第39話 イナカマチの番犬 4

「若様、イナカマチ区画の要石を渡しては下さらぬか。そうすれば、某はこれ以上は何もせぬ」

きみは、、、しないだろうな。だが、最初にパオロに応えた通り答えは否だ。確かにきみは何もしないだろう。だが奴らはそうではない。イナカマチ区画が他所の区画に踏みにじられると分かっていて、要石を渡す事など出来んよ。それに――――ここで俺たちを殺したとて、きみたちにイナカマチ区画の要石を扱う事は出来ぬ」

「構わぬさ。某はイナカマチ区画の要石を扱うつもりはない。ただリベルタ区画にそれを差し出せばそれで終わりでござる。それで我がカザミ区画は解放される! ――――渡せ、上賀茂若利!」


 天津は怒鳴り、若利に斬りかかった。だがその切っ先は若利の前に現れた光の壁に阻まれ、弾かれる。

 独楽の神雷壁だ。


「そいつはさせませんよ。知っていますよね、ご同僚」

「ああ、知っておるとも。――――相変わらず厄介な!」


 天津は独楽の方へ向き直る。先に独楽を仕留めた方が早いと考えたのだろう。

 刀を構え、畳を蹴ると独楽へと斬りかかる。独楽はその攻撃を神雷壁で防いだ。

 天津の刀の一撃一撃は重く、強い。夏祭りの時など比ではないようだ。押され、防戦に徹している独楽の顔が歪む。


「相変わらず馬鹿力な……!」

「防戦一方では某は倒せぬでござるよ!」


 天津はそう言うと体を回転させ、独楽の脇腹を目がけて柄頭で抉るように殴りつけた。その勢いで独楽の体が飛ばされ、襖ごと倒れ込んだ。

 それを横目で見ながら天津は天津は若利を振り返った。天津が畳を蹴ると同時に、若利は神雷壁を作り出す。刀と神雷壁がぶつかり、ガァン、と、鈍い音が響く。


「イナカマチ区画は、神雷結界さえなければ簡単に他の区画に制圧されるであろう小さな区画。そしてその頼みの綱は神雷結界。今回は独楽殿がいたから何とかなったとはいえ、今後もそんな運の良い事など起こる保証はない。早い段階で区画譲渡についての交渉をした上で、有利な条件を得た方が良いでござろう? 何故そうも抵抗する!?」

「それはきみの区画の経験か?」


 若利が額に脂汗を浮かべながら天津に問いかける。天津の力が強いため、全力で神雷を使っているからだ。若利には神雷の才能があれど、独楽のように守りに特化してはいないため、独楽ですら苦戦する天津に対しては、全力で向かわなければ太刀打ちが出来ないのだろう。


「ああ、そうだ! 情けない話でござるがな! カザミ区画と同じく、イナカマチ区画はいつか奪われるでござろうよ! 神雷結界は張れる者がおらねば区画は消える。奪われる。これほどの規模と効力のある神雷結界を、永久に張り続けられる者など早々おらぬ!」

「今はな。だが、この先は違う。一人では無理でも、皆が揃えば出来る、、、。俺一人で意固地になっていては、守りきれなかっただろうよ」

「皆がだと? それはそれは気の長い話でござるな!」

「そうだとも、気の長い話だ。だが、その大事な時間を独楽が稼いでくれたのだ」


 若利の目が真っ直ぐに天津を貫く。その目は恐れの一つも感じていない。ただ信念を貫こうとする者の目だ。


「有利であろうが、なかろうが、きみやリベルタ区画の提案を受け入れた時点でこの区画は失われる。この区画に生きる者達が、区画でなかった遠い昔から繋いできたものもすべて壊される」


 よどまず、堂々と。若利の言葉は山のように揺らがない。


「伝統も、風習も、平穏も。そして当たり前の日々も、その全てを奪われる。――――俺にはそれが耐えられん」

「命より大事なものではなかろう!」

「俺はな、甘栗。イナカマチ区画の人々が、田植えをしたり、あぜ道に座っておにぎりを食べたり、祭りで酒を飲んだり騒いだり、そういう当たり前が当たり前としてある事を守りたいのだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る