第905話 怠惰が過ぎるんじゃね?

 リルが満足してから藍大達は広場から出発した。


「リル君は本当にご機嫌だね~」


『ロキの影響が完全に僕の中から消えたからね♪』


「きっと藍大がお祝いに美味しいご馳走を用意してくれるよ」


『そうなのご主人!?』


 ここまで期待されればNOと言えるはずがないから、藍大はリルの頭を撫でて頷く。


「勿論作ってあげるさ」


「『わ~い!』」


 食いしん坊ズは藍大がご馳走を作ると聞いて喜んだ。


 セーフリームニルやトラルテクトリが現れても、今日はご馳走と聞いたおかげで舞とリルがウキウキした様子でそれらを瞬殺していく。


「むぅ。また私の出番がなくなった」


「まあまあ。フロアボス戦でサクラには活躍してもらうからさ」


 サクラは自分が戦おうとした時には既に舞とリルに敵を倒されてしまっているため、不満に思う気持ちを我慢するべく藍大の腕に抱き着いた。


 藍大もサクラがそうする理由を察しているから、抱き着かれていない方の腕でサクラの頭を優しく撫でた。


 そうしている内に前方に地下20階で最も洋風な館を見つけ、藍大達はその建物の扉がボス部屋の扉になっていることに気づいた。


「フロアボスはなんだろうね」


「屋敷がボス部屋なら人っぽい見た目なんじゃない?」


『食べられると良いな』


「ほらほら、準備ができたら中に入るぞ」


「「『は~い』」」


 藍大に注意されて気持ちを切り替えた後、舞達は藍大を守る陣形を組んだ。


 扉を開けてボス部屋の中に入ってみたところ、部屋の中は真っ暗だった。


 それでも藍大達が侵入したことで両側の壁に紫色の炎が灯り、真っ暗な状態から薄暗い状態に変わった。


 部屋の奥には黒いフードを被った魔女と呼ぶべき存在がおり、藍大達を見てニヤリと笑った。


「新鮮な実験台がこんなにも集まるなんて」


「フロアボス風情が生意気」


 サクラがムッとした表情で<深淵支配アビスイズマイン>を発動し、魔女の全方位に深淵の弾丸を設置して一斉に発射した。


 それらが命中したら無傷じゃ済まないはずだが、魔女が手に持っていた杖がパリンと音を立てて壊れた代わりにサクラの攻撃がなかったことにされた。


「身代わりの宝杖が一度の攻撃で壊れるとはね。良いわ。全力で相手をしてあげる」


 魔女はサクラの実力を知ってこのままでは勝てないと思ったようだが、それを悟らせないように余裕ぶった態度で変身し始めた。


「させねえよ!」


 舞が雷光を纏わせたミョルニルを投擲してそれを邪魔しようとしたが、今度は魔女のフード付きローブがビリビリに破れることで無効化された。


 舞の手元にミョルニルが戻って来た時には、魔女の姿は黒竜に変わっていた。


 藍大はすかさず視界にモンスター図鑑を展開して敵の正体を調べ始めた。



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名前:なし 種族:ヘル

性別:雌 Lv:100

-----------------------------------------

HP:4,000/4,000

MP:3,900/4,000

STR:3,500

VIT:3,500

DEX:3,500

AGI:3,000

INT:4,000

LUK:3,500

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称号:地下20階フロアボス

   到達者

アビリティ:<深淵支配アビスイズマイン><死毒吐息デスブレス><屍者召喚アンデッドサモン

      <十億雨槍ビリオンランス><重力牢獄グラビティジェイル><魔女幻影ファントムオブウィッチ

      <竜硬鱗ドラゴンスケイル><自動再生オートリジェネ

装備:なし

備考:警戒

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 (フェンリルとミドガルズオルムに並ぶロキの最後の子供か。まさかドラゴンだったとは)


 北欧神話では生まれつき体の左右どちらか半分あるいは下半身が腐敗しており、青く変色していると言われているヘルだが、ダンジョンに現れるモンスターとしてはドラゴンが正しいらしい。


