第24話 東雲の商人と夏祭りの準備 3

 東雲の商人が訪れてから二日後の、夏祭りの前日。独楽たちは朝から祭りの準備を手伝っていた。

 会場の整備に屋台の設置、機材の運搬に周辺の見回りなど大忙しである。

 その中でも、特に大活躍なのは天津だった。


「わー! 甘栗さん、上手!」


 屋台の設置はもちろんの事、掃除に裁縫、料理まで、さらっと一通り何でもこなしてしまうのだ。破れかけた法被や垂れ幕など、あっという間に治してしまうものだから、祭りに関係のないものまで頼まれていた。だが天津は嫌な顔一つせず、むしろ楽しそうな顔で縫っているのが独楽には印象的だった。

 裁縫だけではなく、天津は料理の腕も素晴らしかった。昨晩は小夜の代わりに天津が夕食を作ったのだが、この材料でどうしてこれが出来るのだ、というくらいに味も量も良く、独楽と若利は競うようにおかわりをしていた。

 美味しかった。満腹だった。

 だがそれはそれ、これはこれである。

 本日、天津のスペックの高さを改めて目の当たりにした独楽は、


「何かこう、敗北感を感じる……」


 などと呟いて落ち込んでいた。

 独楽も独楽なりに裁縫や掃除は出来る方だが、基本的には器用貧乏なタイプである。特別素晴らしいというものはないが、平均的にそれなりにこなせるという方なのだ。こと神雷以外に関しては、これと言って突出したものはなかった。

 それを不満にも思った事はないが、僅かな違いとは言え天津は独楽にとっては後輩である。後輩に颯爽と距離をつけられた事に、地味にショックを受けていた。


「何、独楽殿には神雷があるでござろう? あれは某では使えぬでござるよ」


 はっはっは、とフォローするように天津は言う。独楽の耳には僻みによるものか、若干、優越感が混ざっているように聞こえた。

 独楽が「ぐぬぬ」と唸っていると、ふと天津の足元に、騒がしさにつられて出て来たのか、ネズミがチョロチョロと現れた。食事事情が良いのか、なかなか体格の良いネズミである。


「おや、ネズミ」

「ヒィ!」


 独楽がそう言うと、天津は悲鳴を上げて小夜の背中に隠れてしまった。そして青い顔でぶるぶると震えている。

 それこそ体格の良い男が急に怯えだすものだから、独楽たちはぎょっとして目を丸くした。


「女の子の背に隠れるとはみっともないぞ」


 そう若利は言うが、天津は首をぶんぶんと振って、


「某、ネズミと犬は大の苦手でござるぅぅぅ!」


 などと情けない声を挙げた。ネズミが近づく度に悲鳴を上げている所を見ると、本人が言うように相当に苦手意識があるらしい。

 ネズミを前に天津が慌てふためいていると、パサリ、とその懐から何かが落ちたのが見えた。

 金色の金属で出きた栞だ。鳥の細工がされた凝ったデザインである。とても美しいが、天津が持っているには少しイメージと違った。似合わないというわけではないが、もう少し和風のデザインの方が似合うなと独楽は思いながら栞を拾う。


「…………あれ」


 手で持った時に、少し違和感を感じて独楽は首を傾げた。ただ、初めて見たはずのそれが、どうにも気になったのだ。

 だが幾ら考えてみても思い出せない。どこかで見た事があったろうかと、そんな事を考えながら、独楽は天津に差し出した。


「甘栗さん、落としましたよ」

「うむ? おお、これはかたじけない」


 天津は小夜の背から顔を出すと、独楽から栞を受け取って懐に戻した。

 そんなやり取りをしている間に信太がネズミを追い払う。えへん、と胸を張る信太に、天津は救世主が現れたかのような眼差しを向けて拝み始めた。


「た、助かったでござる……信太殿は! 信太殿は某の救い主でござる!」

「きみは強いのかヘタレなのかよく分からんな」

「それがいわゆる『ぎゃっぷ萌え』という奴でござるよ」


 天津がキリッとした顔で、そんな事を言い出した。意味が通じたのは独楽と若利だけだ。信太と小夜は揃ってこてりと首を傾げた。


「いきなりえらい事言い出しましたよ、若様」

「どこで学んだのか聞きたいところではあるな」


 独楽と若利の反応は冷ややかだった。天津は二人の言葉に肩を落とし、


「しょっぱいでござる……」


 と項垂れた。そんな天津をかわいそうに思ったのか、彼の周りに小夜や、小夜と同じくらいの子供たちが集まって来て励ます。


「甘栗さん、元気出してー」

「ぎゃっぷ萌えが何なのか分からないけど、ファイトー!」

「ヘタレでも大丈夫だよー」


 だんだんと励ましているのか、塩を塗り込んでいるのか分からない感じになってきたが、子供たちの声に天津は元気を取り戻す。


「よーし! 某、頑張っちゃうぞー!」

「がんばれー!」

「がんばれー!」


 腕を振り回し、より一層やる気を出した天津に、子供たちは声援を送る。ふんふんと鼻歌を歌いながら作業を開始した天津の後ろを、子供たちがついていく。まるで雛鳥のようだ。それを見て、信太も真似してついていった。


「甘栗さん、子守りとか得意そうですね」


 その様子を少し羨ましく思いながら独楽が言うと、若利も笑って頷いた。


「ああ、そう言えば独楽。きみは作業の方はいち段落したのか?」

「ええ。どこか手伝いに行こうと思っていたところです」

「そうか。それなら、少し付き合ってくれ」


 そう言うと、若利は独楽に手招きして歩き出す。何だろうな、と思いながら、独楽もそれに続いた。 

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