第924話 これだから食いしん坊ズクオリティは恐ろしい

 パンドラがローラとの模擬戦に勝った後、藍大が泰造に戦うか視線で訊ねた。


 泰造は睦美とマルオが勝てない相手にどうやっても一矢報いることができないと判断して首を横に振った。


 負ける戦いをしないのも立派な戦略と言えよう。


「お父さん、ぼくはたたかってみたい!」


「そうか。それじゃあドラゴン対決しようか」


「うん! ユノ、おねがい!」


「頑張る」


 優月は今の自分とユノの成長ぶりを藍大に見せたいらしい。


「ブラド、ユノの師匠として恥ずかしくない姿を見せてくれ」


「無論なのだ」


 ブラドは神妙な顔で頷いてすぐにぬいぐるみボディから本体の赤眼黒竜にチェンジした。


「むっ、師匠が本体になってる。それじゃ私も」


 ユノも<人化ヒューマンアウト>を解除して元の金眼白銀竜に戻った。


「いつも舞ちゃんに抱き締められてるブラドがあんなに大きくなってる」


「お義母様、舞は本体に戻ったブラドのことも持ち上げられるよ」


「わぁ、舞ちゃんって本当にすごいね~」


「騎士の奥方の話は止めてほしいのだ。この姿に戻っても持ち上げられるとか勘弁してほしいのである」


 涼子とサクラの話を聞いてブラドはブルッと震えた。


 テイマー系冒険者ではないから舞はこの合宿に参加していないのだが、どこからか舞が現れて自分のことを持ち上げてしまうのではないかと怯えているようだ。


「師匠、お義母様を怖がるのは失礼」


「ユノよ、自分よりもうんと小さな騎士の奥方に持ち上げられる恐怖を知らないとは幸せ者なのだ」


 ブラドは遠い目をしながらそのように言った。


「ブラドもユノもおしゃべりはそこまでだ。そろそろ模擬戦を始めたい」


「うむ。ユノよ、先手は譲ってやるのだ」


「その油断が命取りになるんだってわからせてやる」


 ユノは<聖刃衛星ホーリーサテライト>を発動し、チャクラムを模った神聖な光を6つ自分の周囲に展開させ、遠隔操作でブラドを襲った。


「甘いのだ」


 ブラドは<完全解体パーフェクトデモリッション>を発動し、ユノの<聖刃衛星ホーリーサテライト>を解体してみせた。


「狡いよ師匠。当たり前のようにアビリティを解体しないで」


「できるのだから仕方なかろう。吾輩、できるのにできないふりをするのは好きではないのだ」


「むぅ、それはそうだけど。だったらこっち」


 今度はユノが<極光吐息オーロラブレス>を放った。


 <聖刃衛星ホーリーサテライト>が駄目なら<極光吐息オーロラブレス>で押し切ってやるという狙いなのだろう。


「吾輩にそれは悪手なのだ」


 ブラドは<憤怒皇帝ラースエンペラー>を発動してユノの<極光吐息オーロラブレス>を爆発によって吹き飛ばした。


 その爆発の余波で優月が怪我をしてはいけないと思い、ユノは優月の前で<聖域サンクチュアリ>を発動した。


 爆風が<聖域サンクチュアリ>に吸い込まれてその分だけユノのMPが回復した。


「ならば<聖域サンクチュアリ>を解体するまでである」


 攻撃を防がれたブラドは慌てずに<完全解体パーフェクトデモリッション>でユノの<聖域サンクチュアリ>を解除してみせた。


「むぅ、本当に狡いよ師匠。なんでそんなふざけたアビリティを持ってるの?」


「別に戦闘目的で会得したのではないのだ。モンスター食材を余すところなく確保することがきっかけである」


「これだから食いしん坊ズクオリティは恐ろしい」


 美味しい料理をいっぱい食べたい食いしん坊ズは一般的に極めて難しいことを平然とやってのける。


 ブラドの<完全解体パーフェクトデモリッション>による食材になるモンスターの解体。


 リルの<雪女神罰パニッシュオブスカジ>による鮮度の維持が必要なモンスターの冷凍。


 舞のトール起因である怪力。


 これらは真似しようとしても簡単に真似できない領域であり、この領域に到達できると食いしん坊ズクオリティを満たした真の食いしん坊と認定される。


 攻撃手段になり得るアビリティがいずれも効かないとわかると、ユノは<人化ヒューマンアウト>を発動して<無限収納インベントリ>からある物を取り出す。


「こうなったら最後の手段」


「そ、それは・・・」


「フッフッフ。お義母様が昔使ってたレヴィアメイスだよ。まさか、師匠はお義母様の思い出が詰まったメイスを分解したりしないよね?」


「汚い! 汚いのだ!」


 ユノの最後の手段がブラドを精神的に攻撃する。


 別にレヴィアメイスなんて今のブラドにとって恐れるような物ではけれど、壊せば舞がしょんぼりして逆襲のように機嫌が良くなるまでずっとハグされるビジョンが見えたのでブラドは狼狽えたのだ。


