第8話 イナカマチ区画の来訪者 8
「独楽さまー、それでは約束のお時間は過ぎても大丈夫です?」
「ええ、大丈夫です。大丈夫じゃないんですけれど、大丈夫です。ぶっ飛ばしてやる」
怒りが冷めやらぬ独楽は、卑屈な表情で物騒な事を言ってのけた。空腹や迷子になった際のやりきれない感情が、全てリベルタ区画に向かったようだ。
「あっはっは。しかし、そうか、きみはそのチラシを見てここへ来たのか。もしや、就職希望か?」
「はい、就職希望でした。就職希望でした。ぶっ飛ばしてやる」
繰り返し付け加えるあたり、相当腹に据えかねているようだ。独楽の様子に若利は苦笑する。
「ありがたいが、実に酔狂だな、きみは」
「おや、ご自分らで募集をしておいて酔狂とは、結構な言い草」
「いや、このご時世に珍しいな、と思ってな」
「まぁ、そうですねぇ。そうかもしれませんけれど、結構、死活問題だったんですよ」
「独楽さまは前のお仕事をクビになったんです」
「あっこら、信太! しー! しー!」
「ほうほう、クビか。何をやってクビになったのだ?」
「……………………ちょっと、大喧嘩を、ですね」
独楽の言葉に若利は噴き出す。
「先ほどといい、見かけによらず血の気が多い奴だ」
「う、うぐう……」
「まぁ、いいさ。何かあったのだろう。……ところで、きみはイナカマチ区画に入る時、何ともなかったのかな?」
「え? ええ、別段何も……信太は何かありましたか?」
「信太は信太になりました」
「深いな」
尋ねたら帰って来た哲学的な言葉に若利は感心し、独楽は「これもわたしのせいか」と頭を抱えた。
「まぁ、いい、それならいい」
「はあ」
「独楽さまは酔狂、信太は覚えました」
「しまった、信太の認識を上書きせねば」
「あっはっは。――――して、独楽よ。そのチラシで募集しているのは守り人だが、きみはそれが出来るか?」
「元々そういう仕事をしていたので。――――そうですね、守りの神雷なら得意です」
「そうか、それは重畳」
若利は頷く。その言葉に、独楽はもしかしたら若利はイナカマチ区画の重役なのか、とふと思った。
「俺は今、そのリベルタ区画の連中に追われている」
「……ん? あれ? 追われているなら、こんな所で呑気に焚火なんてしていて良いんですか?」
「いいや、まったく良くないな」
若利はにっこり笑って首を振る。
「え?」
「独楽さま、足音が聞こえて来ます」
「うむ、追手だな。焚火の煙を見て、ここへ向かっているのだろうよ」
「はい!? いやいやいや、お腹膨れて大変助かったんですが、何をやっているんですか!?」
「賭けだよ」
若利は目を細め、ニッと笑う。
「この状況で見つかれば、きみ達も一緒に捕まるだろう。捕まらないためにはどうするか、二択だ」
そして独楽の前にびしり、と指を二本立てて、提案する。
「そのチラシを見て奴らと話したならば、きみを味方に引き込もうとするかもしれん。そうすれば捕まらないのではないか?」
「もう一択は?」
「奴らをうちの区画から叩き出す」
若利は独楽を真っ直ぐ見る。
「見ず知らずの者を躊躇いなく助けたきみのお人好しっぷりに、俺は賭けた。――――イナカマチ区画から奴らを追い出したい。どうか助けて欲しい」
若利は独楽に向かって深々と頭を下げた。信太は独楽を見上げる。
「……あなたは真っ直ぐに“助けて”と言えるんですね」
「本当に助けが欲しいと思ったなら、ちゃんと言葉にしなければ、だれにも伝わらん」
恩人の言葉と同じそれが返って来て、独楽は何だか嬉しくなって破顔して笑った。
「懐かしい言葉を聞きました。もちろんですとも、協力しましょう。それに元々はわたし、イナカマチ区画の守り人募集のチラシを見てここへ来たわけですから。来て早々に、簡単にここがなくなっては困ります」
その言葉に若利はバッと顔を上げた。
「……! よろしく頼む」
「よろしくお願いします。――――それで、作戦などはありますか?」
「ああ。実はこのイナカマチ区画にはな、他の追随を許さぬ、守りの要があってな――――」
独楽と若利が話をした、少し後。二人と一匹を大勢のリベルタ区画の者が取り囲んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます