第932話 お馬鹿なぐらいが丁度良い

 昼食はシャングリラリゾートのホテルで働く調理メイド型ホムンクルスによって用意されたものが振舞われ、一流ホテルのランチに並ぶ彼女達の腕前が魔神軍以外に衝撃を与えた。


 昼食後、タイムアタックはマルオのパーティーの番から再開する。


 マルオは元々召喚していたローラとポーラの他に、テトラとドーラ、メジェラを召喚した。


 ベルヴァンプのローラとビフロンスのポーラはマルオがよく連れ歩いているので認知度が高いが、残り3体の従魔はローラとポーラに比べて認知度が低いので改めて紹介しておこう。


 テトラはリビングガードナーであり、<着脱自在デタッチャブル>があるからマルオの鎧になって彼の身を守る。


 ドーラは骨化した翼を生やしたスパルトイフォールンスパルであり、空でも陸でも近接戦を仕掛ける。


 メジェラは吸血鬼の一種とされるモルモーであり、特に奇襲を得意としている。


 マルオはテトラを着込めば自分も戦えるけれど、ローラ達はマルオにできるだけ戦わせないように自分達が積極的に敵を倒す。


 いや、正確には我先にと敵に攻撃を仕掛け、自分はこれだけの敵を倒したんだとマルオに褒めてくれとおねだりするのが常なのだ。


『さて、目指すは1位だ。逢魔さんと勝負するのに時間はかけられないぞ』


『じゃあマスターは後ろでおとなしくしててね』


『当然ね。守るリソースを攻撃に回すんだから』


『え? 俺も攻撃に回りたいんだけど。その方が火力が上がるし』


『『駄目』』


『そんなぁ』


 ローラとポーラに後ろでおとなしくしていなさいと言われてマルオはしょんぼりした。


 (しょうがないさ。ローラ達はお前に傷ついてほしくないんだから)


 マルオがスクリーンに大きく映し出されているのを見て、藍大はマルオに同情したけどローラとポーラが正しいと思った。


 マルオは藍大と同じく転職せず覚醒した時からテイマー系冒険者だった。


 つまり、身体能力が前衛系の職業技能ジョブスキルを持つ冒険者とは異なって貧弱なのだ。


 今はテトラの<着脱自在デタッチャブル>があるから底上げされているけれど、回復手段がポーションのみのマルオのパーティーで戦力に余裕があるのにマルオが無茶をする必要はない。


 マルオもそれを理解しているから変にごねるような真似はせず、ローラ達の言いつけ通り後ろで指示やフォローをするだけにすると言った。


 それからダンジョンの中に突入してみると、重治が二度も戦う羽目になったヒュドラトレントが待ち構えていた。


『攻撃開始!』


『私が道を拓く』


 マルオの指示を聞いてローラは<血液支配ブラッドイズマイン>で2本の大剣を創り出し、<咲血薔薇ブルームブラッドローズ>を放って開戦早々にヒュドラトレントの枝を全て切り落とした。


 ヒュドラトレントの体に流れているのは血ではなく樹液なので、血の代わりに樹液がドバっと出て薔薇の花が咲く様子を演出していた。


 邪魔な枝の再生が始まる前にドーラとメジェラがヒュドラトレントの幹を攻撃し、樹皮がめくれてその中身が見えた。


『狙うはここ』


 ポーラは<深淵支配アビスイズマイン>で深淵の極細レーザーを放ち、ドーラとメジェラの攻撃で露わになった部分を撃ち抜いた。


『ぬぁぁぁぁぁ!』


 レーザーで撃ち抜かれたのは痛かったようで、耐久力と再生が自慢のヒュドラトレントが我慢できずに叫んだ。


『煩い』


 ローラは<血液支配ブラッドイズマイン>でいくつもの血の短剣を創り出し、ヒュドラトレントの傷口を狙って放った。


 剥き出しの傷口にこれでもかと攻撃が当たれば、ヒュドラトレントの再生が追い付かずにHPが尽きた。


『回収完了』


 枝は最初の攻撃で落とされていたため、ポーラが枝と幹をてきぱきと回収してみせたことで、戦闘開始から戦利品回収まで10分かからなかった。


 大会議室ではスクリーンに映し出されたマルオ達の戦いぶりを見て舞達が真剣な表情になる。


「やっぱりマルオ君達は火力が高いね」


「問題ないよ。私達はもっと手早く処理できる」


『10分かけないで踏破するのを目標にしようよ』


 (程々で良いぞ。下手をすると心が折れる人が出て来るかもしれないから)


