第895話 迷惑と聞いて思い出した相手がいるよ

 傲慢のアトラクションに到着した藍大達はやりたい放題している獄卒スタッフを目の当たりにした。


 このアトラクションはボクシングジムの内装であり、悪人の魂が詰め込まれたサンドバッグを獄卒スタッフ達がひたすら殴っている。


「ヒャッハァァァァァッ!」


「貧弱貧弱ゥ!」


「良い声で啼いてくれよぉぉぉぉぉ⤴」


「うん、ここはヤバいな」


 藍大は日頃の鬱憤をこの場で吐き出しているだろう獄卒スタッフ達を見てドン引きした。


 それは舞達も同じだった。


「いや、舞はあっち側でしょ。ドン引きする側じゃない」


「サクラ、私は無抵抗のサンドバッグを殴って楽しむ趣味はないよ?」


「どうだろう。私以外の意見を訊いてみたら?」


 サクラにツッコまれて舞は違うんだと抗議するが、サクラは自分の言い分に自信があるようだ。


 困った舞は藍大に詰め寄る。


「藍大、サクラが酷いこと言うの。私はあんなに非道な趣味は持ってないのに」


「よしよし。舞は弱い者いじめするためにヒャッハーしないで敵に対して等しくヒャッハーしてるんだもんな」


「うん!」


 敵に対して等しくヒャッハーすれば良いのか議論の余地はあるけれど、ひとまず舞が残虐非道ではないと藍大が言えばサクラもそれ以上舞のことを揶揄ったりしなかった。


 そこに獄卒スタッフの代表者が現れる。


「部下達がはしゃいでしまってすみません。弁解になるかわかりませんが、彼等はここに赴任する前は怠惰のアトラクションにおり、ストレスが溜まってたんですよ」


「アトラクションの獄卒スタッフも異動があるんだな」


「勿論です。ずっと同じアトラクションにいれば、長くこのアトラクションで罰を受ける悪人の魂と癒着する恐れがありますからね。定期的に7つのアトラクションの担当は交代してるんです」


「ちゃんと考えてるんだな。ところで、このアトラクションでは悪樓による被害ってどうなんだ?」


 地獄の人事制度についていつまでも話をするつもりはなかったから、藍大は本題に入った。


「このアトラクションでは殴られることに悦びを感じてる魂だけ食べられます」


「そんな魂がいるのか」


「いるんです。最初はただ悲鳴を上げるだけなんですが、だんだん嬌声を上げる魂もおり、それが聞こえた時に限って悪樓が現れてその魂を食い逃げします」


「それはまた偏食だな」


「趣味が悪い」


 藍大とサクラは顔を引き攣らせていた。


「難しいね。お漬物かな?」


『少しだけ食べるってなるとお漬物で合ってると思うよ』


「クセがあるからお漬物なのじゃ」


 食いしん坊ズはあくまで各アトラクションで食べられてしまった悪人の魂を食べ物で例えるのを止めないようだ。


 (ドMを漬物に例える発想はなかった)


 藍大は悪人の魂を悪人の魂としてしか見ていないから、そう思ってしまうのも当然である。


 気を取り直して藍大が質問を再開する。


獄卒スタッフは食べられたりしないんだよな?」


「その通りですね。獄卒スタッフで被害が出たという報告は受けておりません」


「そこはどのアトラクションでも変わらない。やはり悪樓は悪人の魂だけを狙ってるらしい」


 獄卒スタッフの代表者からの話を聞き、悪樓の狙いが悪人の魂であることは覆らないと判断した。


「悪樓の食べる悪人の魂の選定基準がわからないね」


「今まではなんとなく大罪の特性が高い魂が喰われてたんだけど、傲慢でその仮説から外れた。これはもう意味なんて考えちゃいけないのかもしれない」


「主、どういうこと?」


「ゴルゴンが前に言ってた。謎解きに規則性を求め過ぎるとドツボに嵌まるって」


 藍大はサクラにゴルゴンが以前教えてくれた話をした。


 謎を解明するにあたり、規則性を求めるのはフィクションの影響を受け過ぎであり、実際にはその時に衝動的に動いただけということもあるのだ。


 推理ものの作品ならば、探偵役に解かせることを前提に規則性のある謎が用意されるが実際は探偵に解かせるためにわざわざ謎を用意する者は少ない。


「つまり、悪樓の選り好みしてるんじゃなくて適当に食い逃げしてるってこと?」


「その可能性もあるし、悪樓は特に何も考えてないけどその黒幕がただ俺達を悩ませようと意味のない規則をでっち上げてるのかもな。マキナ様が冥界を調査しろって言ったのは、黒幕の動きを探れってことだろ」


