第34話 伊達に酔狂 6
祭り提灯によって彩られた広場には、事情を聞いたイナカマチ区画の住人達が集まっていた。
住人達は缶ジュースやビール、焼きそばなどを用意して、すっかり観戦ムードである。すでに一部では酔っぱらって、顔を真っ赤にしている者もいた。
「何だってこんな事に……」
独楽は沈痛な面持ちで、大勢のギャラリーを見ながら呟いた。
「まぁ、良いではないか良いではないか」
「若様、それ悪代官の台詞ですよ」
「ふむ、悪代官か。それならばここはひとつ、帯回しでもするか?」
「結構です」
悪乗りする若利に、独楽は肩をすくめた。そうしていると、天津が準備を終えたようで独楽に声を掛ける。
「さて、そろそろ時間でござるな。準備は出来てるか、独楽殿?」
「ああ、ええ、もう好きにして下さい……」
独楽が投げやりに答えると、天津は「うむ」と頷いた。先ほどよりも顔の赤みは薄れている。まだ酔いはあるだろうが、酒には強いのか天津の足取りはしっかりとしていた。
「神雷を好きに使ってくれて構わぬでござるよ。某も本気で行こう」
「本気と言われてもな……」
そう言われてどうしたものかと考える独楽を他所に、審判である若利が扇子をパン、と閉じた。
「それでは両者、準備は良いようだな」
「はい」
「うむ」
独楽は力なく、天津ははっきりとした声で応える。二人は広場の真ん中まで歩き、それぞれに距離を取って立つ。そしてお互いに向かい合うと、独楽は錫杖を構え、天津は刀の柄に手を当てる。
審判役の若利は、二人の様子を確認すると手に持った扇子を天高く掲げた。
「それでは――――始め!」
そして高らかに試合開始を宣下する。
その声を聞いて先に動いたのは天津だった。
「こちらから行かせてもらうでござるよ!」
すらりと刀を抜き、地を蹴り、独楽に向かって突進する。そして上から刀を力任せに振り下ろした。
「ぐっ」
独楽は天津の一撃を錫杖で受け止める。その威力と衝撃に、錫杖の金の輪と烏玉が揺れる。シャン、と鳴る涼やかな音とは正反対に、独楽は顔を歪めた。
天津の力が強いのだ。
「こ、んの!」
たまらず独楽が神雷壁を発動させる。キィン、とを立てて現れた円状の半透明な盾が、天津の刀を押し返す。
だが天津は押し返されても、押し返されても、攻撃の手を緩めなかった。力任せに振り下ろされ続ける天津の攻撃に、気が付けば独楽は防戦一方になっていた。
「その程度でござるか、独楽殿の力は!」
何度も何度も振り下ろされる天津の刀に、神雷壁にヒビが入り始める。基本的に神雷は物理では破る事が極めて難しい代物である。にも関わらず、天津の攻撃は独楽の神雷を押しているのだ。相当の馬鹿力である。独楽がギリ、と奥の歯を噛みしる。
「この程度で某の刀を防ごうとは、片腹痛い!」
天津が怒鳴り、力任せに神雷壁を薙ぎ払う。その一閃が独楽の神雷壁を粉々に打ち砕いた。
砕け散った神雷壁の破片が、硝子のように独楽と天津を映す。驚愕に目を見開く独楽に、それでも天津は止まらない。
「独楽殿、御免!」
天津は独楽が体勢を立て直すより早く、その体を蹴り飛ばす。独楽の体は大きく飛び、勢い良く屋台へとぶつかった。
「ぐう……!」
ぐしゃりと壊れた屋台の中で、独楽は顔をしかめ、蹴られた脇腹に手を当てる。
「独楽さま!」
信太の悲鳴が上がる。駆け寄ろうとする信太を、小夜が抱き上げて止めた。住人たちからも「少しやり過ぎでは」という声もちらほら聞こえ始める。
「若様……」
小夜が独楽と天津を見ながら、心配そうに若利に声を掛ける。だが若利は止めようとはせず、
「大丈夫だ」
と、真っ直ぐに二人を見つめたまま言った。
若利の視線の先では、目に殺気を孕んだ天津と、倒れたままの独楽の姿がある。
