第41話 イナカマチの番犬 6

「運が良いって? 冗談じゃありませんよ。これだけ大きな結界を、何年も何年も張り続ける事がどれほどに大変な事で、どれほどに覚悟がいるか、知らないくせに」


 獣の口から聞こえた少し低くなった独楽の声に、若利は驚いて目を丸くする。

 だが直ぐに笑った。


「見事な毛並だな、独楽!」

「――――」


 背中の向こうから聞こえてきた声に、独楽の体が強張った。そして僅かに声を震わせ、


「はい」


 と、頷く。そんな主従の目の前で、天津が刀を杖代わりに、よろよろと立ち上がろうとする。


「独楽殿か……!」

「ええ、わたしですよっと」


 独楽は天津が立ち上がるのを待つほど、お人良しではなかった。

 地面を蹴ると、恐ろしい速度で天津に詰め寄り、その体に体当たりをする。そして地面に押し倒し四肢を抑えると、その手に持った刀を咥え、力尽くで引き剥がす。


 天津も離すまいと必死ではあったが、片手であった事、四肢を押さえられている事、そして夏祭りの試合での疲労がまだ残っている事が災いして、刀を取り上げられてしまった。


 独楽は咥えた天津の刀を池の中へと投げ捨てる。

 ポチャン、と水を跳ね、刀は池の底へと沈んで行く。泳いでいた鯉が何事かと驚き、バシャンと水飛沫を上げた。


「某は……ッカザミ区画を取り戻すと、約束したのだ。なのに、こんな所で、しくじる、わけには……!」


 天津は何とか抜け出そうともがくも、独楽の力と重さで動けずにいる。独楽はそれを見つめながら静かに口を開いた。


「だったら、もっと早く出来たでしょう、それ」

「何を」

「だって、そもそも要石を奪わなくても、区画主が倒れれば一時的に区画の所有権は宙に浮きますからね」


 独楽の言う通り、何らかの原因で区画主が次の区画主を指定せずに命を落とし、区画の所有権が宙に浮けば、その区画は一時的に誰の物でもなくなる。

 イナカマチ区画がイナカマチ区画であるのは、区画主がいて要石があり「ここはイナカマチ区画である」という明確な意志を持っている事が条件になる。その一つが欠ける事で、一時的にここはイナカマチ区画ではなくなるのだ。


 その時の区画主が込めた神力が続いている内はまだ良い。だが要石に神力を込めなくなり、要石から神力が失われれば、だんだんと区画は崩壊を始める。

 せめて要石に神力を込められる者がいればましにはなるが、イナカマチ区画には神雷を扱えるものはほとんどいない。それを攻め込んで来たリベルタ区画が知らないはずはなかった。


 残された者たちが撮れる選択肢は区画と運命を共にするか、外の区画へ助けを求めるかだ。そして僅かでも区画が崩壊し始めれば、地形に合わせて張ってある神雷結界に綻びが生じ、神雷結界は意味を成さなくなる。


「神雷結界がなくなれば、リベルタ区画のような大区画がイナカマチ区画を制圧するなど容易い事でしょう。その後で要石を探せばいい。時間制限はありますけどね」


 独楽の金色の目が天津を貫く。二度も向けられた同じ眼差しに、この主従は、と天津は心底思った。


「それを知らないとは言わせませんよ、カザミ区画の元区画主殿」

「……某が知っていたからとて、それが何だと言うのだ? どこにあるかも分からぬ要石を探すよりも、脅して手に入れた方が簡単だ。ただそれだけでござるよ」

「いいえ。ただ区画を奪うだけなら、わたしよりも若様を狙った方が手っ取り早いはずです。なのにあなたはそうしなかった。――――出来なかったんでしょう、甘栗さん」


 すた、と若利が地面に足をつく音が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る