第919話 ”色欲の女帝”に見抜けぬ恋愛などない

 後発組全員のテイムが終わったが、折角ダンジョンにいるのだから、藍大はこの場でできることをそのまま行う。


「次に行うのはそれぞれの戦闘スタイルの確認と意見交換だ。戦い方を見せてもらったら俺達からフィードバックさせてもらおう」


 俺達とは藍大だけでなく、サクラを筆頭とする藍大の従魔達のことだ。


 これにはマルオと睦美、泰造も本当ですかと目を輝かせた。


 最初にチャレンジするのは咲夜とアンリだ。


 アンリもソルやジークルーネと同じでLv50まで成長しており、支援寄りではあるが自衛手段を持っていない訳ではない。


 ブラドはアイアンゴーレムLv50を召喚し、咲夜とアンリの対戦相手とした。


「アンリ、がんばれ!」


「はい!」


 アンリは咲夜に頑張れと言われて張り切る。


 <混乱円陣コンフュサークル>でアイアンゴーレムを混乱させた後、<地雷罠マイントラップ>をアイアンゴーレムの足元に三重に発動した。


 これで少しでも動こうものなら<地雷罠マイントラップ>が爆発する仕組みが整った。


 この状態なら動かないようにするのが当然だが、アイアンゴーレムは<混乱円陣コンフュサークル>の影響で混乱している。


 訳もわからず動いてしまい、それが<地雷罠マイントラップ>が爆発させてバラバラの破片になった。


「咲夜、終わったよ」


「よしよし。ういやつめ」


 (俺の子だわぁ)


 咲夜も優月と同じように藍大を普段からよく見ている。


 それゆえ、従魔の褒め方が藍大そっくりだった。


「これが逢魔家。5歳にも満たないのに従魔の褒め方をわかってる」


「魔神様の子はやはり魔神様に通ずるものがありますね」


 マルオと睦美は次代も安泰だなと頷いていた。


 その一方で涼子と智仁は冷や汗をかいていた。


「智仁さん、咲夜って普段の探索であんな過激なことをさせないよね?」


「させてないね。アンリが張り切っちゃったんだね」


「危険な戦い方はしないように注意しないとね」


「そうだね。アンリが咲夜を守ってくれそうだけど、俺達がはらはらするから自重させよう」


 いつも咲夜と一緒に探索している涼子と智仁はアンリがこんなに戦えることを知らなかった。


 普段のアンリは咲夜を守ることを第一に考えているから、攻撃するリソースを護衛に割いているのだ。


 今は藍大達がいるから咲夜は安全だと判断し、過激な方法で自分の力を示してみせた。


 藍大は咲夜とアンリの頭を撫でた。


「良い信頼関係ができてて安心したよ。これからも仲良くしてくれ」


「うん! アンリだいすき!」


「私も! 咲夜大好き!」


 アンリが咲夜をギュッと抱き締めた。


 咲夜もアンリを抱き締めているのだが、アンリの方がずっと体が大きいのでアンリが抱き締めている印象が強い。


 現時点でこれならば藍大は咲夜とアンリに言うことはないので、このまますくすく成長してほしいというのが藍大の願いだった。


 次は静音とメディチの番である。


 1週間でメディチはLv30まで成長しており、その過程でマンドラボアからマンドラパイソンに進化しており、大型犬と同程度のサイズになっていた。


 そんなメディチの対戦相手としてブラドが用意したのはハーピーパピーLv30だ。


 ハーピーの子供であるハーピーパピーだが、空を自由に飛べるし空から奇襲するのが得意なモンスターとして知られている。


「メディチ、墜落させましょう」


「シュロ」


 メディチは承知したと言わんばかりに頷くと、<絶叫砲弾エクスクレームシェル>を連発する。


 マンドラゴラ系統のモンスターの絶叫はそのまま聞けば危険だが、<絶叫砲弾エクスクレームシェル>は指向性を持たせて狙った相手に当たった瞬間にその相手の耳だけに届く仕様だ。


 そのおかげで同じダンジョン内にいる誰もがメディチの攻撃によって耳を押さえるようなことにはならなかった。


 この中で一番耳が良いリルが耳をペタンとしていないのだから、本当に<絶叫砲弾エクスクレームシェル>の影響はないのだろう。


「ハピャァァァ!?」


 最初は避けられていた攻撃だったが、自分の行動がメディチに先読みされてハーピーパピーは最後の一発に当たってしまった。


 自分にしか聞こえない絶叫でバランスを崩してしまい、ハーピーパピーは墜落する。


 ハーピーパピーが地面に衝突する前にメディチが<蔦鞭ヴァインウィップ>を使い、落下の勢いを殺さないようにキャッチして地面に叩きつけた。


 これには低いVITでは耐え切れず、叩きつけられたハーピーパピーは二度と動き出すことはなかった。


「メディチ、お疲れ様。指示通りでばっちりだったね」


「シュロ♪」


 静音がメディチを労っているところに藍大が拍手しながら近づく。


「良い戦いだった。俺からのアドバイスだけど、<絶叫砲弾エクスクレームシェル>にフェイントを混ぜてみると良いと思うぞ」


「フェイントですか?」


「そうだ。今は1対1だったからそんなに気にしなくてもいいかもしれないが、ダンジョンではもっと多くのモンスターと戦うことになる。1対多数の時もあれば、1対1を何度も繰り返すこともある。つまり、できることならMPを回復する手段がない間はロスに気を付けないと後が辛いって話だ」


