第37話 イナカマチの番犬 2

「独楽殿が獣人であったのが誤算でござったな。いつから気が付いていたでござるか?」


 表情こそ普段通りに見えど、未だその殺気は消えていない。隠そうともしないそれを受け、独楽は涼しい顔をしている。だが実のところ多少はヒヤリ、としていた。

 目の前に立つだけで斬りつけられたと錯覚する程に鋭利な殺気。

 まさに本物だ。

 独楽にとっては大分久しく受けたものだった。


「いやいや、最初は甘栗さんが神雷結果に挟まっている事が引っかかっていただけですよ。だって神雷結界は悪意や害意を持つ者を阻む神雷ですからね。ですから確信を得たのは――――本当に、つい先ほどです」


 独楽は天津の言葉に軽く首を振って言うと、懐から金色の栞を一枚取り出した。

 金属に近い材質で出来た栞に、精巧な鳥の模様が彫られている。鳥の目はビーズ程に小さなガラス――もとい、烏玉がはめ込まれていた。


 これは夏祭りの時に信太が拾い、独楽へと見せたものだ。

 栞を見た天津はハッとしたように懐に手を当て、それから「しまった」という顔をして肩をすくめる。


「さて、これに覚えはありますかな?」

「ない、と言いたいところではあるが、うっかり手が動いてしまったでござるよ。……二度目でござるな」


 肩をすくめる天津に、独楽は小さく笑う。


「ふっふ。甘栗さんは嘘とか隠し事とか苦手でしょう」

「こちらも否定したいところではあるが――――一体なぜ、独楽殿がそれを持っているでござるか?」

「さっき信太が拾ったんですよ。夏祭りの試合の時に落としたのではないですか?」

「ああ……なるほど、不覚でござった」


 合点がいったようで天津が苦笑して頷く。ああ、いつもの顔だと独楽は思った。

 本当はこのまま刀を納めてくれるのが一番なのだが、そう言う訳にはいかないのだろう。


 独楽は持っていた栞を天津に差出した。

 ほんの少し躊躇った天津だったが、手を伸ばして栞を受け取る。

 その躊躇いは独楽へというよりは、その栞に対してのものであるように感じられた。


「最初は気付きませんでしたが、これはパオロが着ていた服の腕章と同じ紋様ですね」


 独楽がそう言うと天津は力なく笑う。

 栞を見る天津の目には刀を構えた時のような力強さはなく、諦めの色が浮か

んでいた。


「……はっはっは。ああ、そうだ。その栞はパオロから渡されたものでござる。――――リベルタ区画に仕える、という契約書のようなものでござるよ」


 契約、と天津は言った。

 天津とリベルタ区画との間にどんな理由や経緯があったかは独楽には分からない。だがその#契約__、、__#が対等なものでも、天津が望んだ事でもないのはその様子から十分に伺えた。


「今の#これ__、、__#はリベルタ区画からの命令であると」

「ああ。イナカマチ区画を奪え、とな。方法は某に一任されてはおったが。イナカマチ区画の神雷結界を張る事が出来る独楽殿をどうにかすれば、あとは時間が経つのを待つばかりだと思っていたのだが、なかなかどうして上手くいかぬ。そして思いのほか早くバレたものでござる」


 天津は目を細め、視線を落とした。

 満月に照らされた畳の上には、雲の影が流れて行く。


「……祭りの時は、某は独楽殿を本気で殺すつもりで戦っておった。あの場なら勢いで独楽殿を斬り殺してとて自然な流れでござったからな。非難はされるであろうが、な」

「本当にかなり本気でしたよね、あれは。実際に死ぬかと思いましたよ。こちらも本気で行かないと太刀打ちできませんでした」


 笑い事ではないのだが、事実、少しでも気を抜いていたら無事では済まなかっただろう。

 引き分けに出来たのは、天津の虚をつけた事が大きい。

 動揺も何もない状態の天津であったら勝負はどうなっていたか分からない。

 独楽の言葉に天津はクッと笑った。


「――――いっそ、あの時に殺してくれていたら、良かったのでござるがな。其方は命の遣り取りに甘すぎる」


 自嘲に頬を歪める天津に、独楽が言葉を詰まらせた。 


「阿呆」


 その時、唐突に天津の頭が背後から扇子でスコンと叩かれた。

 音の割には痛みはなかっただろうが、反射的に天津はそこを手でさすり振り返ると、そこには呆れ顔をした若利が立っていた。

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