 舞達の話を聞いて藍大は困ったように笑った。


 もしもリルが言った通りに10分で踏破しようものなら、参加者達の中で圧倒的な差を見せつけられて自信を喪失する者が出ないとも限らない。


 ボスラッシュタイムアタックは他のテイマー系冒険者にマウントを取るために開いた訳ではないから、藍大はやる気になってくれるのは良いけどやり過ぎないでと願った。


 藍大が舞達の話に苦笑している一方、マルオのパーティーは2階のボス部屋に足を踏み入れていた。


 2階のフロアボスはグレイヴマスターであり、マルオにとってはテイムのチャンスだった。


『マスター、念のために訊くけどテイムする?』


『雌じゃないからパスで』


 今日も今日とてマルオは清々しい程に欲望に忠実である。


『うん、知ってた』


『じゃあ、容赦なく倒せるね』


 ローラとポーラはやれやれと首を横に振るが、マルオがテイムしたいと言い出さなかったことにホッとしている。


 グレイヴマスターは<屍者召喚アンデッドサモン>を使える。


 そのアビリティを使い続ければ、マルオ好みのアンデッド型モンスターがいずれ召喚される可能性がある。


 もしも好みの個体が現れたなら、マルオはテイムしたいと言い出すかもしれない。


 それはローラ達がマルオを独占できる時間が減ることに繋がるため、ローラもポーラもマルオが<屍者召喚アンデッドサモン>の可能性に気づく前にグレイヴマスターを倒したいのだ。


『ぶっ壊す!』


『壊れろ!』


 ドーラとメジェラの攻撃も少なくないダメージを与えているのだが、ローラとポーラが与えるダメージは比べ物にならない。


 鬼気迫る表情のローラとポーラに対し、マルオはヒュドラトレントとの戦いよりも必死で戦う理由がわからず首を傾げた。


 グレイヴマスターは<屍者召喚アンデッドサモン>でボーンキマイラを大量に召喚して自分を守らせようとするが、どの個体もすぐに倒されてしまう。


 結果的に防戦一方でMPの尽きたグレイヴマスターはポーラに全方位から深淵の弾丸を一斉掃射されて力尽きた。


『ミッションコンプリート』


『これで一安心』


『お疲れ様。ローラとポーラはめっちゃ気合が入ってたけど何か気になることでもあったの?』


『賢いマスターは嫌いだよ』


『お馬鹿なぐらいが丁度良い』


『なんで!?』


 いきなり馬鹿な方が良いと言われればマルオはツッコまざるを得ない。


 もっとも、ローラ達は理由を答えてくれないのでマルオにはどうしようもないのだが。


 戦利品を回収したマルオ達は3階に向かう。


 3階に到着したマルオ達を待ち構えていたのは空に浮かぶ己の尾を噛む大蛇だった。


『やだー、どう見たってウロボロスじゃないですかー』


 マルオはウロボロスを見て大袈裟に反応した。


 そんなマルオを見てウロボロスが嘲笑する。


『おい、蛇風情がマスターを馬鹿にするな』


『お前の未来は決まった』


 マルオを馬鹿にされたことでローラとポーラがキレた。


 ウロボロスはだからどうしたと言わんばかりに<十億雨槍ビリオンランス>でマルオ達に攻撃する。


『チッ、面倒な』


 ポーラが自分達の頭上に大量の深淵の刃を創り出し、それらを回転させることでウロボロスの<十億雨槍ビリオンランス>を防ぐ。


 ウロボロスは自分の攻撃を防いだポーラを見て面白がり、いつまでそれが続くか試してやろうと<十億雨槍ビリオンランス>を連発する。


 そんなことをしていれば、ウロボロスの注意は自然とポーラに集まるので他の従魔達に対する注意が疎かになってしまう。


 それによって生じた隙を突き、メジェラがウロボロスの死角から奇襲を仕掛ける。


『キシシ』


 ニヤリと笑って<隠密刺突ハイドスタブ>を鱗の隙間に放ってみれば、ウロボロスは予期せぬ痛みに咥えていた尻尾を離して叫ぶ。


『ギャァァァァァ!』


『その悲鳴が聞きたかった』


 ウロボロスの<十億雨槍ビリオンランス>が中断した瞬間を逃さず、ローラが血の双剣を創り出して<咲血薔薇ブルームブラッドローズ>を発動する。


 派手に血の薔薇が咲き誇り、ウロボロスは空中でバランスを崩す。


 ドーラもウロボロスに接近し、ウロボロスの顎に掌底を喰らわせればウロボロスの脳が揺れて空を飛んでいられる余裕がなくなり、そのまま地面に落下した。


「串刺し串刺し♪」


 メジェラは落ちて来たウロボロスの鱗の隙間を狙ってガンガン<遅延刺突ディレイスタブ>を繰り出し、ウロボロスの動きを鈍らせた。


 再び空を飛びたいウロボロスだが、脳を揺らされたせいで体の上手く体を動かせず<全激減デシメーションオール>と<痛魔変換ペインイズマジック>、<自動再生オートリジェネ>に頼るしかない。


 防戦一方のデカブツなんてただの的だから、ローラ達の猛攻によってウロボロスは10分後には力尽きてしまった。


 ウロボロスが粘ったせいでマルオ達の踏破タイムは42分37秒になってしまったけれど、暫定1位だった雑食神のパーティーの記録を15分も縮めたので大会議室がざわついたのは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る