第10話 イナカマチ区画の来訪者 10

 にやけていたパオロは抵抗する暇なくキリモミして飛んでく。それを見て若利がカラカラと笑って、独楽と同じように立ち上がった。信太はそんな二人の背後に回って、ぴょんと跳ねた信太が二人の縄を器用に噛み切る。


「信太は歯が強いんだな」

「えへん」


 褒められた信太は誇らしそうに胸を張る。若利はしゃがむと、その頭をポンポンと手で軽く撫でてやった。そして半眼になって独楽を見る。


「きみ、作戦は?」


 咎めるような若利の口調に、独楽はサッと視線を逸らす。リベルタ区画に捕まる前に話し合った作戦では、ひとま

ず捕まって隙を見て行動しよう、というものだった。


「隙は見ましたよ?」

「隙は隙でもこういう隙じゃない」

「独楽さまと若利さまは両思いです?」

「そっちの好きも違いますよ、信太」


 独楽達が呑気にそんな会話を続けていると、蹴り飛ばされたパオロがよろよろと体を起こした。上手い具合に顔にヒットしたようで、パオロの鼻からは血が垂れていた。パオロはポケットからハンカチを取り出すと顔にあて、不快そうに独楽達を睨む。


「いきなり蹴り飛ばすとは、女性らしさの欠片もありませんね」

「変態に女性らしさを語らてもね」

「誰が変態ですか、失敬な! 僕はただ、三度の飯よりも魔獣が好きなだけです!」


 パオロは心外な、と憤慨する。そして周りにいる部下に「ね!?」と同意を求めるが、部下達もそれぞれに多少思う所があったのかスッと視線を逸らした。地味にショックを受けたパオロは再び地面に倒れ込む。何だか可哀想になってきた若利は気遣わしげな笑顔を向けた。


「きみは部下と一度しっかり話をした方が良いぞ? 良かったら、場所を提供してやろうか……?」

「やかましい!」


 パオロが目を吊り上げて怒る。そして立ち上がりながら、腕に嵌めていた手袋を脱いだ。出て来たのは生身の手ではなく金色の義手で、それを見た独楽と若利は驚いた顔になる。


「義手?」

「ただの義手ではないようです。烏玉が嵌めこまれています」

「ええ、そうですよ。これは我が主からいただいた、何よりも大事なものです。――――あなた方ごときに使う予定はありませんでしたが、致し方ありません」


 義手を大事そうに撫でながら言うパオロに、独楽がちらりと若利を見る。


「ほら、あなたが怒らせるから」

「俺ではなくきみだと思うが?」

「みにくいなすりつけ合いです?」


 責任を押し付け合う独楽と若利を、信太が無邪気に一刀両断していると、二人と一匹を無視してパオロが烏玉に神力を込め始める。どうやらかなり怒っているようで、義手の烏玉にバチバチと迸る青白い光が、心なしか激しい。そしてギロリ、と独楽達を睨むと、


「神雷槍・裂!」


 と、神雷を発動した。パオロの周囲に無数の雷の槍が生まれ、ぐるぐると何度か回転した跡、弾丸のように独楽達に向かって襲って来る。

 ぎょっとした独楽は、近くに立っていたリベルタ区画の人間から錫杖を取り返すと、ガン、と底で勢いよく地面を突いた。そして若利と信太に自分の後ろに移動するように合図をすると、パオロと同様烏玉に神力を込める。


「神雷壁・盾!」


 キィン、と音を立てて光の盾が発動し、間一髪パオロの神雷を阻む。光の盾にぶつかって花火のように弾ける神雷の槍を見ながら、パオロが感心したように息を吐いた。


「ほう、イナカマチ区画の人間にも、まともに神雷を使える方が『まだ』いらっしゃったのですね」

「まだ? ……それこそ、まだわたしは正式にはイナカマチ区画の人間ではありませんよ」

「何?」


 パオロは意外そうに目を瞬いた。どうやら独楽の服装から、彼女がイナカマチ区画の人間だと判断していたらしい。そう言えば若利も和服だったな、と独楽は思った。


「わたしは一週間ほど前にイナカマチ区画にやって来たのですよ」

「一週間ほど前……? ……もしかして、イナカマチ区画にお電話をいただきましたか?」

「…………しましたね」

「電話、受け取りました」

「そうですか。ぶっ飛ばしてやる」


 義手の方の手を挙げてパオロが言うと、ぶわり、と独楽の毛が逆立った。


「ぶっ飛ばすですか、本当に物騒な方だ。ですが、他区画の人間ならば、なぜ若様に肩入れするのです? これはリベルタ区画とイナカマチ区画の問題であって、あなたに何の関係もない事です」

「関係がありますよ。だってわたしは求人に応募するために、ここまでやって来たのですから」

「理由が薄っぺらいですね。では、うちがイナカマチ区画よりも良い給料で雇いますと言ったら、いかがです?」


 パオロはにこりと笑って提案する。だがその目が笑っていない事は独楽も分かった。


「あなたはなかなかの神雷の使い手とお見受けしますが、一人でどうこう出来るものでもないでしょう? こちらは神雷使いが大勢いますし、言うなれば多勢に無勢です。ならば無理なんてせず、より良い条件を受け入れる方が賢い生き方ですよ」

「ふむ?」


 腕を組んでパオロの話を聞く独楽を、若利は静かに見守っている。即座に否定されなかった事に気を良くしてか、パオロは話を続けた。


「僕は我が主のために、イナカマチ区画の要石を手に入れる必要があるのです。ですから『まだ』部外者でしたら、邪魔をしないでいただきたい」


 要石とは、区画をこの世界に繋ぎ止める必要な、言葉通り要の石だ。要石がなくなればその区画は徐々に崩壊し、跡形もなく消え去る。簡単に言えば、世界と区画を繋ぐ磁石のようなものである。

 そして区画を奪うという事は、その要石を奪い神力で塗り替えて初めて『奪った』となるのだ。


「あなたの事情はどうでもよろしい」


 意気揚々と語るパオロに、独楽は小さく息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る