第909話 長いものに巻かれるのが日本人気質というものじゃろう?

 帰宅して留守番していたメンバーが新しい家族と顔合わせをした後、藍大がリルに甘えられているところに伊邪那美が声をかけた。


「藍大、少し良いかの?」


「良いけど何かあった?」


「実は、お主達がシャングリラダンジョンに出かけてる間に神の会合があったのじゃ。それで、日本を国民総覚醒国のモデル国にしてはどうかと意見が出たのじゃよ」


「国民総覚醒国? 面倒臭そうな響きだな」


 藍大は伊邪那美の口から出て来た国民総覚醒国という響きに顔を引き攣らせ、落ち着くためにリルの頭を撫で始めた。


 リルはその話にピンと来て会話に加わる。


『もしかして、CN国の調教士増員計画が影響してる?』


「うむ。今のCN国はモフラー100%じゃろう? それで覚醒して会得したい職業技能ジョブスキルNo.1と転職したい職業技能ジョブスキルNo.1がどちらも調教士なのじゃ。本当はCN国に国民総覚醒国のモデル国になってもらった方が良いんじゃが、ナヌークが帰ったばかりじゃからのう」


「国際会議でリルがモフラーに忠告したおかげで一時的に生じた国民の暴走も収まった。それでナヌークはCN国に帰った訳だから、再びナヌークが亡命しようとするような取り組みにCN国を巻き込みたくないってことか」


「藍大の言う通りじゃ」


 CN国の神であるナヌークが日本に亡命したことを重く受け止め、神々の会合ではCN国を国民総覚醒国のモデル国にすべきではないと判断したらしい。


 伊邪那美が頷くのを見て藍大とリルはそうだと思ったという表情になった。


「とはいえ、日本人を全員覚醒させるって勝手に神々が決めるのはどうなんだ?」


「その点については以前ニュースで取り上げられた調査結果を根拠に日本をモデル国候補としたのじゃ。ほれ、国際会議が終わってすぐのニュースで国民の意識調査の結果が報道されたじゃろ?」


「あぁ・・・、あったな」


『回答した未覚醒の日本国民全員が超人に覚醒したいですかって質問に覚醒したいって答えてたよね』


 藍大がそんなニュースもあったなと苦笑し、リルも結果が印象的だったせいでそのニュースのことをしっかり覚えていた。


 日本では国内で冒険者に武器を持たないでほしいという意見が出た際、未覚醒者として戸籍登録のある国民に超人に関する質問を回答してもらう調査が行われた。


 その調査の中に超人に覚醒したいかという項目があり、覚醒したいと全ての回答者が答えた。


 ちなみに、人気な職業技能ジョブスキルはテイマー系職業がランキング上位を占めており、その他の戦闘系の職業技能ジョブスキル武器攻撃職よりも魔術士の方が人気だった。


「でもさ、仮に日本が国民総覚醒国になるとして、羽化の丸薬で希望通りの職業になれるケースの方がレアだろ? まさか、国民全員の希望通りの職業になれるように転職の丸薬を準備しろなんて言わないよな?」


