第929話 素晴らしいですよブラド師父! 私の知らない雑食の匂いがします!

 リルが沙耶を迎えに行くのと同時に雑食神を闘技場ダンジョンの前に送り届けて戻って来た。


 雑食神は最初から連れ歩ける全ての従魔を召喚しており、準備万端と言った様子だ。


『私のまだ見ぬ雑食が来ることを願う』


『大丈夫。狩人様の雑食運なら絶対に現れるよ』


 (雑食運なるニューワードが飛び出して来たけどスルーで良いだろうか?)


 藍大が雑食神とディアンヌのやり取りを眺めながらそんなことを思っていると、その思念をキャッチした雑食神がドローンのカメラの方を向く。


『お茶の間の皆さんに説明しましょう。雑食運とは生物が雑食に遭遇する運命の度合いであり、これが高ければ高い程”雑食道”でちやほやされます』


 得意気に解説する雑食神を見て茂が藍大に声をかける。


「藍大、なんとかしてくれ。雑食神がいきなり用語解説を始めたぞ」


「無茶言うな。雑食神にはこっちの声が届いてないんだ。電波をキャッチした雑食神の口をどうやって塞ぐんだ?」


「やれやれ。雑食神にもなると雑食に関わる思念でもキャッチするのかねぇ」


『その通りですよ。私は雑食に関わる思念を電波のように受信してます』


『狩人様、さっきから誰と喋ってるの?』


 茂の声が聞こえていないはずなのにまるで会話が成立しているように雑食神が話すものだから、ディアンヌが首を傾げた。


 これには茂が何も言えないまま藍大の方を見て口をパクパクさせた。


 胃に痛みを生じさせるストレスとは異なり、遠くに離れた雑食神と会話が成立してしまったことに関する恐怖が茂を襲っているのだ。


「しげっち落ち着いて」


 サクラは軽く恐慌状態になっていた茂に<生命支配ライフイズマイン>を発動して状態異常を治してあげた。


 それによって茂は落ち着くことができた。


「サクラさん、ありがとう。ただ、俺はしげっちじゃないぞ」


「良いじゃん。子供達とゴルゴン、ゼルにはその呼び名を認めてるんだし」


「やれやれ。せめて逢魔家と芹江家だけの場にしてくれ」


 子供達はさておきゴルゴンとゼルも同じ括りに入っているのは良いのだろうか。


 その点を指摘しないのだから、茂はゴルゴンとゼルに自分のことを名前で呼ばせるのは難しいと諦めたに違いない。


 そんなことをしている内に雑食神はディアンヌ達を連れて闘技場ダンジョンの中に入った。


 1階で雑食神を待ち受けていたのはクロコッタだった。


 アナグマのような頭と獅子の体を持ち、サイズは驢馬くらいで足には二つに割れた蹄がある肉食獣はこのイベントにおいてクロコッタ以外に存在しない。


『素晴らしいですよブラド師父! 私の知らない雑食の匂いがします!』


 雑食神はクロコッタを見てホテルの大会議室にいるブラドに感謝の言葉を告げた。


『狩人様、拘束完了したよ』


『よろしい。クラウス、肉に旨味が凝縮されるようにとどめを刺して下さい』


『承知しました』


 ディアンヌはデキる妻なので、雑食神がブラドに感謝している間に糸を使ってクロコッタを拘束していた。


 動かない上に無抵抗な敵なんて何も怖くないから、雑食神は肉弾戦が得意なクラウスに肉を叩いて旨味が凝縮するようにとどめを刺すよう指示した。


 クラウスはバタフライバトラーという種族で背中から蝶の翅を生やした執事の見た目だから、執事のように恭しく礼をしてからすぐにクロコッタの狙った部位だけを殴って倒した。


