第930話 望みのボスモンスターと遭遇できるかどうかは運次第です

 リルが雑食神のパーティーを迎えに行くのと同時に重治を闘技場ダンジョンの前に送り届け、藍大の膝の上に戻って来た。


 雑食神は自分の席に向かう前に藍大に近付く。


「逢魔さん、おそらく次か次の次の挑戦が終わったら昼食ですよね。できれば私の雑食を一品振る舞わせていただきたいのですがどうでしょう?」


「すみません。昼も夜もホムンクルス達に用意してもらってますので、またの機会にさせて下さい。これから作るとなれば、雑食神が他の方々のチャレンジを見れなくなりますし」


「そうでしたか。残念です」


 藍大が雑食神から来るであろう質問に備えて用意していた回答を伝えれば、雑食神もそれを押し切ることはしなかった。


 事前準備の勝利である。


 サクラが周囲の参加者に見えないように小さくガッツポーズをしたのは内緒だ。


 藍大と雑食神の食事をかけた攻防が行われている間に重治は闘技場ダンジョンの前に選抜した従魔3体を召喚して準備を整え終えていた。


 重治のパーティーが1階のボス部屋に入ると、ヒュドラトレントが部屋の中心部にどっしりと待ち構えていた。


『ほう、ヒュドラトレントか。これは是非ともテイムしたい。みんな、プランCで頼む』


 重治は植物型モンスターであるヒュドラトレントをテイムすることに決めた。


 プランCは重治が事前に決めておいた大型モンスターをテイムする時の作戦であり、ヒュドラトレントをテイムするならぴったりだと言えよう。


 ちなみに、重治はヒュドラトレントの存在を闘技場ダンジョンで初めて知ったから、多少時間をロスしても確実にテイムするつもりだ。


 トレント系モンスターとして、エルダートレントのトーレスが重治の従魔の中にいるが、エルダートレントとヒュドラトレントでは同じトレントでも外見もアビリティも違う。


 加えて言うならば、トーレスは”アークダンジョンマスター”でダンジョンの外から出て来れない。


 それもあって重治はヒュドラトレントをテイムしたいと思ったようだ。


 ヒュドラトレントは文字通りヒュドラを模ったトレントであり、植物型モンスターでは極めて貴重な火属性アビリティも使える。


 また、ヒュドラの頭部を模った枝には体内の毒を凝縮した猛毒の棘が生えており、それに刺されれば戦闘は一気に不利になるだろう。


 カクタスキングのサボがヒュドラトレントの前に出て、<挑発乱打タウントラッシュ>を発動する。


 見た目はプロボクサー風に擬人化したサボテンのサボが素早くコンビネーションパンチを放ったことで、ヒュドラトレントはサボを鬱陶しい敵と認定した。


 ヒュドラの頭部を模った枝が次々にサボに襲いかかるけれど、サボの華麗な足捌きでヒュドラトレントの攻撃はいずれもサボに当たらない。


 サボにヒュドラトレントが気を取られている内にダニエルが死角から攻撃を仕掛ける。


『ここだね』


 最近ではMOF-1グランプリに参加するダニエルだが、別にモフモフだけが売りな訳じゃない。


 <遅延綿毛ディレイコットン>を発動したことにより、それに触れたヒュドラトレントの動きが鈍る。


 ヒュドラトレントの動きが鈍れば、サボは回避に専念せず攻撃に参加できるようになる。


 サボが<破壊正拳デストロイストレート>を発動すれば、ヒュドラの頭部を模った枝の先が1つだけ弾け飛んだ。


 ヒュドラトレントは当然のように<自動再生オートリジェネ>で破壊された枝を再生させるが、その動きは<遅延綿毛ディレイコットン>のおかげでゆっくりになる。


『その調子で枝を破壊するぞ。ダニエルも攻撃に参加してくれ』


『わかった』


 ダニエルは<植物支配プラントイズマイン>で種の砲弾を連射して攻撃に参加し、サボと共に枝を破壊していく。


『クララ、テイムに移るから動きを封じてくれ』


『わかったわ』


 クララと呼ばれた従魔はマンドラナギニと呼ばれる種族だ。


 雌のマンドラボアが進化を重ねた結果、上半身が人間の女性で下半身が蛇に見えるマンドラゴラの外見であるマンドラナギニになる。


 クララは<睡眠粉スリープパウダー>を発動してヒュドラトレントの体を覆うように青い粉を吹きかけた。


 体が大きいのでヒュドラトレントが眠りにつくまで時間がかかるが、動きが鈍った今なら反撃に怯えなくても良い。