 藍大がそんな面倒なことは嫌だと訴えれば、伊邪那美は苦笑しながら頷く。


「勿論言わぬのじゃ。一次覚醒したいという希望は叶えるけれど、転職したいとか二次覚醒したいという希望に応じるところまで面倒を見てほしいとは言わぬのじゃ」


『そうだよね。なんでもかんでも与えられてたら、誰も成長しなくなっちゃうよ』


「リルの言う通りじゃな。不平不満ばかり言う未覚醒の国民に等しくチャンスは与えるから、後は自分達で道を切り拓けということじゃよ」


「うーん、こればっかりは俺達だけで決めて良い話じゃないだろ。茂経由でDMUに相談する案件だろうし」


 藍大は神になっても国の方向性を独裁的に決めるつもりはない。


 正確に言えば、一次覚醒の結果によって不満のある者に逆恨みされたくないのだ。


 欲というものは人も神も底知れないから、不満の残る結果になった時に逆恨みされて面倒な事態になった時に責任を負わされるのが嫌だと思っても何もおかしいところはない。


「妾も長いこと日本を見守って来たからわかるんじゃが、おそらくDMUや内閣も可能ならば日本を国民総覚醒国にしたいと考えておると思うぞよ」


「その根拠は?」


「長いものに巻かれるのが日本人気質というものじゃろう?」


 伊邪那美が当たり前のように言ったのに対して藍大はジト目を向けた。


「伊邪那美様、現実的でいやらしい考え方してるじゃん」


「わ、妾はいやらしくないのじゃ!」


「伊邪那美様がいやらしいと聞いて私が来た」


「サクラ、違うのじゃ! 妾は清純派なのじゃ!」


 伊邪那美が自分は清純派だと言い切ったため、藍大は膝の上に乗せていたリルと顔を見合わせた。


「リル、どう思う?」


『伊邪那美様がそう言うならきっとそうなんだよ。伊邪那美様の中ではね』


「酷いのじゃ! 妾のことを揶揄わないでほしいのじゃ!」


 ここでこれ以上わちゃわちゃしているとどんどん会話に他の家族が入って来る予感がしたため、藍大はとりあえず茂に電話してみると言って話を切り上げた。


 そして、すぐに電話するとワンコールで茂が出た。


『もしもし、藍大か。一体どうした?』


「単刀直入に聞く。日本のDMUって世界に先駆けて国民を全て超人にしたいとか考えてる?」


『・・・すまん、その話は電話でするには規模が大き過ぎる。今からシャングリラに向かうから待っててくれ』


「そうか。それなら3分後に迎えに行く」


『わかった』


 藍大の対応に慣れている茂はすぐに電話を切ってシャングリラに来る準備を始めた。


 藍大は本当に3分経ったらリルと<時空神力パワーオブクロノス>で茂を迎えに行った。


「おっす。迎えに来たぞ」


「マジで3分経ったら来やがった。危なかったぜ」


『茂って非戦闘職の超人の中で一番素早く動けるんじゃない?』


「良かったな、茂。リルのお墨付きだぞ」


「嬉しいような嬉しくないような。とりあえず、シャングリラに移ってから話をしよう」


 茂がそのように言うなら藍大とリルに断る理由はないから、すぐに藍大達は自宅に茂を連れ帰った。


「お邪魔します」


「しげっち、待ってたのよっ」


『 よく来たね^^) _旦~~』


「ゴルゴンとゼルは私と一緒に農作業するです。マスターの邪魔をしちゃ駄目ですよ」


 ゴルゴンとゼルは後ろから現れたメロによって手を引かれて連れ去られていく。


「離すのよっ」


『(。-`ω-)HA☆NA☆SE』


「離さないですよー」


 メロは今日も今日とて仲良しトリオのストッパーだった。


「相変わらずあの3人は賑やかだな」


「だろ? 毎日楽しそうで見てるこっちも楽しくなるぐらいだ」


 茂がメロ達の消えた方向を見て優しい表情を浮かべると、藍大がわかると頷きながら応じた。


 茂を椅子に座らせ、藍大は座ってリルを膝の上に座らせてから話を始めようとしたのだが、そこに伊邪那美がやって来た。


「藍大よ、妾がいた方が二度手間にはならぬじゃろ?」


「そうだったな。茂、伊邪那美様も同席するんでよろしく」


「お、おう」


 不意打ちで伊邪那美様が同席するものだから、茂は制服のポケットに忍ばせていた胃薬を服用した。


 伊邪那美様の顔を見た瞬間に胃薬を飲むのは失礼だと思う者もいるだろうが、茂がしょっちゅう胃痛に悩まされていることは伊邪那美も承知しているので、それを咎めるようなことはしない。


 伊邪那美は藍大と仲良しで苦労人な茂に寛容なのである。


「さて、電話の件の続きだ。日本のDMUは諸外国に先んじて国民を全て超人にしたいとか考えてるのか?」


「結論から言うとその路線も視野に入れてる。羽化の丸薬が量産できるようならば、DMUは未覚醒者達に最低限の支援として覚醒させるのはありだと考えてる」


「それによって超人による犯罪が増えたとしても?」


「藍大達のおかげで事故はあっても故意の犯罪は激減した。悪いことをすればいずれ天罰が下るって考えが知れ渡ってるからな。それに国内の上位クランも治安維持に協力的だからなんとかなるだろう」


「法律をはじめとした国のルールが大きく変わるのは良いのか?」


「水面下で国民総覚醒国を目指した法改正の動きは進められてるぞ」


 藍大が懸念事項を伝えれば、茂は既に対策済みか対応中であると返した。


 それを聞いて伊邪那美がドヤ顔で自分の方を見るから、藍大はやれやれと首を振った。


「羽化の丸薬の量産についてどこまで準備してるんだ?」


「サンプルとして貰った羽化の丸薬から職人班に調合素材を突き止めてもらった。だから、上位クランに協力を依頼すればすぐにでも動き出せる」


「マジか。覚醒したら日本は後戻りできないぞ?」


「それは今更だろ」


「確かに」


 この後、藍大が抱いた懸念点全てに茂が現状での対策や考えを説明し、日本は国民総覚醒国のモデル国に向けて動くことが決まった。

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