第906話 サクラを買収するのは止めてくれる!?

 翌日、奈美が朝から102号室にやって来たので、藍大と舞、サクラ、リルが出迎えた。


「逢魔さん、皆さん、おはようございます。羽化の丸薬の作成に成功しましたよ」


「マジで? もうできたの?」


「はい。材料の都合上、3つしか作れませんでしたけど確かに作れました。こちらをどうぞ」


 奈美に差し出されたフラスコ入りの銀色の丸薬を鑑定してみると、確かにそれは羽化の丸薬だった。


「すごいな。数日で完成するとは思ってたけど、半日で仕上げるとは思ってなかったよ。デメリットをなくすのが大変だったんじゃないか?」


「そうですね。私達が一般人から超人になった時に発症した高熱とそれによる昏睡状態に陥る副作用を消さないのなら、オリジナルを貰って30分でできました。副作用がない完全版にするのに5時間かかりました。未完成版も完成版も必要な素材は同じでしたが、それらを混ぜるタイミングや混ぜる回数がシビアで苦労しましたよ」


「お疲れ様。覚醒の丸薬を作るよりも大変だったでしょ」


「そうですね。1を100にするよりも0を1にする方がよっぽど難しいんだって改めてわかりましたね」


 奈美の笑みにはやり遂げたという達成感と疲労が入り混じっていた。


「疲れた奈美を元気にしてあげる」


 藍大の隣にいたサクラは<生命支配ライフイズマイン>で奈美の体から疲労を取り除いた。


「あっ、体が軽くなりました。ありがとうございます」


「・・・奈美、正直に答えて」


「な、なんでしょう?」


 奈美を癒したサクラは治療した過程で何かに気づいたらしく、とても良い笑顔で奈美に迫った。


 奈美は笑みを浮かべるサクラに迫られ、バレたかと言わんばかりの苦笑を浮かべる。


「奈美の疲れは薬品作りの影響よりもその後に司とイチャついたによる影響の方が大きいよね?」


「「『え・・・』」」


 サクラの指摘を聞いて藍大と舞、リルが奈美にそうなのかと訊ねる視線を向けた。


 その視線に負けて奈美は手を後頭部に添えて苦笑する。


「いやぁ、難しい薬品を作った後って興奮した気持ちが収まらなくて司と一緒に発散しちゃうんですよね」


「多分だけど、疲労の度合いは司の方が大きいはず。奈美は私がアスモデウスに進化したばかりの時よりも性欲が強い」


「・・・そんな目で見ないで下さい! それよりもほら、涼子さんと智仁さんに羽化の丸薬を飲んでもらうんですよね!?」


 サクラが断言すると藍大達が奈美にジト目を向ける。


 藍大達のジト目に耐えられなくなって、奈美は脱線していた話を本題に戻した。


「藍大~、奈美ちゃんが羽化の丸薬を作ってくれたんだよね。飲んで良い~?」


「藍大、そろそろ父さん達が覚醒するターンで良いかな?」


「丁度良いタイミングで来たね。もしかしてずっと近くで待機してた?」


「奈美ちゃんが実はエッチだってところから聞いてたよ」


「司君も大変だね」


「いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ!」


 涼子と智仁にも自分と司の夜の営みの話について聞かれていたと知り、奈美は恥ずかしさのあまり悲鳴を上げた。


 流石にこれ以上奈美を揶揄うような真似は誰もしなかった。


 奈美は舞からフィフィを貸してもらって抱き締め、5分程かけてようやく落ち着きを取り戻した。


 前置きは長くなってしまったが、今日のメインは涼子と智仁の超人としての覚醒だ。


 2人は奈美に作ってもらった羽化の丸薬をフラスコから取り出し、それをお互いに食べさせ合った。


「そこは自分で自分の薬を飲んでくれよ」


「ラブラブだね~」


「ラブラブなのは良いこと」


『ご主人、僕のことを撫でてリフレッシュしてね』


「ありがとう、リル」


 舞とサクラは涼子と智仁がラブラブなことに良いことだと反応するが、藍大は両親が目の前でイチャイチャしているのを見ていたたまれない気持ちになった。


 リルは疲れた表情の藍大に身を寄せ、自分を撫でることで気持ちを切り替えてと献身的な対応をした。


 藍大がリルを撫でて癒されている間、涼子と智仁の体が光に包み込まれてその中では2人の体が一般人から超人に作り替えられていく。


 光が収まっても2人の見た目は変わらなかったが、藍大とリルの目にはちゃんと変化が起きていると示された。


「母さんが調教士で父さんが人形士か。サクラ、何かやった?」