 やがてヒュドラトレントの幹にある目が眠りによって閉じられたため、重治は従魔達に護衛されながらヒュドラトレントにプラント図鑑を被せた。


 遭遇からテイムするまでに15分程度かかったけれど、解体して回収する必要がないから重治のパーティーはそのまま2階に向かった。


 なお、プラント図鑑を被せられて異空間にいるヒュドラトレントは普段よりもダメージの治りが早い。


 それゆえ、タイムアタック中に召喚しなければ次に召喚した時には完治した姿で現れるだろう。


「重治さん良いなぁ。私の時もアビスクラーケンと遭遇したいなぁ」


 大会議室ではスクリーンを眺める理人が繁晴を羨ましがっていた。


 重治は蔦教士としてちゃっかり戦力を強化できたから、釣教士の理人は自分の番でアビスクラーケンと遭遇したいと願った訳である。


「望みのボスモンスターと遭遇できるかどうかは運次第です」


 理人が期待を込めた目でチラチラ見て来るので、藍大は言外に貴方のLUK次第だと伝えた。


「運次第ですか・・・。あまり自分のLUKは期待できないんですよね」


 理人がそんなことを言っていると、スクリーンの向こうでは2階を訪れた重治のパーティーが2体目のヒュドラトレントに遭遇していた。


『連続で同じボスが出ることもあるのか。いや、ランダムでボスが決まるならあり得なくはないのか』


 重治は思い込みで一度遭遇したフロアボスとは遭遇しないと考えていた。


 ところが、現実はそうならなかった。


 重治は藍大がルール説明でフロアボスがランダムで決まることは言っていたけれど、ダブらないとは明言していなかったことを思い出して苦笑した。


 これには重治が羨ましいと口にした理人もスクリーンを見て困ったように笑っていた。


 自分の番でも同じことが起こったら嫌だと思ったらしい。


 それはさておき、出て来てしまったものは仕方がないので、重治は気持ちを切り替えて2体目のヒュドラトレントを倒すことにした。


 同じ種族のモンスター、それもかなり大きなサイズだから2体は要らないと思ったのだろう。


『みんな、次は倒すぞ。プランBだ』


 プランBは素材を気にせず倒す作戦だ。


 素材を気にして倒す作戦はプランAであり、既にテイムしたヒュドラトレント相手に選ぶものではないと重治は判断していた。


 サボは最初からガンガン<破壊正拳デストロイストレート>を発動し、ダニエルは<植物支配プラントイズマイン>で地面から鋭い根をいくつも生やしてヒュドラトレントの体を削る。


 ヒュドラトレントもやられてばかりではないので、<破裂種弾バーストシード>で反撃を始めた。


 主にヘイトを稼いでいるサボとダニエルが狙われていたが、どちらも被弾することなく避けている。


 それどころかヒュドラトレントに近づき、自分が避けてヒュドラトレントの体に破裂する種の弾丸を当てるよう動いていた。


 これにはヒュドラトレントも怒り狂い、枝を無差別に地面に叩きつけて自分の周囲に集まる重治達に反撃した。


『クララ、対応できるか?』


『やってみる』


 クララは重治に声をかけられて<反射半球リフレクトドーム>を発動した。


 このドームに与えられた攻撃は反射されるため、ヒュドラトレントがヒュドラの頭部を模った枝で地面に与えた衝撃がそのままヒュドラトレントへと反射される。


 それによってヒュドラトレントが怯んだから、サボとダニエルが攻撃を再開してヒュドラトレントのHPを一気に削り切った。


 テイムよりも倒す方が時間のかかる相手であり、重治のパーティーが戦利品回収を済ませた時には大会議室のストップウォッチが50分を過ぎていた。


『流石に3階はヒュドラトレントじゃないと良いな』


 重治がフラグっぽく言ってしまったけれど、その願いは叶えられて3階のフロアボスはサーディンソードアーミーだった。


 願いは叶っても面倒なサーディンソードアーミーが相手だったため、重治はやれやれと苦笑する。


『【召喚サモン:ドラム】』


 群体を倒すには丁度良いと思い、重治は先程テイムしたヒュドラトレントのドラムを召喚した。


 手数が増えたおかげでサーディンソードアーミーを倒すのに10分程度で済み、重治のパーティーの踏破タイムは1時間1分35秒だった。


 雑食神のタイムを上回れなかったため、闘技場ダンジョンから出て来た重治は悔しがっていた。

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