「なるほど。おっしゃる通りですね。後先考えずにMPを消費しては倒せたはずの敵が倒せなくなるかもしれません。以後気を付けます」


 静音は藍大が言いたいことを正確に理解した。


 藍大も上手く伝わったようで良かったと微笑んだ。


 一瞬、静音が微笑みかけられてドキッとした表情を見せたため、サクラはそれを見逃さなかった。


 すかさず藍大を引き寄せて抱き締めた。


「主は悪い男。私達がいるのにそうやって女の子の好感度を上げるのは良くない」


「サクラさんや、ただアドバイスしただけなんだが」


「主は世界を救った有名神ゆうめいじん。しかも、身内に優しいからうっかり惚れさせることがある」


「そんなまさか」


 藍大がそんなことある訳と思っていると、静音が顔を真っ赤にしてマルオの後ろに隠れていた。


「えっ、マジで?」


「”色欲の女帝”に見抜けぬ恋愛などない」


 ドヤ顔のサクラを見てマルオは自分の後ろに隠れた静音に声をかける。


「静音、逢魔さんは妻帯者だぞ? その山を登ろうとするのは無理があるって」


「兄さん煩い!」


「痛っ」


 マルオは静音に頬を叩かれてしまった。


 理屈としてはマルオが正しいのだが、感情は理屈だけでは抑えられないことだってあるのだ。


 時間に限りがあるので、仕切り直して次は睦月のターンに移る。


 ガーティはメディチと同様にLv30だったが、対戦相手をハーピーパピーにするのは芸がないと思ったらしく、ブラドはプリンシパリティドールLv30を召喚した。


「ロボット来たぁ!」


「ロボット対戦じゃないですか! ブラドさんもわかってますね!」


 睦月だけでなく睦美のテンションが上がった。


 ガーティとプリンシパリティドールの戦いだが、接近戦を仕掛けたいプリンシパリティドールがガーティに近づけさせてもらえず、ガーティの<魔力砲弾マジックシェル>がプリンシパリティドールにとどめを刺した。


「睦月、お疲れ様。融合したばかりで試運転ってところもあったけど、MPの節約も気を付けような。もしくは今後の方針でMPを回復させるアビリティを会得させること。そうしないとすぐにMPが枯渇する」


「わかりました! ロマンを戦闘に持ち込めるようにMP効率を考えます!」


「よろしい。元の位置に戻りなさい」


 睦月が敬礼して自分のアドバイスを受け止めたため、藍大は上官っぽく振舞った。


 ブラドは藍大と睦月が小芝居している間に智仁のジークルーネの対戦相手を選んでいた。


「ケルベロスか。ジークルーネ、3分以内に倒せるかい?」


 智仁の問いかけにジークルーネはコクリと頷いた。


 剣を構えたジークルーネは緩急をつけた移動でケルベロスを惑わせる。


「バウ?」


「フガ?」


「アォン!?」


 どの頭も<火炎吐息フレイムブレス>でジークルーネを撃ち落そうとするけれど、ジークルーネはそれをあっさり躱してどんどんケルベロスと距離を詰めた。


 そして、<剣術ソードアーツ>で洗練された動きによって左右の首を斬り落とした。


 斬られた首から派手に血が飛び出てケルベロスの体から力が一気に抜けていく。


 それでもタダではやられまいと<猛毒爪ヴェノムネイル>で反撃するが、ジークルーネは盾でそれを受け流して中央の首を斬り落として戦闘を終了した。


「お見事。2分50秒だ。ミッションコンプリート」


 智仁がジークルーネにサムズアップすると、ジークルーネは恐れ入りますと言いたげに目を光らせて応じた。


「父さんお疲れ様。ケルベロスじゃ弱かったかな?」


「どうだろうね。ジークルーネが緩急をつけたりフェイントを織り交ぜて動いたから上手くいっただけで、正面からぶつかったら大変だったと思う」


「その認識で合ってるよ。父さんの場合、攻撃役のジークルーネをそのまま成長させて他の従魔に防御や回復、支援を任せる方針で進めれば良いと思う」


「わかった。困ったらまたアドバイスしてくれ」


 父親でもテイマー系冒険者としては藍大の方が大先輩だから、智仁は素直に藍大の言葉を受け入れた。


 これで4戦したことになるが、この後にもまだまだ涼子と優月、泰造、睦美、マルオの戦いが残っている。

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