 クラウスの目にはどこを殴れば良いのかわかっているらしく、雑食神はクラウスが倒したクロコッタを見て満足そうに頷いている。


『さすがはクラウスだね。さて、ディアンヌのターンだ。血抜きしてから解体してほしい』


『任せて』


 アラクネエンプレスであるディアンヌの糸はクロコッタの死体を簡単に切断し、血抜き作業が始まる。


 クロコッタの血も回収できる分は回収し、食べられる部位をしっかり確保した雑食神はホクホク顔だ。


 その様子を見て理人が困ったように笑う。


「倒す時間よりも解体する時間の方が長くありません?」


「雑食神がああなってしまうのもわかります。戦闘よりも自分の好きなことをしてる時間ってつい伸びてしまうんですよね」


 理人の疑問に応じたのは真奈だった。


 モフ神の真奈も雑食神と同じように業が深いから、雑食神がうっかり雑食にながく時間をかけてしまう気持ちを理解できるようだ。


 ガルフは業が深い者同士通じるものがあるのだと悟って溜息をつく。


『はぁ、主人がそんな感じだからリルさんに距離を置かれるんだよ』


「私はリル君をモフることを絶対に諦めな」


『あり得ないから諦めて下さい』


「食い気味に敬語で拒否!?」


 リルは真奈に最後まで言わせないぐらいにはモフられるつもりがないらしい。


 雑談している間に雑食神のパーティーは2階にやって来た。


 2階のボス部屋の扉を開くと、そこには沙耶が3階で苦戦したサーディンソードアーミーが待機していた。


『あの鰯、頭を落として体はオイルサーディン、頭はカリッとフライにするとかできませんかね? 頑張れば食べられたりするならやる気が出るのですが』


「主、間違ってもそんなパーティーに呼ばれても出席って回答しないでね」


「サクラ、落ち着いて。虫料理が出るパーティーに参加はしないから」


『ご主人、僕達は雑食よりもご主人の料理でお腹をいっぱいにしたいんだよ。そうだよね、舞?』


「うん。同じ量を食べるなら藍大の料理一択だよ」


「・・・そんなこと言ったって大皿料理が一品増えるだけなんだからな」


「『わ~い!』」


 気が付けば雑食神の料理構想から藍大の作る料理が一品増えるという話になっていたが、これは食いしん坊ズの作戦勝ちと言えよう。


 藍大達の食事の話は置いておくとして、サーディンソードアーミーと戦う雑食神のパーティーは従魔達が役割を発揮することで着々と有利な状況を作り出している。


 ビーゼフがサーディンソードアーミーのヘイトを稼いでいる内にクラウスがその上から<麻痺霧パラライズミスト>を発動して動きを鈍らせた。


 サーディンソードアーミーは負傷あるいは状態異常にかかった個体を内側に引っ込めて回復させるけれど、群体を丸ごと覆う広範囲系のアビリティを使われてしまうと基本のスタイルが崩れてしまう。


 特に<麻痺霧パラライズミスト>で外側の個体から体が痺れて群れから離れて落下してしまえば、後は落ちた個体を雑食神とディアンヌが協力して仕留めていくだけの作業に変わる。


 ただし、サーディンソードアーミーはその数が多いのでやはり全てを倒すのには時間がかかってしまい、倒すだけで20分かかってしまった。


 それでも倒した個体から回収していたこともあり、倒した後の5分で1体残らず回収を終えることができたのだから沙耶のパーティーと比べて時間はかかっていない。


 いよいよ最後のフロアボスを残すのみとなり、雑食神のパーティーは3階のボス部屋の扉を開ける。


 雑食神のパーティーが最後に戦う相手はグレイヴマスターだった。


 食べられない相手が続いて現れたとわかった時、雑食神の表情は能面のようになっていた。


「雑食神でもあんな顔になるんだな。ちょっと意外だ」


 茂がそんな風に言うと舞とリルがやれやれと首を振る。


「茂さん、わかってないね。食べられる相手が少なくて、次こそはと思ったらその敵も食べられないモンスターだった時って許せない気持ちになるんだよ?」


『そうだよ茂。もしもブラドがそんなことをしようものなら、間違いなく舞がブラドをハグしたまま1時間以上離さないよ』


「あっ、はい」


 ブラドが静かに藍大に近寄って舞にハグされないように隠れているから、茂はブラドが過去にそれをやって1時間以上ハグされ続けたことを察した。


『食べられない敵に慈悲はない。素材なんて関係なくやっておしまい』


 雑食神がそう言ったことにより、ディアンヌ達は素材を考慮した手加減をせずにグレイヴマスターに攻撃を仕掛けていく。


 グレイヴマスターは慌ててスケルトンやゾンビ、ボーンキマイラ等を召喚するが、ディアンヌ達の火力がグレイヴマスターの召喚速度を上回り、5分もかからずグレイヴマスターのMPが尽きた。


 足がないグレイヴマスターは逃げることができず、最後はノーガードの状態でオーバーキルになるダメージを受けて力尽きた。


 その結果、雑食神のパーティーがボスラッシュにかけた時間は58分14秒だった。


 最初の戦闘の後に戦利品回収を急げばもっとタイムを短縮できただろうが、そうせずとも沙耶のパーティーの踏破タイムよりも10分早いのは大したものである。

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