「ブラド、落ち着け。壊さずに降参させれば良いんだ」


「そ、そうであるな。うむ。わかってたのだ」


 見栄を張るブラドだが、それがバレバレなので意味はない。


「師匠、覚悟」


 ユノがレヴィアメイスを持ってブラドに駆け寄る。


 藍大はブラドが冷静に対処できるようにアドバイスを与えることにした。


「ブラド、メイス以外を攻撃すれば良い。メイスは舞が振っても壊れないようにしたんだから」


「そうだったのである!」


 ブラドは藍大のアドバイスを受けてユノと自分の間にある地面を<完全解体パーフェクトデモリッション>で解体した。


「あっ」


「もらったのだ」


 地面が突然柔らかくなったせいで上手く踏み込めなくなり、ユノのバランスが崩れた。


 そのタイミングを狙ってブラドは尻尾を操りユノを捕まえた。


「ぐぬぬ・・・。参った」


 ユノはブラドにSTRで劣るので、捕まった時点で勝ち目がない。


 ユノが降参宣言をしたことにより、ブラドはレヴィアメイスを壊さずにユノに勝てた。


 戦いが終わってぬいぐるみボディになったブラドは藍大の正面に戻って来た。


「主君、助かったのだ。主君のおかげでユノの精神攻撃に対処できたのである」


「そりゃ俺もブラドに勝ってもらいたいからな。アドバイスぐらいするさ」


 ブラドがユノに負けたくないのと同様に、藍大も優月に負けたくないと思っていた。


 それは父親の威厳の問題なのでブラドの師匠として威厳を保ちたいという希望に上手く噛み合った。


 だからこそ、ブラドがユノに勝てたことで藍大もブラドと同じぐらいホッとしているのだ。


 その一方でメイスを<無限収納インベントリ>にしまったユノはしょんぼりした様子で優月に抱き着いた。


「優月、ごめん。師匠に負けちゃった」


「よしよし。よくがんばったね」


「<完全解体パーフェクトデモリッション>封じはかなり良い戦略だと思ったんだけどね」


「またいっしょにかんがえよう。それでいつかブラドにまいったって言わせるんだ」


「うん! 一緒に考える!」


 優月のおかげでユノはすっかり立ち直れたようだ。


 優月とユノも相変わらず仲良しである。


 藍大との戦いも後発組テイマーには荷が重すぎるので、静音と睦月が対戦することになった。


 涼子と智仁はこの合宿までに何度か模擬戦をしていたため、今回は静音と睦月の模擬戦を優先するのだ。


 静音はメディチを、睦月はガーティを戦場に送り出した。


 この模擬戦では藍大が戦わないため審判を引き受けた。


「両者準備ができたようだな。それでは、模擬戦開始!」


「メディチ、先手必勝!」


「ガーティ、迎え撃て!」


 メディチが<種弾乱射シードガトリング>を放つのに対し、ガーティは<魔弾乱射マジックガトリング>で迎撃する。


 種の弾丸と魔力弾がぶつかり合って火花が散り、お互いの攻撃はいずれも相殺された。


「今度はこちらから行くぞ。ガーティ、高度を上げて空から攻撃だ」


 ガーティはメディチから距離を取って<岩砲弾ロックシェル>を発射した。


「メディチ、相手の攻撃を利用して!」


「キィ!」


 メディチは静音の指示に頷いて<蔦網反射ヴァインリフレクト>を発動し、岩の砲弾が自分に届く前に地面から生やした蔦の網でそれを受け止めた。


 そして、ゴムのように伸びた蔦の網が岩の砲弾をガーティに跳ね返した。


「ガーティ、避けろ! 移動しながら銃撃!」


 ガーティは睦月の指示通りに移動しながら<魔弾乱射マジックガトリング>を発射し、蔦の網からメディチを引きはがしつつメディチに反撃の隙を与えない。


「メディチ、動きを封じるのよ!」


「キィィィ!」


 メディチが鳴き出すと同時にメディチの体からオレンジ色の粉が噴き出した。


 その粉の正体は<痺花粉パラサイトポーレン>というアビリティであり、吸い込むあるいは触れる量が多ければ多い程、その者の体が痺れて動きが鈍るのだ。


 ガーティはオレンジ色の粉を避けるのだが、自分に向けられて大量に放出された粉が鬱陶しくて<魔弾乱射マジックガトリング>を使ってしまった。


 その直後、花粉に引火して次々に爆発が生じた。


 爆風のせいで残っていた粉がガーティに触れ、ガーティの動きが鈍って飛ぶのに支障が出たのか不時着した。


 ところが、メディチも爆発のせいで小さなダメージが積み重なってしまい、これ以上戦うのは避けるべきだった。


 2体の状況を正確に把握した藍大は口を開く。


「そこまで。ガーティは麻痺してるし、メディチもHPが心許ない。模擬戦は引き分けで終了だ」


「「ありがとうございました」」


 憎み合って戦っている訳ではなかったため、静音と睦月はお互いにお礼を言ってから自分の従魔を労った。


 この模擬戦が終わって時間もそろそろ昼に差し掛かるタイミングだったことから、藍大達は昼食を取ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る