 転職の丸薬要らずなご都合主義の展開に藍大がサクラに訊ねると、サクラがにっこりと笑った。


「お義母様とお義父様のためにちょっとだけ運命を弄ったよ」


「サクラちゃんありがとう! 持つべきものは良い娘だね!」


「サクラちゃんありがとう! 後で藍大が小さかった頃の話を聞かせてあげるね!」


「サクラを買収するのは止めてくれる!?」


 実は涼子と智仁が好きな職業技能ジョブスキルになれるようサクラに根回ししていたと知り、藍大はそんなことしないでくれと注意した。


 2人のおかげで藍大の新しい一面を知れるんだとサクラは嬉しそうに笑っていた。


『もう、ご主人をいじめないで! ご主人、早く僕を撫でて落ち着いて!』


 リルは藍大を守るのは自分なんだと使命感を抱き、藍大に自分を撫でさせて落ち着いてもらった。


 落ち着きを取り戻した藍大は連絡すべき案件がいくつかあったので茂に電話した。


 茂はなかなか電話に出て来なかったが、10コール目で藍大が切ろうとしたタイミングで電話に出た。


『すまん、待たせたな。胃薬飲んでた』


「俺からの電話を警戒し過ぎじゃね?」


『そりゃ警戒だってするさ。涼子さんと智仁さんが復活したんだろ? 絶対何かやるじゃん』


 茂は藍大の幼馴染だから、涼子と智仁のことをよくわかっている。


 藍大よりもやらかす2人だとわかっていたため、生き返ってから数日経ったことだしそろそろ何かやらかしただろうと予想して胃薬を先に服用したのだ。


「まあ、お察しの通りだ。準備はできてるみたいだから報告を始めるけど、奈美さんが完全版の羽化の丸薬を作成した。オリジナルについては昨日報告しただろ? あれを半日で完成させたんだ」


『奈美さんマジパねえな。作れるとは思ってたけど、まさか半日で仕上げるとはなぁ』


 茂は昨日の時点で藍大から完全版の羽化の丸薬が見つかったと報告を受けていた。


 それゆえ、奈美がオリジナルの丸薬を基に自ら羽化の丸薬を作ったことにあまり驚かなかった。


「今までのはジャブみたいなもので連絡事項はここからが本番だ」


『できれば本番を迎えたくなかった』


「聞かないとそれはそれで大変なんじゃないの?」


『それなぁ。・・・よし、聞かせてくれ』


 聞きたくないけど聞いていなかったでは済まされないだろうと判断し、茂は覚悟を決めて続きを話すように藍大に促した。


「羽化の丸薬を飲んだ結果、母さんが調教士になって父さんが人形士になった」


『偶然? それとも必然?』


「必然」


『そっかぁ。必然かぁ・・・』


 茂の言う偶然と必然とはサクラが関与したかどうかという質問だ。


 サクラが<運命支配フェイトイズマイン>を使ったなら必然であり、使っていなかったなら偶然という訳である。


 藍大が必然と答えたので、茂はサクラが羽化の丸薬による覚醒の結果にも影響できるのかと電話の向こうで遠い目をしているに違いない。


『過ぎたことはどうにもならないから置いとくとして、羽化の丸薬は残りいくつある?』


「オリジナルが1つと作成した分が1つで合計2つだな」


『オリジナルを買い取らせてくれないか? 俺が鑑定した後、職人班に見せて彼等でも作れないか試させてほしい』


『それは別に良いんだけど、素材集めの段階から苦労すると思うぞ』


 藍大は奈美から素材のメモを受け取って苦笑した。


『一体何を素材にしたんだよ?』


「奈美さんからのメモによれば、スフィンクスの涙とペガサスの血、エンシェントトレントの種、エキドナの骨だな」


『そりゃ作成難易度ルナティックだわ。素材はどうにか集めたとして、奈美さんが半日かかったってことは作成の段階で精密さが問われる手順が多かったと推測できる。違うか?』



「正解。奈美さんも副作用がある物についてはオリジナルを手に入れてから30分で作れたらしい。完全版を作るのはかなり大変だったって言ってた」


『それはもう職人班に頑張ってもらうさ。俺の仕事は鑑定するまでだからな』


 茂は自分に調合の才能がないから餅は餅屋だと丸投げ宣言した。


「それもそっか。んじゃ、俺はこれから新たに覚醒した超人の従魔選びを手伝うから」


『おう。2人のテイムが終わったら結果の連絡を待ってる』


「了解」


 藍大は茂との電話を切った。


 その後、藍大は改めて奈美に羽化の丸薬のお礼を言って見送り、両親の従魔選びを始めることにした。

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