第898話 本物の私理論!?

 昼食後、藍大はリルとパンドラを連れて地下神域に来た。


 完全復活した思金神に呼ばれて神殿に新しく増設された図書館に呼ばれたからである。


 図書館では司書風の眼鏡をかけた青年の姿をした思金神が読書に耽っていた。


 それでも藍大達がやって来たことに気づいて本を閉じて顔を上げた。


「やあ、待ってたよ。藍大君、リル君、パンドラ君。復活させてくれてありがとう」


「どういたしまして」


『仲間外れは良くないもん。復活できて良かったね』


「うん。復活おめでとう」


 藍大がシンプルに返し、リルとパンドラは思わず頭を撫でてあげたくなるような素直な言葉をかけた。


「ありがとう。さて、私も復活させてもらったんだし他の神々に倣って藍大に加護を授けようと思う」


 思金神が掌を藍大に向けると、藍大の体が優しい光に包み込まれる。


 藍大は加護をもらったことで手にした力を理解して頭を下げる。


「思金神、鑑定の力を与えてくれてありがとう」


「櫛名田比売が食材鑑定能力を藍大君にあげたから、僕はそれを補完する形で僕の知識ベースでそれ以外の鑑定能力を付与した。その意味はわかるね?」


「ロキ様対策ですね?」


「その通り。冥界でリル君は<知略神祝ブレスオブロキ>を逆手に取られたみたいだから、その対策として僕の知識で対抗できるようにした」


 悪樓の鑑定をするにあたり、ロキはリルが<知略神祝ブレスオブロキ>を使うのを見越して閲覧できる情報を制限した。


 藍大は従魔士の能力でモンスターの鑑定は自力でできるが、櫛名田比売の食材鑑定能力を借りていてそれ以外の鑑定だとリルの<知略神祝ブレスオブロキ>を7割の効力で使う。


 それ以外にもパンドラの<思金神祝ブレスオブオモイカネ>も7割の効力で使えるが、ロキの力が混ざっている時点でその影響が出てしまう。


 このままではロキに都合の良いようにされてしまうから、思金神は藍大に”思金神の神子”で鑑定能力を与えたのだ。


 藍大は現状で思金神はどう考えているのか気になって訊ねる。


「思金神はロキ様についてどう考えてる? 何故ロキ様が悪樓を第二の邪神にしようとしたのか意見があれば教えてほしい」


「一般論と私理論のどちらから聞きたい?」


 (本物の私理論!?)


 掲示板では”ブラックリバー”のサブマスターである篝雲母が私理論のハンドルネームで自論を展開している。


 ところが、俺理論のハンドルネームを使う同じクランの黒川重治に比べてポンコツ要素が強めでその正答率はそこそこだ。


 それに対して知恵の神たる思金神が私理論を展開するとなれば、雲母の私理論よりも本物らしいと藍大が思ってしまっても無理もない。


 ちなみに、”ブラックリバー”のクランハウスでは雲母が盛大にくしゃみをしていたがそれはまた別の話である。


『まずは一般論が聞きたいな』


 リルも思金神を本物の私理論だと感じたのか、私理論と名無しの冒険者のやり取りを真似て意見を述べた。


「よろしい。ロキが暇潰しあるいは気まぐれで世界を掻き回そうと第二の邪神を誕生させようとした」


「「『すっごくありそう』」」


 藍大とリル、パンドラのリアクションが綺麗にシンクロした。


 一般論ゆえに本気でありそうだと思える内容だったから仕方あるまい。


 だからこそ、藍大達は思金神の理論が気になった。


 知恵の神が知る情報からどのような結論を出したのか、気にならないはずがない。


「私の考えではロキがコントロールできる邪神を誕生させ、それを自身で討伐するかあるいは誰かに討伐させようとしてる」



「コントロールできる邪神って時点で厄介事の気配がプンプンするんだけど、それを討伐させるために誕生させるつもりだったってこと?」


「そうだ。彼は邪神誕生のメカニズムに興味を示しており、リル君の目を通して邪神そのものを鑑定したから邪神について情報を入手できてる。しかも、邪神に自分のレプリカを創られてそれと藍大君達をぶつけられた。邪神が自分を利用するんだったら、自分だって邪神を利用したって良いじゃないかと考えてるのだろう」


「それは邪神ナキマ=スクエ=スウデの話であって、第二の邪神は関係なくない?」


 思金神の考えを聞いて藍大は苦笑した。


 確かにどちらも同じ邪神だと考えればやられた分をやり返しただけなのだが、個体として違うのだから屁理屈ではないかと思ったのである。


「ロキの考え方はあくまでロキ個神こじんのものだよ。私には考え方が予想できても共感できるかは別問題だ。そして、ロキはこの世界を自分の玩具箱のように思ってる。だから、玩具箱が壊れないように手に負える邪神を用意して世界が滅びないように手を回しつつ、邪神を玩具にして遊ぶつもりなのだろう」


『ロキ様は本当にはた迷惑な神様だね。もっとまじめに生きてほしいよ』


 思金神の話を聞いてリルはプリプリと怒った。


「そうだご主人、トール様がロキ様は北欧神話の取りまとめとして仕事に忙殺されてるって言ってなかった?」


「真面目に働いてる素振りを見せて周囲を油断させ、その裏で第二の邪神を復活させて遊ぼうとしたんだろう。あれ、自分で言ってて思ったんだけどこれって一般論も思金神の理論も根っこは変わってなくない?」


 パンドラの疑問に藍大は話を聞いていて自分なりに感じたことを告げた。


 しかし、そうすることでロキはどちらにせよ自分が遊びたいから第二の邪神を誕生させようとしているのではと気付いて思金神に訊いた。


「私の理論はまだ終わってないよ。慌てず話を最後まで聞いておくれ。邪神を自分の制御下で誕生させるということは、生物の負の感情を回収効率が非情に良いんだ。だってそうだろう? 邪神ナキマ=スクエ=スウデの時は創世神様でも手を焼いてたけど、制御下にあれば集まった負の感情をまとめて処理できるんだから」


「世界を見ればCN国の調教士増員計画と雑食の普及とかで人間の負の感情を発散させる取り組みをしてるけど、ロキ様はロキ様なりに考えてたのか」


「私の知るロキの情報から推測しただけだがね。それと、ロキなりに考えてたとしても、邪神が新しく誕生して世界に良い影響を与える訳じゃない。少なからず第二の邪神誕生で恐慌状態になる国だって出て来るはずだ。防げるものなら防ぐべきだよ」


 思金神はロキなりに思うことがあって取った行動だろうと理解はできたが、それに納得した訳ではない。


 トラブルのせいでおとなしく本の読めない世界は彼にとって好ましくないからだ。


『そうだよね。僕もモフラーのことを忘れてご飯を食べた方がもっとご飯を楽しめるよ』


「お馬鹿トリオに悩まされない時間はもっとほしい。防げるものは防ぐべきって考えには同感」


 リルとパンドラは自分達の心配事に置き換えて考え、思金神の意見に共感した。


 そのタイミングでデウス=エクス=マキナから藍大にテレパシーが届く。


『天界にスキャンをかけてみたら、ロキの幻術にかかって悪樓の増強に無意識で協力してる天使がいくつかいた。だから、藍大へのお願いを少し修正させてほしい。悪樓の討伐は果たしたから、冥界の異変の元凶であるロキを探し出して捕まえて。そうしたら、私がロキを異次元牢獄にぶち込むから』


「マキナ様でもロキ様を見つけられないのか?」


『藍大、最早ロキに様付けなど不要。あいつは私から隠れられる準備も進めた後、悪樓を第二の邪神にする作戦を開始した。思金神の考えは私も大いに頷けるものだったから、その考えに則って神域と天国にスキャンをかけた。その結果がこれなんだから、捕まえたらタダじゃ置かない』


 (マキナ様が激おこだわ)


 テレパシーと一緒に飛んで来る怒りの思念から、デウス=エクス=マキナはロキに激怒していることがわかった。


 藍大が受けた依頼はもうほとんど終盤に差し迫っており、ロキを捕まえれば完了だ。


 自分の両親を生き返らせるまであともうひと踏ん張りだとわかると、藍大はリルの頭を撫でながら口を開く。


「リル、にやられたことをこっちもやり返そう。あっちがリルとの繋がりを利用するなら、こっちもその繋がりを利用して逆探知しよう」


『わかった! 僕も我慢して頑張る!』


 リルはロキとの繋がりがあることに良い感情を抱いていないが、藍大のため、そして自分を利用したロキにリベンジするためにその繋がりを利用してやると気合を入れた。


 そんなリルの覚悟を受け止め、藍大はリルの頭を偉いぞと優しく撫でた。


 ここからは藍大達のターンだ。

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