独楽は「馬鹿力め……」と咽ながら体を起こした。その口からたらり、と赤い血が滴った。屋台にぶつかった時に歯で切ったのだろう、口の中に広がる鉄の味に顔をしかめたながら、独楽は服の袖で口元を拭った。
「ああ、くそ。何でこんな事になっているんだ、本当……」
痛む脇腹に手を当てて、独楽はきつく目を閉じた。
「……脇腹は痛いし、体のあちこち痛いし、何かもう痛いづくしですよ……ああ、でも」
でも、石を投げられるより痛く感じないのは何でだろう。
独楽がそんな事を思った時、独楽の耳に声が届いた。
「独楽さまー! がんばれーですー!」
「独楽せんせー! がんばれー!」
信太と小夜が独楽を応援する声だ。独楽は目を開けてそちらを見る。
両手を握りしめ、小さな体を揺らしながら、信太と小夜が声を掛けてくれているのが見えた。
その声はだんだんとギャラリーに広がって行く。あちこちから独楽を「頑張れ」と応援する声が聞こえた。
「がんばれー!」
「無理すんじゃないぞー!」
独楽は何か言いかけて口を開ける。だが上手く言葉にならなかった。
目の奥にせり上がってくる熱を感じながら、独楽は壊れた屋台の中でゆっくりと立ち上がる。
その独楽の表情を見た天津の口元が少し上がった。
――――その、瞬間だ。
唐突に、天津の目の前に、獣の耳と尻尾を生やした――――半獣姿の独楽の姿があった。
天津がぎょっとして目を見開く。
一瞬だ。一瞬で、独楽があの距離を詰めたのだ。
独楽の振り下ろす錫杖を、天津はギリギリで受け止める。錫杖と刀がギリギリと鳴った。
「ぐっ」
ここへ来て初めて天津の顔が歪む。先ほどと比べて独楽の力と、速度が増しているのだ。
「なるほど、これは厄介でござるな!」
天津は力任せに独楽を振り払って距離を取る。
弾かれた独楽は、すう、と柔らかい動作で地面に着地した。ふっさりとした尻尾が優雅に揺れる。
「まさか神雷壁を砕かれるとは思いませんでした」
「某には神雷がないのでな。刀一本で戦える術を学んだ結果でござる」
神雷というものは、生身でどうこうできるものではない。性質が違うのだ。どちらかと言えば神雷は自然現象に近い。神雷を生身でどうこうしようなど、生身で落雷に撃たれに行くようなものだ。
それを天津は行っている。恐らく相当に努力を重ねたはずである。独楽は素直に感心した。
「獣人は一部でも獣の姿を取ると、神雷が使えなくなるんですよ」
「そんな情報を某に話して良いのでござるか?」
「いえ、礼儀だと、思いまして」
独楽の言葉に、天津は目を丸くする。そうした後で豪快に笑った。
「はっはっは! それは、律儀でござるなぁ」
笑う天津に、独楽は言う。
「バケツプリンが良いですね」
「急に何でござるか?」
「ほら、勝ったらのアレですよ」
「もう勝った気でござるか? なかなか自信家でござる、な!」
横一閃、天津が刀を薙ぐ。独楽は錫杖でそれを受け止めた。
ギリギリと競り合う中、独楽と天津はごくごく普通に会話を続けている。見ている側が「試合中に何をやっているんだ?」と思うくらいに、普段通りの日常会話だ。
「目標があった方がやる気が出るアレですよ! あ、ついでにきつねうどんもお願いします」
「増えた!?」
「一つとは言っていないですから、ね!」
今度は独楽が錫杖を力任せに振い、天津から距離を取る。弾かれた天津だったが、直ぐに体勢を立て直し、刀を構えた。
気が付けばちょうど最初に二人が立っていた位置に戻っていた。仕切り直しだと言わんばかりに、二人は静かに得物を構える。
「では」
「いざ」
短く言葉を交わした後、二人は同時に地を蹴った。
最後の勝負だち、誰の目にも分かった。錫杖と刀、二人は武器を振りかぶる。
――――次の瞬間、高い高い音が鳴り響き、錫杖と刀が宙を舞った。
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