第894話 うむ。ポテチを食べるような気軽さじゃな

 4つ目のアトラクションは強欲のアトラクションだった。


「なくなる! なくな、うぎゃあぁぁぁ!」


 藍大達が施設に入った時、獄卒スタッフの投げたダーツの矢は悪人の魂が入った人体模型の股間に的中していた。


「あれは痛い」


「クゥ~ン・・・」


「死んだ悪人に慈悲なし」


 藍大とリルが目を瞑っている隣でサクラがあれぐらいやって当然だと頷いた。


「そうだよね。もしも他人の食事を奪うような悪党の魂だったら、どんなことをされても許しちゃ駄目だよ」


「食べ物の恨みも怖いよなぁ」


 食いしん坊の舞が言うと発言に重みが増し、藍大は舞の発言に納得した。


 そこに獄卒スタッフの代表者がやって来たため、藍大達は今までに回ったアトラクションの時と同じように聞き込みを始める。


「ここ最近、悪樓が地獄に現れてるらしいが、被害状況とどこから現れるかとかわかる範囲で教えてくれ」


「ダーツの矢が刺さって悪人の魂が悲鳴を上げる瞬間に霊体で現れますね。人体模型をすり抜けた時には魂が食われてて、すぐに逃げられます」


獄卒スタッフの被害はなさそうだな」


「ありませんね」


 (悪樓が現れる目的は悪人の魂の捕食と見て間違いなさそうだ。狙う傾向は不明だけど)


 罰を受けた後ということならば、ダーツが刺さった瞬間に限らない方が食べるチャンスは多いはずだ。


 それでもダーツの矢が命中して悪人の魂が悲鳴を上げる瞬間ばかり狙うということは、悪樓にとってそのタイミングが好ましいのだろう。


 その時、藍大達の視界の端で獄卒スタッフが投げたダーツの矢が人体模型の鼻に命中した。


「ひぎゃあっ、ああ!?」


 悲鳴を上げた瞬間、目の前に大きな口を開けた悪樓が現れれば、悪人の魂は輪廻の輪に戻ることを諦めたような声を出してそのまま食われた。


『逃がさないよ!』


 リルは<風精霊祝ブレスオブシルフ>で悪樓が逃げる前に拘束し、そのまま風の力で圧殺した。


「また分体だったな」


『ご主人、悪樓の分体は体験したことを本体にフィードバックしてると思う』


「ということは、分体が魂を食べれば本体に力を蓄えられるってことか」


『うん。ついでに言えば、僕やさっきの舞の攻撃の痛みも本体に届いてるよ』


 リルの発見は藍大達にとって良い情報だった。


 悪樓の討伐は本体がいなければできない。


 つまり、本体に引き籠られてしまうと居場所がわからない限り悪樓を討伐できないことになる。


 だが、分体へのダメージが本体にもフィードバックされるのなら、分体を倒す時にオーバーキルして本体を見つけられなくとも倒せる可能性が増すのだ。


 藍大達がこの場にいる以上、悪樓の分体がすぐに現れて人体模型に憑依した悪人の魂を食い逃げするとは考えにくいので、藍大達は次のアトラクションに向かった。


 5つ目は立方体の建物の中にある怠惰のアトラクションだ。


 獄卒スタッフの監視室の中には光源があるが、その光は悪人の魂が拘束された状態で放置された空間には届いていない。


 モニターの向こうでは閉じ込められたばかりの魂が発狂しており、それをつまらなそうに獄卒スタッフ一同がぼんやりと見ていた。


 藍大達が来たことに気付くと、獄卒スタッフの代表者はまともな仕事と嬉しそうな表情で近付いてくる。


「少し話を訊きたい」


「少しと言わずいくらでも聞いて下さい」


 他所から来たまともな者との会話が嬉しくて仕方ないようだ。


 藍大に悪樓について質問されたことで獄卒スタッフの代表者は早速喋り始める。


「悪樓はおとなしくなった魂ばかり捕食します。あぁ、そうなったのは発狂した魂を食べた時に好みじゃなかったのか吐き出したからでしょうね。最初は拘束されて身動きの取れない魂が食べ放題だと思って嬉々として食べてたんですが、全部食べた後に千鳥足のような動きになってどこかに消えました。狂人の魂ばかり食べて酔っ払ったんじゃないかと思います。それと悪樓は私達には目もくれませんでしたよ。狙ってるのは悪人の魂だけですね。悪樓の存在は私達にとって清涼剤ですよ」


