第904話 気持ち悪くて瞬殺した。後悔はしてない

 ぬいぐるみのドラゴンは金色であり、モフモフしているから舞がうずうずしていた。


 藍大はあれがただのぬいぐるみじゃないことを伝えるべく、鑑定結果を口にする。


「ファフドールLv100。”掃除屋”でもフロアボスでもないけど同等の能力値だな」


「抱き心地良さそう」


 舞にそう言われたファフドールはブルッと震え上がった。


「舞に目を付けられた。あのぬいぐるみは終わったね」


『僕はブラドが自分の身代わりとしてファフドールを用意したんじゃないかって思うよ』


「それは言えてる。ブラドならそれを狙いそう」


 サクラとリルはファフドールが宝箱の守護者として現れた理由を察して話していた。


 その会話をキャッチしていたファフドールは、宝箱の護衛よりも自分が倒されないようにしなければと自分の中の優先順位を変更した。


 直感で舞に攻撃させてはいけないとわかったからなのか、ファフドールは<緋炎吐息クリムゾンブレス>を放つ。


「甘い!」


 舞は光を付与したオリハルコンシールドでブレスを防ぎながら前進し、ファフドールに接近した。


 舞に<緋炎吐息クリムゾンブレス>は通じないと分かれば、ファフドールは攻撃を中断して上空に逃げる。


「逃げんじゃねえ!」


 舞自身は空を飛べないから、ファフドールに対して雷光を纏わせたミョルニルを投擲した。


 ミョルニルに一瞬で接近されてファフドールは避けることができず、それがクリーンヒットして地面に墜落する。


 舞は墜落地点を先読みしてファフドールが地面に落ちる前にそれをキャッチした。


「確保~」


 既に戦闘モードではなくなっていた舞はファフドールを抱き締めており、その時点ではファフドールにHPが残っていたはずなのに舞に抱き締められたことを知って恐慌状態になった。


 それだけでは留まらず、恐慌状態が重症化したことでHPが尽きた。


 死を予感してファフドールの体が生命維持を放棄したようだ。


『やはり騎士の奥方は恐ろしいのだ。ファフドールがその恐怖に耐えきれなかったのである』


 (ブラド、舞は怖くないぞ)