 最初に自分達が見ていた魔女の姿は<魔女幻影ファントムオブウィッチ>で姿を誤魔化していたと知って藍大は驚いた。


『舞、やったね! ヘルはドラゴンだから食べられるよ!』


「滾って来たぁ! よっしゃ行くぞリル!」


 舞はヘルが食べられるドラゴンだとリルに聞かされて嬉々としてリルに飛び乗った。


 既に舞とリルにとってヘルは食材にしか見えていないようだ。


 その一方、サクラはあることを思いついてニヤリと笑った。


「ブラドってこういうドラゴンが好きなんだ」


『誤解である! なんでそんな発想になるのだ!』


 ブラドは即座に反応するが、そのテレパシーが伝わるのは藍大だけなのでサクラには届かない。


 ブラドが誤解されたままでは哀れだと思い、藍大はサクラにブラドがテレパシーで抗議した内容をそのまま伝えた。


「そっか。なら、余すところなく素材にしよう」


 そう言ってサクラは<一兆透腕トリリオンアームズ>でヘルの体を押さえつけてその場から動けなくした。


「どういうことだ!? まさか貴様も重力系統のアビリティが使えるのか!?」


「そんなことを気にしてる暇はないんじゃない?」


「何?」


「ヒャッハァァァァァッ!」


「へぶっ!?」


 サクラが使うアビリティに興味を示していたヘルだったが、リルに乗って機動力を手に入れた舞に顎の下を殴られて喋る余裕はなくなった。


 <死毒吐息デスブレス>で反撃しようとした時には舞とリルの姿が見えなくなっており、サクラの<一兆透腕トリリオンアームズ>で口を無理やり塞がれて不発に終わった。


 だったら<十億雨槍ビリオンランス>で全体攻撃だと思って発動するが、攻撃範囲に藍大が含まれていたせいでヘルは体に怠さを感じて動きが鈍った。


 これは藍大がパンドラの力を借りて<憂鬱皇帝メランコリーエンペラー>を発動した影響である。


 体が怠くなってもどうにか攻撃を中断せずに発動したけれど、今度は藍大がゲンの力を借りて<液体支配リキッドイズマイン>を使ってコントロールを奪い、全ての雨の槍がヘルを攻撃した。


「ヘル、残念だったな。おとなしく狩られてくれ」


「そういうこと。バイバイ」


 藍大に続いてサクラが言葉を続け、<運命支配フェイトイズマイン>のレーザーを薙ぎ払うように放った。


 それによってヘルの首が切断され、再生不可能なダメージを負ったヘルは即死した。


「お疲れ様。みんな良い働きだったよ」


「藍大もナイスアシストだったね~」


「主も輝いてた」


『ご主人もお疲れ様』


 藍大達は互いに労った後、ヘルの解体を済ませた。


 ヘルの魔石はいつでもくれて良いんだぞと<絶対守鎧アブソリュートアーマー>を解除していたゲンに与えられる。


『ゲンのアビリティ:<自動破壊オートデストロイ>がアビリティ<自動成果オートリザルト>に上書きされました』


 (怠惰が過ぎるんじゃね?)


 藍大はモンスター図鑑で調べてわかった<自動成果オートリザルト>の効果に苦笑した。


 その効果とは、使用者の能力値や称号を考慮して戦った結果、倒せる敵ならば戦闘をスキップしてそれを倒した結果が生じるというものだった。


 つまり、格下相手ならば傷一つ付けることなく即死攻撃が決まるのである。


 体を自動で操縦して倒す<自動破壊オートデストロイ>も楽して戦おうとする意思が強かったが、<自動成果オートリザルト>に比べればマシだろう。


「ゲン、楽をすることに全振りしてるだろ?」


「だって・・・怠惰・・・だから・・・」


 それだけ言ってゲンは<絶対守鎧アブソリュートアーマー>を再び発動した。


 自分は”怠惰の皇帝”なんだから、怠惰に振舞うのが当然だろうと言われれば藍大もそれを否定できない。


 しょうがない奴だと苦笑して、藍大達はヘルを倒して何もなくなったボス部屋から脱出した。


 羽化の丸薬とDMUに売り渡す素材を奈美に託した後、藍大達は昼食を取った。


 そして、昼食後に藍大は舞と一緒は灰色に変わって硬くなったファフドールをドライザーに渡した。


「ドライザー、ファフドールを使ってオートマトンみたいなアイテムを作れる?」


『問題ない。ジュエリーミミックの宝石とオベロンの鱗粉、ヘルの血を使っても構わないか?』


「勿論良いぞ。納得できる物を作ってくれ」


『感謝する』


 藍大から素材の使用許可を貰い、ドライザーはそれらを1ヶ所にまとめてから<鍛冶神祝ブレスオブヘパイストス>を発動した。


 その結果、藍大達の前には抱っこするのにちょうど良いサイズのファフドールが現れた。


『私、フィフィ。お人形さんなの』


「可愛い~!」


 見た目はファフドールのままだが、喋る機能と空を飛ぶ際に綺麗な鱗粉が舞うエフェクトが追加された。


 それが舞の琴線に触れたらしく、舞は満面の笑みでフィフィを抱き締めた。


 その様子を遠目から見ていたブラドがホッとした様子になっていた。


 (ブラド、身代わりができて良かったな)


 藍大はブラドにそう念じている間に可愛い物好きの家族が集まって来ており、あっという間にフィフィの鑑賞会が始まってしまった。

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