第893話 カメラを意識できねえで何がアイドルだ!

 藍大達は冥界の異変を調べるなら獄卒スタッフの話を訊けば良いと考え、各種アトラクションを順番に回ることにする。


 最初に足を運んだのは獄卒スタッフが暇そうな色欲のアトラクションだ。


 悪人の魂がカプセルの中に入っており、獄卒スタッフはゲームを監視するだけで良いから藍大達は話を訊きやすいのだ。


 藍大は赤い腕章を身に着けた獄卒スタッフの代表に話しかける。


「仕事中にすまない。少し話を訊かせてくれないか」


「なんなりとご質問下さい、魔神様」


「俺達のことを知ってるのか?」


「はい。創世神様から魔神様御一行が地獄に調査に来られるとお知らせいただきました。獄卒スタッフで魔神様に協力を拒む者はいないでしょう」


 (マキナ様が根回ししてくれてたのか。ありがたい)


 現地の獄卒スタッフが協力的ならば、冥界で起きている異変を調べるのが楽になる。


 それゆえ、藍大はデウス=エクス=マキナに心の中で感謝した。


「ありがとう。じゃあ、早速質問させてほしい。ここ最近、悪樓が地獄に現れてるそうだが、被害状況とどこから現れるかとか把握してることを教えてくれ」


「かしこまりました。悪樓による被害はアトラクションに連れて来られる魂が襲われる時だけ発生します。現れるタイミングの場所もバラバラですが、必ず毎日一度は現れて悪人の魂を食い逃げしますね。でも、不思議なことに獄卒スタッフが襲われたことは一度もありません」


「ん? 獄卒スタッフは襲われないの? いや、その方が良いんだけどさ」


「襲われません。器用に悪人の魂だけ食い逃げするんです」


 獄卒スタッフの証言を訊いて悪樓の拘りを知り、藍大は首を傾げた。


 (悪神のくせに獄卒スタッフは喰わない理由はなんだ?)


 可能性はいくつか考えられる。


 例えば、悪樓にとって獄卒スタッフは食べても美味しくないとか、獄卒スタッフを食い殺すと問題が生じるとかだ。


「規則性はないのに獄卒スタッフには危害を加えないってのは気になるね」


「他のアトラクションでも同じか確かめる必要がある」


「舞とサクラの言う通りだな。質問に答えてくれてありがとう。失礼するよ」


「はい。悪樓の討伐成功と調査が解決することを祈っております」


 色欲のアトラクションを出た後、藍大達は嫉妬のアトラクションに向かった。


「おいそこ! パッとしねえ踊りをすんじゃねえ!」


「笑顔を絶やしてどうする! それでもアイドルか!?」


「カメラを意識できねえで何がアイドルだ!」


 (獄卒スタッフの皆さん、気合入り過ぎてないか?)


 檄を飛ばす獄卒スタッフ達が見ているのはアイドルになって指導されている悪人の魂のグループだった。


 今は50弱の魂が集まったアイドルグループのレッスン中らしく、獄卒スタッフが駄目な部分を指摘する時間のようだ。


 ここでも藍大は赤い腕章を身に着けた獄卒スタッフの代表に話しかける。


「指導中にすまないが、少し話を訊かせてくれないか」


「魔神様じゃないですか。お好きにご質問下さい」


 獄卒スタッフの代表は先程まで厳しい指導をしていたが、藍大達を見て冷静に応じてみせた。


「ここ最近、悪樓が地獄に現れてるそうだが、被害状況とどこから現れるかとかわかる範囲で教えてくれ」


「被害に遭うのはアイドルとして人気が出た魂ばかりですね。ライブの前後やレッスンの前後を待ち伏せてたかのように突然現れ、人気アイドルの魂だけ食って逃げます」


獄卒スタッフの被害はないか?」


「ないですね。ついでに言えば、駆け出しや売れてないアイドルの魂も食いません」


 (獄卒スタッフを食べないのはここも同じだな)


 藍大は色欲のアトラクションと嫉妬のアトラクションの共通点を見つけた。


『売れてるアイドルの魂って美味しいのかな?』


「リル、間違っても食べちゃ駄目だぞ。売れていようが売れてなかろうが悪人の魂だから」


『そんなもの食べないよ。僕にはご主人の作る料理があるからね』


「私も~」


「妾もじゃ」


 リルがキリッとした表情で言うと、それに舞と伊邪那美も続いた。


 食いしん坊ズは今日も今日とて藍大の作る料理を楽しみにしているようだ。


「・・・帰ったら美味い物作ってやるからな」


「『わ~い!』」


「やったのじゃ!」


「主達、まだ聞き込み中だよ」


 サクラに注意されて藍大と食いしん坊ズはしまったという表情になり、咳払いをしてから聞き込みを再開する。


「売れてるアイドルの魂は男女問わず悪樓に食われたのか?」


「男女関係ありません。ただ、気になるのは売れてるアイドルが喰われるのは決まって大きなイベントの前なんです。そこが狙われてるとわかって警備を増強しても、するすると躱されて売れてるアイドルの魂だけ食われます」


 (VRゲームをする前の魂と売れてるアイドルの魂に共通点ってある?)


