第935話 変身シーンなんてアビリティで再現できるものだったっけ?

 結衣のパーティーがリルに連れられて戻って来た。


 マロンはカームと目が合ったが、特に負けたから悔しいという態度は見せず、デザート大盛りの権利を貰えて喜んでいたこともあって何も起きることなく自席に戻った。


 大会議室にいるモフモフ同士の視線なんて知らない睦美は、スクリーンの向こうでタイムアタックに備えて従魔を召喚していた。


 まずはファガンのメリエルに<着脱自在デタッチャブル>を発動させる。


『変身』


『OK』


 メリエルが光に包み込まれた状態のまま睦美と合体し、変身ヒーローの変身シーンがスクリーンに映し出される。


 (変身シーンなんてアビリティで再現できるものだったっけ?)


 藍大は自分の知っている<着脱自在デタッチャブル>に変身シーンが介在しなかったため、これはどういうことなのかと首を捻った。


 ”ホワイトスノウ”のドローンは撮れ高最優先なのか、変身シーンを芸術的に仕上げるようなカメラワークをした。


 光が収まった時には、睦美の姿が紫のボディに青い分岐線の浮かび上がった6本腕の女型機動天使と呼ぶべき見た目になっていた。


 変身後に睦美はカメラ目線で口を開く。


『説明しよう。メリエルはニチアサの戦隊ものの変身バンクを気に入ってしまい、自分の<着脱自在デタッチャブル>で真似するようになったのだ!』


 睦美は大会議室で視聴している他の参加者向けに自発的に説明した。


 睦美の準備はまだまだ続く。


「【召喚サモン:ディガンマ】【召喚サモン:アトゥ】」


 今は機動戦士形態のリュージュのディガンマに加え、ジャンクパラディンのアトゥも騎士形態で登場した。


 2体の従魔を召喚した後、睦美は機動戦士形態のディガンマのコックピットの中に入り込んだ。


 (ちょっと待て。何かやらかす気配がして来た)


 藍大がそう思ったのと同時に、茂が無言で胃薬を飲んだので何か起きるのは確定事項だ。


 もっとも、茂の飲んだ胃薬は症状が軽い時に服用するものだったから、軽くヤバい程度なのだろう。


 アトゥが闘技場ダンジョンのボス部屋の扉を開けた途端、ディガンマが<魔攻城砲マジックキャノン>を部屋の中に撃ち込んだ。


 今までの参加者の中でボス部屋の外から攻撃を仕掛けた者はいなかったけれど、タイムアタックは1階のボス部屋の扉を開けたタイミングから時計の針が進むのでルール上は何も問題がない。


 ロボットアニメの宇宙船から発射される砲撃を部屋の外から受けてしまえば、部屋の中にいたフロアボスは準備もできないままそれをまともに喰らってしまった。


 睦美達がボス部屋の中に入った時、1階のフロアボスだったスフィンクスフレームは一撃で半分以上HPを削られていた。


『全員ちゅぐあぁぁぁぁぁ!』


 <絶対注目アテンションプリーズ>からの<謎解強制リドルフォース>を決めようとしたが、<絶対注目アテンションプリーズ>が発動する前にディガンマの二度目の<魔攻城砲マジックキャノン>を受けたせいでスフィンクスフレームのアビリティが発動しなかった。


 それでも、<自動再生オートリジェネ>のおかげで辛うじてHPが残っていたため、三度目の砲撃を受ける前にスフィンクスフレームはどうにか<謎解強制リドルフォース>を決める。


『三択問題。STRとINTが高い相手に対してぶつけるならどの能力値が高いモンスターが良いか。①VIT②AGI③LUKのいずれかから理由も含めて10秒以内に答えよ!』


『答えは②! 当たらなければどうということはない!』


『正かっ』


 今回スフィンクスフレームが出した問題だが、答えに対して根拠がしっかりと説明できていればどれを選んでも正解になった。


 ディガンマの中にいる睦美が回答し、それに対して正解とスフィンクスフレームが言い終わる前にアトゥがキリングブレードでスフィンクスフレームの首を斬り落とした。


 これは<謎解強制リドルフォース>によって回答したことで拘束が途切れる仕様を突いての戦術だ。


 使用者が正解と判断した時点でその全能力値が半減するから、HPが残り僅かだったスフィンクスフレームはとどめを刺されて力尽きた。


 ディガンマが<解体デモリッション>で素材をさっさと解体したので、それをアトゥが<無限収納インベントリ>にしまい込んだ。


 1階での戦いと戦利品回収を5分で終わらせた後、睦美のパーティーは2階に移動した。


 2階のボスに対しても、睦美の作戦は変わらずアトゥが扉を開けた瞬間にディガンマが<魔攻城砲マジックキャノン>を撃ち込んだ。


 睦美達を待ち構える2階のフロアボスはサーディンソードアーミーであり、群体を構成する一部はディガンマの砲撃で消失したけれど、生き残った者達で再び集まって剣を模った。


