第11話 イナカマチ区画の来訪者 11
独楽はバトンのようにクルクルと錫杖を回すと、シャン、と地面を突いた。錫杖の金の輪が跳ねると同時に、烏玉がキラリと揺れる。
「お断りします」
そしてはっきりと断った。若利がほっとした表情になり、パオロが分かりやすくため息を吐いた。
「そうですか、残念です。そこまで愚か者だとは思いませんでした」
「愚かかどうかは置いておいて。……どんなに御大層な理由があろうと、あなたはただの侵略者。やりたい事やりにここへ来たなら、言い訳なんかするもんじゃありませんよ、このすっとこどっこい」
軽く首を横へ傾け、独楽はにこりと笑う。パオロの額に青筋が浮かんだ。
「見かけと同じく、随分とセンスのない言葉を使う方ですね」
「おや、これでも一張羅なんですけどね。ご不満でしたのなら仕方がない」
そう言うと、独楽が少し目を細め、フードを被った(、、、、、、、)。すると、ふわり、と風が吹いたかのように独楽の髪が波打ち、フードの下に隠れて獣の耳と尻尾が現れた。一瞬、何かが見えた気がして、パオロが怪訝そうに目を細める。
その瞬間、独楽は地を蹴り、パオロとの距離を一気に詰めた。
「な!?」
鼻と鼻が触れ合うか、触れあわないかの距離。パオロの眼前で独楽が悠然と笑う。月のような光る金の目に映る自分の姿に、パオロがヒュッと息を呑む。
同時に、独楽は握った錫杖を、ガンッと力強く地面に突き刺す。
「失礼!」
そして独楽は、その錫杖を軸に勢いよく回転し、その足でパオロを思い切り蹴り飛ばす。
「ぐあッ!」
パオロは再び吹き飛ぶと、木の幹に勢いよく背を打ち付けた。ざわめく部下達が、各々神雷の発動を試みようとする中、若利が独楽の名を呼ぶ。
「独楽! これを!」
そして独楽に向かって、烏玉を投げて渡した。独楽はスッとキャッチして、フードの下の獣耳と尻尾を引っ込める。
「これは?」
「神雷結界の烏玉だ! それを使え!」
独楽は投げ渡された烏玉を見る。独楽が錫杖につけている物よりも一回り大きい烏玉だ。しかもただ大きいだけでなく、まるで星を閉じ込めたかのような光沢に、それが質の良いものであると瞬時に独楽は理解した。
「ありがたくお借りします!」
頷くと、独楽は烏玉に神力を込めて行く。すると、僅かに空が震えた様に錯覚した。
「ん?」
何かおかしいな、と思いながら独楽は見上げながら神力を込め続ける。すると、烏玉の周りからぶわり、と半透明な光の壁が現れた。烏玉を中心にしてドーム状にその光は――――神雷結界は独楽達の周りを越えて広がって行く。
「あれっ」
そんな中、独楽は素っ頓狂な声を上げた。思っていた神雷結界の反応と違うからだ。
「ナゼ」
頭の上に疑問符が浮かぶも、今さら止められるはずもなく。神雷結界は独楽の意志とは正反対に、ぐんぐん広がり、パオロ達の方へと迫って行く。
「は、え!?」
「ぱ、パオロ様! これ、何か……うえ!?」
神雷結界に触れたパオロや、パオロの部下達は、独楽達とは違ってその壁をすり抜ける事なく、ぶつかってどんどん押し出されて行く。
「ちょ、えっ待って、あれっ」
あっという間に遠ざかり、聞こえる声も小さくなっていくリベルタ区画の人間達を、独楽はポカンした顔で見送る。もう安全だという事が分かった信太は、独楽の足元までテトテトと歩くと、何やら楽しげに尻尾を揺らす。
「お、お……覚えてろ!」
最後に聞こえたのはその言葉だった。古くからの悪役お決まりの捨て台詞を吐いて、パオロ達は米粒ほどになり、やがて見えなくなった。
「うむ、オーソドックス」
「……何だかえらい事になりましたが、何ですか今の」
「うむ、あれがさきほど話したイナカマチの守りの要だ」
「あー」
合点がいったように独楽は数回頷いた。どうやらあの神雷結界は、結界を使った相手に、悪意や敵意があるものを阻むタイプの神雷のようだ。
「感謝するぞ、独楽。見事な神雷結界だ」
「もしかして確信犯ですか?」
独楽が半眼になって言うと、若利は楽しげにカラカラと笑った。
「こうなれば良いとは思ったが、思った以上に神雷の使い手だったようで、俺は嬉しいぞ」
「褒められているはずなのに素直に喜べないのは何故なのか」
こめかみを抑える独楽に、若利はスッと頭を下げた。
「二度目だな。改めて礼を言わせてくれ。イナカマチ区画の区画主として、奴らを区画から追い出してくれた事、感謝する」
区画主とは、いわゆる村長だとか、市長だとか、そういう代表者の事だ。区画にはそれぞれ区画主と呼ばれる役職の者がおり、彼らが区画を守っている。「守る」とは政治的な意味だけではなく、区画をこの世界に意地するため、という物理的な意味も含まれているのだが。
「あなたが……区画主、ですか?」
区画主、と言う所で独楽は意外そうに目を丸くした。若利が区画主に見えない、というよりは、区画主が若利だった事自体に驚いているようだった。
「ああ、そうだ。だからな、独楽。先ほどきみがいった、求人の件だが――――きみがまだ心変わりしていなければ、是非雇わせてもらいたい」
若利は独楽の目を真っ直ぐに見つめ、手を差し出した。独楽は僅かな間の後で、若利と、差し出された手を交互に見た後、その手を握る。そしてニコリと笑った。
「こちらこそ、よろしくお願いします。有難いですし、ついでに乗りかかった船でもありますからね!」
「海苔がかかった船は美味しいです?」
「船は食べられぬと思うぞ」
無邪気に尋ねる信太に思わず噴き出しながら、独楽と若利はカラカラと笑ったのだった。
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