「迷惑な奴。見つけたら絞めてやる」


 サクラがムッとした顔になって手を打った。


『迷惑と聞いて思い出した相手がいるよ』


「奇遇じゃな。妾もじゃ」


 リルが閃いたと言うと伊邪那美も同じ相手を思い付いたようだ。


「誰〜?」


 舞が誰だろうと首を傾げたので、リルは自分の考えを告げる。


『ロキ様だよ』


「「「納得した」」」


 舞だけでなく、藍大とサクラもなるほどと頷いた。


 ロキならば余計なことをしそうだと認識が一致したのだ。


 その時、少し離れた場所で殴られて悦ぶ魂が現れた。


 それと同時に悪樓が現れ、サンドバッグに詰め込まれた悪人の魂を悪樓が食べて消えてしまった。


「ヒット&アウェイを徹底してるな」


「あひん!」


「次は逃がさない」


 先程とは別の場所で変な声を出した悪人の魂を食べようと現れた悪樓を見つけ、サクラが<運命支配フェイトイズマイン>のレーザーでそれを撃墜した。


「ナイスショット!」


「ドヤァ」


 藍大に褒めてもらえてサクラはドヤ顔を披露した。


『また分体だったね。悪樓はどれだけ分体を作れるんだろう?』


「悪人の魂を食べた分だけ本体が強くなるんでしょ? それなら分体を倒すだけじゃ意味がないんじゃない?」


「舞の言う通りじゃな。これはちと対策を考えねばなるまいて」


 伊邪那美の言い分に藍大達は唸った。


 悪樓の分体を何度も倒しているが、なかなか本体を消せる程のダメージを与えられない。


 悪人の魂でHPを回復している可能性も否めない。


「次に悪樓の分体が現れたら、すぐに倒さず捕獲しよう。リル、じっくり鑑定すれば悪樓の本体の居場所もわかるんじゃないか?」


『やってみる!』


「捕まえるなら私に任せて」


「むぅ、捕獲じゃあまり役に立てない」


 サクラが捕獲してリルが鑑定するという流れを聞いて舞がしょんぼりした。


 舞は選ぶ手段が撃退、討伐ならとても頼りになるが、大して可愛い訳でもない悪樓を捕まえることに100%の実力を発揮できるか怪しい。


 したがって、舞は何かあった時に藍大の護衛の役割を与えられた。


「はぁん!」


『来たよ!』


「大丈夫。もう捕まえた」


 サクラはリルが悪樓の出現を知らせた時には既に<十億透腕ビリオンアームズ>で悪樓の体を拘束していた。


「リル、本体の場所はわかるか?」


『・・・ご主人、悪樓の本体は天国にいるみたいだよ』


「天国にいる? 悪樓は自分の神域にいないのか」


『僕にもよくわからない。でも、鑑定結果は立派な手掛かりだよね。天国に探しに行こうよ』


 逢魔家で最も鑑定能力の優れたリルが言うならば、藍大達がNOと言うはずない。


 傲慢のアトラクションから出て、藍大達はそのまま地獄から天国に向かおうとする。


 その瞬間、3体の悪樓が現れて大きな口を開けて藍大達に襲いかかった。


「邪魔すんじゃねえ!」


「消えてくれる?」


『どいてよね』


 舞とサクラ、リルがそれぞれミョルニルの投擲と深淵の弩、風の砲弾で悪樓の分体を倒してみせた。


 その様子を見た伊邪那美がしみじみと言う。


「分体とはいえ悪樓は神なんじゃがのう。雑魚モブみたいにホイホイ倒すとは恐れ入ったのじゃ」


「頼もしくて良いじゃん。みんなありがとな」


 藍大は呑気に伊邪那美に応じてから舞達を労った。


「私達が天国に向かうのを邪魔したってことは、天国に悪樓の本体がある可能性が高いね」


「舞が考えて発言してるなんて・・・」


「サクラ、あんまり私を馬鹿にするとハグしちゃうよ」


「秘技、主バリア」


 舞にハグされるのは嫌だったので、サクラは藍大を盾にした。


「確保〜」


「しまった。それが狙いか。ならば私も」


 舞が藍大ならむしろ喜んで抱きしめたものだから、サクラは藍大に自然な流れで抱きつくために一芝居したのだと悟った。


『ご主人、僕のことを忘れちゃ駄目だよ』


「お主達、本当に仲良しじゃのう」


 藍大に抱きつく舞とサクラ、頬擦りして甘えるリルを見て伊邪那美はやれやれと笑った。


「仲良しは良いことじゃないか」


「そうじゃな。涼子も自分の息子と嫁、家族の仲が良くて蘇ったら喜ぶじゃろう」


 伊邪那美は涼子藍大の母親を知っているから、彼女ならばきっと今の藍大達を見て喜ぶに違いないと笑った。


 何はともあれ、藍大達は悪樓の本体があるであろう天国へ向かった。

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