 ダンジョン内での出来事を見守っていたブラドが藍大にテレパシーを送って来たので、藍大は舞を怖がらないでくれとやんわり念じた。


 舞は戦闘モードの時に豹変するが、慣れてしまえばいつものことだから怯える対象ではない。


 普段はゆるふわであり、馬鹿力なことを除けば美人な妻なのだ。


 もっとも、藍大がそう思っていたとしてもブラドが抱く恐怖は本能によるものだから仕方ないと言えよう。


 舞がファフドールを持ち帰ると褒めてほしそうな顔で藍大を見つめる。


「舞、お疲れ様。見事な流れで倒せたな。あっという間だったぞ」


「ドヤァ」


 藍大に褒められて舞は胸を張ってドヤった。


 それから、藍大は舞からファフドールを受け取ってその体を調べた。


 義体ではなく元からぬいぐるみボディならば、もしかしたらあるかもしれない物を探すためだ。


「あった」


「主、何があったの?」


「ファスナーだよ。ファフドールは無機型のモンスターだから、解体せずとも魔石を取り出せるんじゃないかと思って探したら目立たないけど、ここにファスナーがあった」


「なるほど。ブラドは魔石を取り除かれたファフドールを自分の身代わりにしようと企んでたんだね」


 サクラはあくまでファフドールをブラドの身代わりとしか見ていなかった。


 藍大は苦笑しながらファスナーを開いてファフドールの体内から魔石を取り出した。


 魔石を取り出した瞬間、ファフドールの色が灰色になって肌触りが硬くなってしまった。


「何これ面白い」


「ぬいぐるみは柔らかい方が良いのに~」


「元気出して。持ち帰ったらドライザーに新しいぬいぐるみアイテムとして作り直してもらおう」


「その手があった!」


 しょんぼりしてしまった舞だけれど、藍大の提案を聞いてすぐに元気になった。


 抜き取られたファフドールの魔石はサクラに与えられた。


 見た目は変わっていないはずなのに、サクラから感じられる可愛らしさが増したのは魔石を取り込んだ副次的効果なのだろう。


『サクラのアビリティ:<十億透腕ビリオンアームズ>がアビリティ<一兆透腕トリリオンアームズ>に上書きされました』


「サクラの操れる腕が更に増えたか」


「最近じゃ熟練度がぐんぐん上がって見えない腕で肉弾戦とかもできるレベルだよ」


「遠距離じゃ敵なしだったけど、近距離でもかなり戦えるようになったな」


「それでも舞の攻撃を防ぐには<一兆透腕トリリオンアームズ>じゃ心許ないけどね」


 サクラにそう言わせるだけの力を持つ舞は相当な馬鹿力である。


 サクラの強化はさておき、宝箱が手に入ったことだしサクラも一緒にいるからこの場で開けることにした。


「完成版の羽化の丸薬を取り出せば良いんだよね?」


『サクラ、間違っても羽化の丸薬(調教士)なんてものは取り出さないでね』


 サクラの質問に真顔のリルが念を押した。


 CN国が欲するモフラー用の羽化の丸薬を宝箱から取り出せば、涼子の希望は叶うかもしれないけどモフモフモンスター達にとって苦しい時代が到来することになる。


 そんなものはあってはならないと言わんばかりにリルが言えば、サクラもリルの嫌がることはしないので頷く。


「わかった。普通に完成版の羽化の丸薬を取り出すから安心して。はい、これ」


 サクラはリルの警戒を解きつつ宝箱から銀色の丸薬の入ったフラスコを取り出した。


 リルはフラスコの中身を鑑定してホッとした様子を見せる。


『羽化の丸薬だよ。副作用はないから、旧C国のまがい物とは違う完全版だね』


「流石はサクラ。これを奈美さんに渡してレシピを解明してもらえば、羽化の丸薬の量産に繋がりそうだ」


「ちょっと待って藍大。羽化の丸薬を量産して良いの?」


 藍大の発言に引っかかるところがあって舞が質問した。


「将来的に一般人を全員超人にした方が良い事態が来るかもしれない。超人が一般人に対して優位性があるのは事実だ。一般人がそれを不満に思って社会を巻き込むトラブルを起こすぐらいなら、いっそのこと国が丸ごと超人だけの国になった方が良いんじゃないかってマキナ様に言われた」


「でも、地球上の全ての未覚醒の一般人の分の薬を作るのって大変じゃない?」


「勿論大変だよ。だから、まずは日本で試験運用してみたらどうかとも言われてる。奈美さんが羽化の丸薬を作れるようになったら、他のトップクランにも協力を仰ぐつもりだよ。奈美さんばかりに負担をかける訳にはいかないからね」


「そうだよね。奈美ちゃんだけ苦労するのは駄目だよ。そりゃ素材集めで私達も協力するのは間違いないけど、覚醒の丸薬の時みたいに奈美ちゃんが死んだ顔になっちゃうのは良くない」


 覚醒の丸薬によって二次覚醒、三次覚醒ができるようになった時、奈美は覚醒の丸薬ばかり作ることになってかなり顔色が悪くなっていた。


 最初は熟練度上げに良いなと思える余裕はあったけれど、同じものばかり作り続けて飽きるしやらされている感じが日に日に増していく。


 そんな苦痛を再び奈美に受けてくれとは言えないから、羽化の丸薬の作成はある程度軌道に乗ったらアウトソーシングしてしまえば良いと藍大は考えている。


 羽化の丸薬をしまって探索を再開すると、藍大達はセーフリームニルやトラルテクトリと遭遇して戦うことを繰り返して広場に到着する。


 その広場は野外ライブの特設ステージのようになっており、そこにはアイドルがライブできるような衣装に身を包んだ男の妖精が待ち構えていた。


「Hey, やっと来てくれたね子猫ちゃん達」


「視界から消えなさい」


 サクラは蕁麻疹が出ると言わんばかりの拒否反応を示し、<運命支配フェイトイズマイン>のレーザーでアイドル風妖精の顔を消し飛ばした。


「今更だけど、サクラが倒したのは”掃除屋”のオベロンLv100。魔法系アビリティで攻撃と幻惑するモンスターだ」


「気持ち悪くて瞬殺した。後悔はしてない」


 サクラの言い分に異議を申し立てる者はいなかったため、藍大達は粛々と解体を済ませた。


 オベロンの魔石は順番なのでリルに与えられる。


 その瞬間、リルは自分の中から不愉快なものが消えてその代わりに温かいものがその穴を埋めたことに気付く。


『リルのアビリティ:<知略神祝ブレスオブロキ>がアビリティ<創世神祝ブレスオブマキナ>に上書きされました』


『リルの称号”ロキの神子”が称号”デウス=エクス=マキナの感謝”に上書きされました』


『遅くなっちゃってごめんね。リルがロキの影響を受けないようにしたから安心して。アビリティ的にも<創世神祝ブレスオブマキナ>の方が上だから』


 (ありがとう、マキナ様)


 デウス=エクス=マキナが藍大にテレパシーを送って来たから、藍大は感謝の念を送り返した。


 パワーアップを終えたリルは藍大に嬉しそうに甘える。


『ご主人、マキナ様がロキの力を上書きしてくれたよ!』


「よしよし。良かったな。俺も今、マキナ様にお礼を言ったところだ」


「クゥ~ン♪」


 この後藍大はリルが満足するまでひたすらリルを撫で続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る