 獄卒スタッフの代表の話を聞いて藍大は困惑した。


 アトラクションを体験することで悪人の魂が浄化され、輪廻の輪に戻されていく。


 売れているアイドルならば魂の浄化度合いは進んでいるはずだが、VRゲームをする前の魂は浄化前である。


 魂の浄化度合いが同程度ならわかるけれど、対極に近い状況でどちらも悪樓が好んで食べる意味は現段階では解き明かせまい。


「そうだ、これから今期の人気アイドルユニットが移動するんです。悪樓が出現するかもしれませんのでお付き合いいただけませんか?」


「悪樓に遭遇できるならさっさと遭遇してしまいたいですね。わかりました」


 デウス=エクス=マキナの依頼の1つがさっさと済むのであれば、それに越したことはないから藍大は獄卒スタッフの代表の頼みを引き受けた。


 悪人の魂がどうすれば人気アイドルユニットになるのか気にならない訳でもないが、そのユニットが嫉妬のアトラクションの外を出て他のアトラクションで舞台を行うべく移動し始めたところ、3時の方向の空間が揺らいで巨大な魚が出現した。


 その巨大魚は黒い靄を纏っていて不気味であり、獰猛な見た目の牙を剥き出しにしてアイドル達に接近した。


『悪樓の分体だよ!』


「ぶっ飛べゴラァ!」


 リルが素早く簡潔に鑑定結果を伝えた直後、舞は雷光を纏わせたミョルニルを投擲した。


 破壊力マシマシのミョルニルは悪樓の分体に直撃し、それは地面に落下することなく弾け飛んだ。


「分体とはいえ悪樓を一撃で消し飛ばすとはのう・・・」


 伊邪那美は舞の投擲の威力に顔を引き攣らせていた。


 動画で見ることはあっても間近で舞が戦うのを見たのは初めてだったから、舞がいかに馬鹿力なのか改めて理解したようだ。


「素晴らしいですね。流石戦神様です」


 獄卒スタッフの代表は舞の強さを目の当たりにしてもビビることなく、冷静に舞の強さに感心した。


「魚のくせに何も残らなかった~」


「舞、残ったら食べるつもりだったの?」


 戦闘モードからいつものゆるふわモードに戻った舞に対し、サクラはちょっと待ってくれと言外に言いたげな素振りのまま訊ねた。


「魚なら藍大が料理してくれそうだと思ったの」


「まあ、鑑定結果次第だけど料理しようと思うかもしれん」


「ほら~」


 舞が得意気な顔になったため、サクラは本当にそれで良いのか気になって藍大に訊ねる。


「主、悪神とはいえ神様だよ。食べちゃって良いの?」


「マキナ様は食べるなとは言ってなかったから大丈夫だ。もしも食べちゃ駄目だったなら、俺達を呼んだ時にそう言っただろうし」


「そう言われてみれば確かにそうだね」


 藍大の言い分を聞いてサクラは頷いた。


 本当に食べてはいけない存在ならば、デウス=エクス=マキナが注意しないなんてことは考えられない。


 何故なら、舞達は聞き分けが良い食いしん坊だからだ。


 そう考えてサクラはひとまず納得したのである。


 とりあえず、アイドルユニットを護衛した藍大達はそのまま次の暴食のアトラクションにやって来た。


 丁度悪人の魂が苦手とする物で大食い大会をする所であり、獄卒スタッフはバタバタしていた。


 しかし、獄卒スタッフの代表者は比較的に余裕があったので藍大達の聞き込みに応じた。


「悪樓の現れるタイミングは決まって大食い大会の後です。優勝者と準優勝者だけ食って逃げます。それはもうあっという間のことですね」


獄卒スタッフは悪樓に傷つけられたりしない?」


「その通りです。被害に遭うのはいつも悪人の魂だけですね」


 7分の3のアトラクションで獄卒スタッフが何もされていないため、この先も獄卒スタッフは安全なのだろう。


 その点も気になるが、食い逃げされる魂は大食い大会で罰を受けた後でないと襲われないこともチェックすべきだ。


 これで魂の浄化度合いが進んでいる方を悪樓が好んでいるという意見は優勢になった。


 残るアトラクションでの聞き込みが終わった時、悪樓がどんな魂を好んで食べたか情報が出揃うため、その時には謎がスッキリするに違いない。


 藍大達は暴食のアトラクションでの聞き込みを終えて次のアトラクションに向かった。

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