 それでも最初よりワンサイズ小さくなっており、サーディンソードアーミーが来訪者に与えるインパクトは減っているのは間違いない。


 小回りの利く群体はディガンマに乗ったまま戦うのが難しいので、睦美はディガンマのコックピットから出て来た。


 そして、宙に浮いているサーディンソードアーミーに向かって6本の腕それぞれで<深淵拳アビスナックル>を放った。


 AGIで負けていることから、サーディンソードアーミーは睦美の攻撃を躱すことができなかった。


 それもあってサーディンソードアーミーが模る剣のサイズが更に小さくなり、睦美の攻撃した後にアトゥが<重力支配グラビティイズマイン>で残りを地面に墜落させた。


 効果対象の数が減ったため、アトゥが1体あたりにかけられる重力が大きくなった。


 そのおかげで動かない的と化したサーディンソードアーミーに対し、睦美が<緋炎拳クリムゾンナックル>で核となる個体を倒して戦闘が終わった。


 (これはマルオよりも早いタイムになりそうだ)


 手元の時計で18分を過ぎたところだったので、藍大はスクリーンを眺めながらそのように予想した。


 マルオも同じように思っていたのか、ヤバいとか記録が抜かれるとか言いながらそわそわしていた。


 落ち着きのないマルオを見てイラっとしたらしく、ローラがマルオを抱き締めてその顔を自分の胸に埋めさせる。


「私の胸で落ち着け」


「落ち着いた。落ち着いたから離れて。人前でこれは恥ずかしい」


「正論だね。だが断る」


「なん・・・だと・・・」


 マルオはローラが自分を落ち着かせる名目で堂々とイチャイチャするつもりだったと知り、ローラの作戦に戦慄した。


「主、イチャイチャで負けるのは認められない」


「サクラばかり狡い。私も~」


 マルオとイチャイチャするローラを見て羨ましくなったため、サクラが藍大の腕に抱き着いた。


 舞もこれ以上は見過ごせないと対抗して反対側から藍大に抱き着いた。


 リルだけが藍大の膝の上でおとなしくしているけれど、藍大が撫でやすいようにこっそり体の向きを変えている。


 大会議室で逢魔家と丸山家の女性陣が張り合っている一方、睦美達は3階にやって来て三度同じ方法でフロアボスに部屋の外から攻撃していた。


 ところが、三度目の攻撃はフロアボスに当たらずに終わった。


 何故なら、フロアボスのズメイが<霧回避ミストドッジ>で回避したからだ。


 ディガンマの<魔攻城砲マジックキャノン>を避けた後、ズメイは三つ首竜の姿に戻ってそれぞれの頭から<暗黒吐息ダークネスブレス>を放った。


 ディガンマは再度<魔攻城砲マジックキャノン>で敵のブレスをかき消し、睦美は<隆起岩踏バルジスタンプ>で前方に厚みのある岩を隆起させて壁にした。


 アトゥは<獣型形態ビーストフォーム>を発動してブレスを躱し、隙だらけだったズメイの右側の首を口に咥えていたキリングブレードで斬り落とした。


『首がぁぁぁぁぁ!』


『治ったぁぁぁぁぁ!』


 ズメイは斬り落とされた首を<血液支配ブラッドイズマイン>で血を操作して拾い上げ、<自動再生オートリジェネ>でくっつけて元通りになった。


『鬱陶しい個体ね』


 首を斬られたことを嘆いたのかと思いきや、治ったことをアピールするズメイに睦美はイラっとした。


 ズメイはおふざけをそこまでにして、小回りの利かない三つ首竜の姿から<吸血鬼化ヴァンパイアアウト>を発動して変身する。


 白雪達と戦った個体とは異なり雌だったらしく、その見た目はイリュージョンでもやりだしそうな女マジシャンだった。


『ディガンマ、薙ぎ払え!』


『イリュージョンです』


『もう一度!』


『イリュージョンです』


『まだまだ!』


『イリュージョンです』


 ズメイは睦美達をおちょくるように<霧回避ミストドッジ>でディガンマの攻撃を避けては決めゼリフを口にした。


 しかし、ディガンマと睦美に注意を向けていたことでアトゥを見失っていたズメイは背後からずぶりとキリングブレードで貫かれた。


 それに加えて<重力支配グラビティイズマイン>を発動したものだから、ズメイはキリングブレードを抜き取られた後も地面に押し付けられていた。


『成敗』


 睦美がズメイのボディに<紫雷鎧サンダーアーマー>で強化してから<深淵拳アビスナックル>を放ち、ズメイのHPが0になった。


 最後の戦いでズメイにくだらない時間稼ぎをされたことにより、睦美のパーティーの踏破タイムは35分46秒を記録した。


 この記録はマルオのパーティーの42分37秒を抜き、遂に1位が交代することになった。

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