「よくわかりました。ありがとうございました」


 藍大達は止めないとずっと喋り続けそうな獄卒スタッフの代表者にお礼を言ってその場から撤退した。


「あの獄卒スタッフ滅茶苦茶喋るじゃん」


「すごかったね。よく噛まずにあれだけ喋れるよ」


「よっぽど暇してたに違いない」


『僕達を見る目が捕食者のそれだったね』


「地獄の獄卒スタッフ配置が心配になったのじゃ」


 藍大達は苦笑しながら怠惰の獄卒スタッフの話を聞いた感想を口にした。


『怠惰、違う。わかってない』


 (それな。あれは怠惰からかけ離れてる)


 ゲンは獄卒スタッフがガンガン喋って来たことに対し、”怠惰の皇帝”としてそれは怠惰じゃないと抗議した。


 藍大はゲンに同意してゲンの気持ちを落ち着かせた。


「さっきの話に戻るけど、悪樓が狂った悪人の魂を食べまくると酔っぱらうってどういうことだろうね?」


「狂った悪人の魂は度数の高いアルコールみたいなもので、おとなしい魂はノンアルコール飲料みたいなイメージ」


『ゲームをする前の魂は主食。売れてるアイドルの魂は好きなおかず。大食い大会後の魂はサラダ。人体模型の魂はお刺身ってイメージだな』


「リルの発想が豊か過ぎて妾びっくりなんじゃが」


 サクラが悪人の魂を飲み物で例えてみれば、リルは今までのアトラクションで食い逃げされた魂に対する自分のイメージを伝えた。


 伊邪那美はリルの食いしん坊全開な発想に苦笑した。


 藍大は気になったことがあってリルに訊ねる。


「リル、なんで大食い大会後の魂はサラダのイメージなんだ?」


『苦手な物をバクバク食べた後の魂って聞いて、僕は食事で真っ先に食べちゃうサラダっぽいなって思ったの。ほら、お肉を味わうためにサラダって最初に食べちゃうでしょ?』


「わかる~」


「なるほどのう」


 リルの感覚は食いしん坊ズには伝わるようだ。


 藍大とサクラにはその感覚がいまいちピンと来なかったけれど、残る傲慢と憤怒のアトラクションで食い逃げされた魂はどんな風にイメージされるのか気になった。


 傲慢のアトラクションと憤怒のアトラクションは後者の方が近かったため、藍大達は憤怒のアトラクションに向かった。


 憤怒のアトラクションは5階建てのビルであり、フロア毎にコンセプトが違った。


 1階は運動場のセット。


 2階が工場のセット。


 3階が病院のセット。


 4階が劇場のセット。


 5階がオフィスのセット。


 ビルに入った途端、藍大達の耳にパワハラ上司に扮した獄卒スタッフの怒鳴り声が届く。


「いつまでちんたら走ってんだ!? その程度なら悪樓に食われちまえ!」


「おい、お前等! 俺が呼んだら3秒で集まれって言ったよな!?」


「なんでこの程度もできねえんだ! ラジオ体操なんて猿でもできるだろうが!」


 (猿ってラジオ体操するの?)


 藍大は少なくともラジオ体操をする猿なんて知らなかったから、パワハラ上司役の獄卒スタッフの発言に疑問を抱いた。


 その少し後に獄卒スタッフのリーダーが現れ、藍大達を地下1階にある応接室に通した。


 地上は獄卒スタッフの指導が煩いから、休憩する獄卒スタッフは地下1階を利用しているのだ。


 藍大が獄卒スタッフのリーダーに悪樓について訊ねたところ、困ったような表情で回答した。


「ここのアトラクションではどのフロアでも悪樓による被害があります。おそらくですが、他のアトラクションよりもここの方が悪樓が現れる頻度は多いのではないでしょうか」


「ちなみに、悪樓は憤怒のアトラクションにどれぐらいの頻度で現れますか?」


獄卒スタッフはスルーされますが、30分に1回はどこかのフロアの悪人の魂が全て食べられます。」


「『スナック感覚!』」


「うむ。ポテチを食べるような気軽さじゃな」


「ポテチは30分毎に1袋食べるようなものじゃないだろ」


 藍大は伊邪那美の表現にツッコミを入れた。


 少し食べ始めたら、うっかり袋の中身を全て食べてしまったという意味で舞とリルの言い分は頷ける。


 しかし、伊邪那美の発言が実現したらデブまっしぐらであるし、食いしん坊の多い逢魔家でもそんなことをする者はいない。


 その時、獄卒スタッフが急いで地下1階にやって来た。


「代表、またやられました! 4階の魂が全滅です! 悪樓をロストしました!」


「やられたか。魔神様、申し訳ございません。話してる間にやられてしまいました」


「仕方ありませんよ。ただ30分待つのも勿体ないので、次のアトラクションに向かってみます」


 いくら獄卒スタッフがパワハラ上司役を演じているからといって、憤怒のアトラクションは居心地の良い場所ではない。


 それゆえ、藍大達は最後になった傲慢のアトラクションに移動した。

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