独楽と若利は揃ってニッと笑う。天津の目がこれでもかというくらい大きく見開かれた。
「其方らは、某を……許すとでも言うのか?」
「許すも何も、きみはまだそういう意思表示もしておらんだろうが。超怖かったんだぞ」
「あ、うぐ、す、すまなかった……」
「うむ」
天津が頭を下げると若利は頷いて笑い、独楽はふふ、と微笑んだ。
「言われないと分からぬ事もあるからな。察するのはなかなか難しい」
「助けて欲しい時は言えって言われたの、分かっていたはずなのに言えませんでした。難しいですよね」
天津は泣きそうになった。
ああ。ああ、何だ。何なんだ、この主従は、本当に。
天津は体を起こすと、頭突きでもするような勢いで地面に額を擦りつけた。
「若様、独楽殿! 恥を承知でお頼み申す。どうか、どうか某にカザミ区画を取り戻す力を貸して欲しいでござる! 某を……助けて下され……!」
天津の声が響く。独楽と若利は声を揃え、
「まかせとけ!」
と、笑って言った。天津は泣き笑いの表情を浮かべて顔を上げた。
「さて、まずは作戦会議だな」
「ええ、わたしも本気を出しますよ。もう隠しません、全力でやらせていただきま……って、あいたたたたた」
ぐっと気合をいれた直後、独楽は脇腹を押さえて蹲った。
「む、どうした? 腹痛か?」
「いや、あの、脇腹っていうか骨折れて……おのれ甘栗さん!」
「す、すまぬでござる……!」
涙目で見上げる独楽に、天津は慌てて謝る。
気が付けば、そんな三人を照らしていた満月は空の彼方へと沈み、空は白み始めていた。
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