第33話 伊達に酔狂 5

「魔獣も神雷結界も、何もかも俺一人で対処出来ればと思うくらいには、恐ろしいさ」

「……若様」


 独楽だけではなく、その場にいたイナカマチ区画の住人達もそれぞれに小さく呟いた。

 彼らの様子を見る限り、恐らく若利は「そういう事」をあまり口にはしないのだろう。

 そんな若利の足元では、信太がぴょんと跳ねて、


「信太はお化けが恐ろしいです」


 と言った。お化け、と聞いて独楽は目を瞬く。

 信太の言葉を聞くと、小夜や住人達も、


「わたしもお化け怖い……」

「わしは母ちゃんだなぁ」

「お前は飲みすぎて怒られるんじゃろうが」

「あたしは毒蛇ねぇ」

「お前がすでに毒蛇みたいじゃねぇか」

「何ですって!」


 などと、あれが怖い、これが怖い、と口にし始めた。

 やがて「いやいや俺の方が」「何を言うのよ、あたしの方が」などと競い始める。

 流れで始まった怖い物合戦に、独楽はただただ目を丸くするばかりだ。その呆けた顔が面白かったのか、若利はくつくつと笑う。


「皆、恐ろしいものがあるだろう?」

「……ですが」

「――ああ、まどろっこしい」


 煮え切らない言葉を繰り返す独楽に、業を煮やしたの天津だった。


「独楽殿は少々、自意識が過剰なのではござるか?」


 天津は、フン、と鼻を鳴らして話に割り込む。心なしか顔が赤くなっているようにも見えた。


「某と勝負するでござるよ、独楽殿」

「しょ、勝負ですか?」

「某が勝てば独楽殿など恐れるに足らん! と皆にはっきりと分かるであろう? 独楽殿が勝てば、某が何でも好きな物を作ってやろう」

「はい!?」


 唐突に持ち出された勝負に、独楽が目を白黒させる。意味が分からない、と慌てる独楽だったが、


「ああ、それは良いな、許す」


 と若利が面白そうに頷いて承認してしまった。独楽はぎょっとして目を剥く。


「何が良いと!? っていうか、甘栗さん、ちょっと酔っぱらっていませんか!?」

「某はあんなちょびっとの酒くらいで酔っぱらったりなどせぬ!」

「え? さっき一升くらい開けてたような……」

「完全に酔っ払いじゃないですか!」


 明らかに『ちょびっと』ではない酒の量を聞いて独楽が頭を抱えた。若利は「まぁ祭りだからな」とカラカラ笑う。


「独楽の恐れの正体がそれ、、ならば、別に良い事ではないか。それに、きみが勝てば何でも食べ放題だぞ?」

「うぐう」


 若利の言葉に独楽は言葉に詰まる。そしてどう断ろうかと考えている内に、


「勝負です?」

「なら、村の広場が、ちょうど空いてるなぁ」

「ギャラリーいっぱいでござるな、やる気が出るでござる!」


 と、あれよあれよと場所まで確保されてしまった。外堀を埋められて独楽と方に暮れた顔になる。


「いや、あの、ちょっ、あれ? 何でこんな話に?」

「いいから」


 あたふたとする独楽の口に、若利はイカ焼きを躊躇なく突っ込んだ。


「あふい!」

「焼きたてだからな」


 涙目になる独楽の肩を、若利はポンと叩く。


「今日は祭りだ、めいっぱい楽しめ、独楽」


 そうしてニッと笑う。

 鬼がいると独楽は思った。

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